めいど in Heaven


11th 12th 13th 14th 15th


11th
登場人物 まぁ、アレだ……

 なぜ男はメイドに惹かれるのか。

 めいどさんと聞いて、人が思い浮かべるイメージって何?
 家事一般? 炊事洗濯おさらをがっちゃーんあられちゃーんと。まあ、そんなとこなんだろうねえ。
 まあ、もともとお金持ってる人が家事全般から自らを解放する目的で雇用されたものであろうから、そのあたりの認識は、決して間違ったものでは、ない。
 何? 夜のお世話? 逝ってよし。つーか氏ね。

 その一方で、なぜに「どじっ娘」であることが「萌え」の要素とされるのか?
 めいどさんという職業については、もっとも不適確とも見える、この要素。

 歴史的にいえば、メイドという職業は18世紀から19世紀の間に急激に増加したらしい。
 当時、戦争による出費を埋めるために男性使用人を雇用するのに税金がかかったらしい。
 そのため、税金のかからない女性の使用人の数が増加したのだと言われている。
 逆に、メイド衰退の理由であるが、一説によれば、これには二度の世界大戦が関与していると言われている。
 この戦争により、戦場に赴いた成人男性はバタバタと戦死していき、残された女性たちが、男性の仕事を兼ねねばならなくなったことが、結果として女性の地位向上の原因となったという。
 そして、ちょうど同じ頃、女性の身分向上のための運動が世界規模で展開され、結果として女性蔑視のイメージの強いメイドの衰退に至った、と。

 要するにメイド萌えの裏には、男性の、女性に対する拭いがたい征服願望があると見て間違いなかろう。
 さらに発展させて、全ての男は心の底のどこかで母性を求めている。と言えるかもしれない。
 家事一般やってくれる女性って、つまり、お母さんっつーこったあね。
 男性は結婚相手に母親的要素を求めており、一方女性サイドはというと、結婚相手に求めているのは「王子様」らしい。
 おとぎ話のラストに出てくるような、頼り甲斐があって、お姫様を末永く幸せにしてくれるような奴。
 これじゃ結婚なんぞ満足に行かないのは自明の理って奴かも、しれない。

 おっと。「どじっ娘」であることの意義を忘れていた。ようは、女性に対する征服願望の裏返しであろう。
 征服願望というか保護願望というか、そういうものを持っている男性としては、その相手は未熟であれば望ましい。
 何でもこなすような完璧な対象であった場合、征服するには困難だし、保護なんぞ最初から必要ない、と。
 もっと簡単に言えば、自分よりも有能な相手が怖いと、そういうことであるのかな。
 一方では家事一般何でもこなせることが要求され、その一方で、ある程度はどじっ娘であった方がよい。
 なんとも面倒な人間心理で、ある。

 閑話休題。

 さて、めいどさんに要求される、そういった要素からもっともかけ離れた場所に存在するのが、おそらく、酒神了という男。
 たぶん実家のめいどさんも、5〜6人ぐらいは食ってるんだろうなあ。これは筆者の勝手な想像であるが。
(管理人注:"そんなに"は食ってません)
 めいどさん属性はない。では、女性サイドが要求するような「王子様」であるかと言われると……
 うん、金持ってるし、腕っぷしも強い。んでもって美形である。こんな彼氏をゲットできたら周囲からの羨望は間違いない。
 だが、本気でそれを狙っている女性がいたとしたら。筆者は間違いなく、止める。理由は言うまでもあるまい。
 某コミックで「アンチェイン」なる表現が出てきた。決して誰にも繋ぎ止めることのできない男=unchained。
 酒神こそまさにアンチェインだ。法的拘束や実力行使のみではない。感情によってすら、彼を繋ぎ止めることはできない。

 いや、唯一、彼を繋ぎ止めていた女性が存在したらしい。
 らしいのだが……それが彼にとって幸福なことだったのか、それとも最大級の不幸であったのか。
 当事者である酒神了にしか、それはわからない。

 ともかく。
 望む望まないに関わらず、今の彼は、めいどである。口調も行動も思考も、完全にめいどさんである。
 あとは心の中にどうにか残っている自尊心さえ潰してしまえば、完全に不可逆領域だ。いい傾向である。
 筆者としては、このまま二度と戻ってこれない程に突き落としてやりたいと、そんな欲求さえ浮かんでくるが……

