『ご主人様っ♪』
「!?」
ジェリドの動きが止まる。
(な、なんだこの感覚は……! この私が……攻撃を……ためらった!?)
驚いたのは周囲も同じであった。
「い、今の声……」
「あの化け物が出したのか!?」
「氷上恭子に似てましたねえ……」
「……よくご存知ですね……」
そしてもう一発。
『乱暴なことはよしてください……ご主人様♪』
「!!??」
(……見えた……目の見えない私に……めいど服を着た可憐な美少女の姿が!?)
「危ないっ!!!」
次の瞬間。
「……!!」
「ふ、この程度か……」
鳩尾に強烈極まりない一撃を食らい、ジェリドが膝をつく。
「ジェリドさん!!」
「……い、今のはまさか……」
迅の言葉に、ディックが。
「何か知ってるのか雷電!」
「なんですかそれは?」
「気にするな……続けてくれ」
「……今の動きはまさしく伝説に聞こえた冥土拳、まさか本当に実在したとは……」
「なんじゃそりゃあ!?」
○冥土拳……
古来より中国においては、暗殺者としてしばしば女性が用いられた。
非力で、しかも外見からはそれとは見えない女性の暗殺者は、時の権力者らによって重宝されたと言われている。
彼女らは炊事洗濯などの家事一般を身につけ、使用人として目標の家に潜り込み、有能さをもって信頼を得、目標に近づける立場となったところで隙を突き、一撃のもとに目的を達成したと言われている。
その際に彼女らが用いた拳法が、相手を確実に冥土に送ると大陸中で恐れられた「冥土拳」であった。
暗殺者の拳法ゆえ、その正体は長い間、謎に包まれており、後世の創作であるとも噂されている。
なお、現代において家政婦のことを「メイド」と呼ぶが、それはこの冥土拳の使い手が西洋にも存在したことの証明とされている。
(民明書房「冥土in平分」より抜粋)
「ふ、よくこの名を知っておるわ。まさしくこれこそ、幻と言われた冥土拳である」
「だが……あの拳法は女性が使う技! なぜ貴様が……」
「ふ、愚問だな」
ラスボスは胸を張った。
「これもひとえに、愛ゆえだ!」
「……歪んでいる」
「こんなのと戦いたくねぇ……」
どうにか最初の衝撃から回復したらしい3人。しかし、この男の近くにいるだけで、ぶり返しそうだ。
だが、この男を倒さねば、酒神了に明日はない。たぶん。
「……だから、一撃で、倒す!」
ディックがアサルトライフルを取り出し引き金を引く。いかな拳法家といえども、一瞬にして蜂の巣になる……
「甘いわっ」
楯で……いや違う。あれは「お盆」だ! めいどさん必携の、ステンレス製のまるいお盆。
機関銃の弾丸が、弾かれる。下に落ちる。ただがお盆ごときで防がれる。
アンディがラスボスの左に回る。それを見て、迅が右に行く。ディックの機関銃と合わせ、3方向からの同時攻撃。
だが……
「ふっ」
いきなりラスボスが身を投げ出すような格好でアンディの方に倒れる。身を伏せた形となり、機関銃の弾丸がラスボスの上を抜ける。
そして……
「ぐはっ」
「……くっ」
アンディの喉に「お盆」が刺さる。
迅のボディに、右足刀が刺さる。
「……どじっ娘めいどさん!」
そう、その時のラスボスの格好は「お盆の上に何か乗せて運んでいる途中にうっかりと足をすべらせて前のめりに倒れるめいどさん」そのものであったのだ!!
「だからって、んな無茶なことがあるかぁ!!」
結果的にアンディと迅に多大なダメージを与え、ディックの攻撃をかわしたこととなる。偶然にしては出来すぎである。
そして、狙ってやるにはあまりに強引すぎる。
「……邪気が……」
ダメージから回復したらしいジェリドが口を開く。
「その男の周りで……渦を巻いている……」
そしてラスボスが吠えた。
「見たか! これこそが愛だ! めいどさんへの、山よりも高くマリアナ海溝よりも深い、愛のみがなせる御技である!
めいどさん万歳!
ビバめいどさん!
めいどさんマンセー!
ジークめいどさん!!」
「いくらギャグだからって……あんまりだ……」
アンディの言葉はその場の全てを代弁していた。
「こんなやられ方……ありかぁ!?」
信じたくないが、このまま全滅するかもしれない。誰もがそう思った時。
Bagooooom!!
突如、轟音とともに部屋の一方が、崩れ去る。
「あ、あなたは……!!」