「師範代!」


12th
登場人物 うん。ソレだ……

「師範代!」

 残念ながら、それを実行に移す前に、酒神にとっての救いの主がドアを叩いてしまった。ちっ。余計なことを。

 その男……むろんアンディであるが、魔斗災炎の話から、これはやはり『奴等』の力に頼るしかない。そう判断し、とりあえず片っ端から声をかけた……が。それだけでも多大なる苦労が要求されたのは、言うまでもなかろう。
 彼らの敬愛する……と、ひとまとめにしてしまってよいものやら……酒神了がメイドさんになってしまった。
 しかも、行動パターンまでもがメイドさんに染まりつつある。こんな、新世紀になったばかりなのに世紀末的事態など、彼の口から説明できる手段は残念ながら、なかった。
 とりあえず、緊急事態であること。そして、解決のために『奴等』が必要なこと。それだけを熱弁するしかなかった。
 むろん、最初はいぶかしげな者もいたが、アンディの熱意にただならぬ事態の存在を感じたのか、最後には『奴等』の中でも精鋭たる7人が全員集合することとなったのであった。

 さて。
 ここまで書いておいて何であるが「奴等って何?」と思われた方も少なくないと思われる。
 『奴等』は正式名称を『七つの瞳』という、酒神了直属の諜報・特殊工作部隊である。
 その名の通り、その中で特に中心とされる人物が7人おり、アンディもそのひとりであったりする。
 んでもって、末端ではなく、その7人が全員集まったのであるから、いかにアンディが今回の事件を重く見ていたかがわかる。
 そりゃあ、重くもみるよなあ。いくら何でも、状況が状況だ。

「いやぁ、別にぃ、この季節の工場はぁ、暇ですからぁ。構いませんけどぉ〜」
「アンディ君も大変ヨネ! 酒神サンの使いッパみたイなコトやらサレちゃっテ」
「しかし……オレ達全員が集まるって事ぁ、いつかみたいによっぽどの事があったんだよな?」
「それも若自身じゃなくて、君が来るって事は」
「それはつまり、『社長に』余程の事があったと見える……この先は、私が言わなくても解ってるよな?」
「まずは坊ちゃんにお目にかかりたいのですが、問題はありませんよね?」

 ……やはり来た。
 それはそうだ。実際、アンディ自身も、そうせざるをえないことは、よく分かっていた。
 だが……果たして今の酒神了を、彼らに見せてしまっていいのであろうか……

 数瞬ののち。アンディは他に選択肢がないことを悟った。

 ひとしきり、まあ、ひとしきりの騒ぎ……そりゃ皆さん様々に反応起こすわけでありまして、それに対して精神やばい領域にまで行きかけていた酒神君がぶち切れて暴走しかけて「どじっ娘めいどさん属性」発動させてえらいことになって、それを見てさらに爆笑する者笑うに笑えず腹痛起こす者無表情の者などなど云々と……いろいろあってようやっと事態は沈静化し、『奴等』全員が今回の事態と、その原因について伝達されたわけであるが。

「つまり私どもの使命はそのネオ・フェチスとやらを探し出し、坊ちゃんがこのようになった原因を取り除いた後……」
「社長を元に戻せば、良いわけだ?」
「まあ、そういうことなんだと思いますが……それと、できれば」
「分かってる、このことは内密に」
「言いふらしたいなあ」

 言いふらされたら本格的に不可逆領域に落ち込みそうなのでそれだけは本気でやめてくれ。
 例えば、アイツとかアイツとかアイツとかには絶対に知られたくない。酒神は本気でそう思ったが、口に出すような愚は犯さない。

 ともかく、自らの責務を果たすべく、彼らは飛んだ。


 しばらく後。


13th
登場人物 そう。そう言う事だ

「朗報です師範代! ネオフェチスとやらの居場所が分かりました!」

 さすがは世界最強の諜報機関だ。一話と経たぬうちに結果を出した。どうやって調べたかは誰も知らない知られちゃいけない。
 おそらく、そこには彼らの「異能」が関わってくるのだろうが、知ってしまったらたぶん消されるから筆者も深く追求しない。
 そういう事情であるので、決して考えるのが面倒だったとか、単に長い文章書きたくなかったからだとか、そんなことでは絶対にないのである。

「師範代のことはグールさんご夫妻にお任せすることにしました。私はこれから、他のメンバーと一緒に行って来ます」

 アーロン&フィーのグール夫妻。世界最強のメカニック夫婦である。このふたりなら、酒神にかけられためいどさん属性を解除することが、あるいはできるかもしれない。その間に自分たちはネオ・フェチスを潰していると、そういう寸法である。
 もっとも。いかに天才とはいえ、単なる機械工学のみでそう簡単に解決できるものかという問題は、いまだ残っている。

 様々な分野で活躍しているマッドサイエンティストであるが。よくよく考えてみれば、彼らはすさまじい存在である。
 巨大組織に雇用されている身ならともかく、彼らは自分ひとりと、いたとしても片手で数えられる程度の部下をもって、巨大ロボットやら怪しげで効果バツグンな薬物やら人体に被害を加えることなく洋服だけの分子構造を変換できる光線やらそういったものを作り上げてしまうだけの能力を持っている。そういった存在なのだ。
 そのためには、単純に機械いじりが好きというだけではむろんダメで、物理化学、生物学といった基本的な学問、その上に立つ生化学や生理学、薬理学、はたまた動物学に植物学、医学など、様々な知識と経験が必要とされる。
 しかも、知識をただ頭に詰め込んだだけではむろん足りない。それを実際に使用する応用力も要求される。
 そして、これだけのものがあったとしても、それを具体化するためには、まだ足りないものがある。
 そう、資金だ。ヤッターマンの悪役であるドロンボーはこれで毎回苦労(?)していた。
 すなわち、学者にありがちな、単なる世間知らずの頭でっかちではダメである。なんとかして大金をゲットするためには、社会情勢にも通じておらねば成らず、経済学や社会学、法学、政治学といったものにも通じている必要がある。
 マッドサイエンティストとは、かくも偉大な存在なのだ。そのような偉大な存在が、その類まれなる才能を社会に還元しようとせず、自らの欲望のためのみに使用するような連中ばかりであることは、極めて嘆かわしい、かつ深刻な事態であると、いえよう。

 それでも、他に任せられる人間がいないのであれば、しょうがない。
 突出した機械工学の知識と技術が、多方面の不足を補うことができるか。この可能性に賭けてみる以外、道はないように見えた。

「……そうか……任せた…ぞ……」

 気力を振り絞り、それだけを言った酒神。
 そして彼らは出ていった……

 と、誰もが思っていた。

 しかし。酒神すら予期していなかった事態が発生した。
 グール夫妻以外に、酒神のもとに残っていた者があとひとりだけ、いたのであった。


14th
登場人物 それ以上はちょっと……

 「奴等」の中心たる7人。
 闇乃部迅。酒神家執事長。情報収集のプロ。
 リィン・リースフィールド。酒神家メイド長。(色々な意味で)最強の女戦士。
 アーロン・グール。町工場経営。メカの天才。
 フィーランディス・(中略)・グール。アーロンの妻。メカフェチ。
 ジェリディック・トゥルーマン。貿易会社勤務。盲人にして酒神の玩具。
 ディック・ベイカー。貿易会社勤務。元傭兵。やっぱり酒神の玩具。
 そしてアンディ。格闘家。
 表向きだけ挙げれば、こうなる。皆それぞれ、人には言えない異能の持ち主なのであるが……それについては、また別の機会に語ることも、あるかもしれない。

 ともかく。
 アーロン&フィーのグール夫妻のみが、酒神了のめいど状態を解除すべく居残り組となり。その他の5人が、探り当てた「ネオ・フェチス」のアジトに急行した……

 はずであった。

「……おい」
「はい?」
「なんでお前がここにいるんだ?」

 他のメンバーと一緒に行ったはずであったのに、なぜか彼女は、そこにいた。
 酒神家メイド長、リィン・リースフィールド。

「ええ。せっかくメイドさんなんですからっ♪」
「……言うな。その先は言うな。言ってもいいが、やらん。俺は絶対に……やりませんわっ」

 最後のが致命的であった。

「ほらぁ、ちょ〜どいい感じに、めいどさんですからぁ、これもシャカイベンキョウって奴ですよ♪」
「お、おもしろがってるですぅ、アーロン様ぁ、フィー様ぁ、何かおっしゃってくださいませぇ」

 ……ナイス墓穴。


 と、いうことで。ひさしぶりに帰ってきたくもない酒神家の豪邸に戻ってきてしまった酒神了。
 当然、見られたらただではすまないのであるが……そこはまあ、リィンもさすがに考えている。どうにか、了の知られたくない人にはばれないで家に侵入できるよう、はからってくれた。
 いいのかなあ? メイド長とはいえ、一介のメイドさんに過ぎない人がそこまでやって。普通はそう考える。だが、そんなに細かいことは気にしていないようだ。酒神了もフィーも。

「きゃ〜、かわいいっ」
「ほんとほんと、いっそずっとこれでいたら?」

 酒神了の姿を見た、周囲のメイドさんたちの反応。メイドのご主人様に対するそれではない。
 が、彼にそれをとがめる余裕などない。その代わりに。

「そんなに見ないでくださぁい……恥ぁずかしいですぅ」

 こうなっては神のごとくの美形も台無しである。いや、むしろ今は美形であることが恨めしい。
 元に戻ったら覚悟しとけよ。そう心に誓ったとか誓ってないとか。

「でわぁ、さっそく……」

 この時程、酒神は己の境遇を嘆いた事は無かった。


15th
登場人物 だよ、ねぇ?

「ほらほら、腰が入って無い!」
「う、うるさいっ! こんなことやったことないってのにっ」

 リィンがとりあえず酒神にやらせたこと、それは銅鍋磨きであった。
 とりあえず「どじっ娘めいどさん属性」がついている以上、皿洗いなどは危険極まりない。
 銅鍋であればまあ、多少落としたところで割れることもないし、凶器としての危険も少ない。
 他のことも考えたが、やはりメイドの本領は洗い物である。少なくとも、夜のお世話ではない。お望みとあらばそれをカリキュラムに付け加えてもよろしいのであるが……やっぱダメか。

「また手が止まってますよ!」

 リィンは、酒神に対しても全く物怖じしない数少ない人間のひとりである。
 酒神了にもむろん、生まれたばかりの赤ん坊の時期はあった。押せばすっ転んでぴ〜ぴ〜泣くような時期だって存在した。
 生まれた瞬間から立ち上がって天上天下唯我独尊などと言った奴はゴータマ・シッタルダぐらいなものである。
 ましてや、そんな頃からジャッキよろしく乗用車を持ち上げられるような奴は、クリストファー・リーブぐらいだろう。いやこの男なら、あるいはあったかもしれないが……まぁとりあえず、彼にだって子供時代は存在した。
 そして、リィンは了がそんな年齢だった頃から、酒神家に仕えているのである。
 当然、おしめ替えた事もあるだろうし、おもらしぱんつを親に内緒で洗濯機に放り込んであげたことも、あるかもしれない。(管理人注:リィンは酒神と七つしか違わないので、そうそうそんな事はありませんでした)
 いかに人間としては欠けているものの多い酒神了といえども、そんな相手に逆らうことなどできるはずもない。
 普段からしてそんな感じである。ましてや今の酒神はメイドさんだ。遠慮する必要などゼロに等しい。

「ふえぇ……」

 それにしても。
 なんでこんなに量が多いんだ。山と積まれた銅鍋。これを本当に、ひとりで全部磨けというのか? 洗っても洗っても、全く量が減っているようには見えない。
 こんな作業とは全く縁のない彼にしてみれば、それは戦闘なんかよりも余程重労働である。
 彼にとって、日常の雑事とは全て、実家ではメイドがやるものであり、自分の隠れ家にいる時なら、部屋に来る、そういうのが好きな女が勝手にやってくれるものであった。

「全く……なんで俺がこんなことを……」
「作業中は無駄口を叩かないっ」

 一人暮しをしているのにも関わらず、こういうことを完全にサボっていたことのツケを、酒神は今、全身全霊をもって思い知らされていた。
 なんて思っていると……ほら、また手を滑らせた。

「はうあうあうぅ」

 がちゃーん。
 銅鍋なので確かに割れることはない。だが、洗剤をつけて洗っていた物が床に落ちれば、当然、かなりの被害は出る。鍋はむろん洗い直しだし、床も洗剤でぬれることとなる。
 拭かなければならない。
 何度目か忘れたが、バケツとモップを持っていこうとして……
 つるっ。

「はうううううう」

 ……あたりは大洪水。

「これは……もうちょっとだけ見ていようと思ったけど……」

 と、後ろに立っているグール夫妻を見て、リィン。

「どうやら、もう、行って上げた方が良いわね」
「あははぁ〜、いやぁ〜、こんなにぃ〜、待たされるとはぁ〜、思ってませんでしたねぇ〜」
「早いとこ、坊ちゃんをもとに戻してやって、そうしないと……」

 どんがらがっしゃーん。

「……この家が危ないわ」

 核兵器の直撃にも耐えるとされていたこの豪邸は、たったひとりのどじっ娘めいどさんのため、壊滅寸前となっていた。
 いつしか壁が破壊され、被害は隣の部屋にまで拡大しようとしている。

「はわわわわ〜」

 ……ちゅどぉぉぉぉぉぉん。

「ちょっとぉ、遅かったぁ、よう、ですねぇ」


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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