その頃。
酒神了は最悪であった。
信頼できる第一の部下、アンディに事件の真相解明を任せ、自分は何をしていたかというと、何もすることがなかった。いや、何かしたくても、できなかったのである。
すべてはこの、クソ忌々しいめいどさんの格好のせいだ。そして何より。
がちゃん。
水でも飲もうとして、またグラスを取り落とした。
「はうぅ。またやってしまいましたぁ」
……何より、この「萌へ萌へめいどさん属性」とやらのせいだ。
今、外出などするわけには、いかない。ひたすらに部屋に閉じこもり、他者の目を避ける以外、彼にできることは、なかった。
部屋の中にいるのはよい。だが、部屋の中にいたとしても、全く何もしないわけには、いかない。
ましてや、彼はヒッキーなどではない。本来なら外に出たくて出たくてどうしようもない人間である。
外には面倒も多い。雑魚の相手もしなくてはならないし、しつこい女が寄ってくるのも、どうにかしなくてはならない。
だが、その女を主食として生きている身としては、外に出なくては、美女の捕食もできない。
できれば、後腐れのない女がいい。一度や二度ぐらいで勘違いするようなのは、ノーサンキューである。
とはいえ、そううまくいかないのも、また事実。第一印象では女などわからないものであり。一度、経験してしまった後、いきなり変貌するようなのも、少なくないから厄介なものである。
もっとも女性サイドから見れば、その一度の経験の後、急に変貌するのは、男の方であるのだが。
釣った魚に餌はやらない。そういう態度に見えるらしい。
酒神としては、キャッチ&リリースのつもりなのだから、餌をやらないように見えてしまっても至極当然では、ある。
だが、別に遊んでいる感覚も、ない。いつだって本気なのだ。捕食する前は。
事の後に覚めてしまう速度が、多少人より早いというだけの話である。
もし本気で後腐れがあるのが嫌であれば、そのテの店が並んでいる通りにでも赴けばよい。そう言う人がいるかもしれない。
だが、それは彼の美学に反することであった。やはり、養殖モノより天然に、限る。
それに、捕食行為そのものより、そこに至るまでの過程を楽しむようなところもあった。それがないのは、つまらない。
……やっぱ女の敵だ、こいつ。
今日から何も食うなと命令されても、腹を空かすのを止めるわけには、いかない。
ましてや、命令されたところで、聞き入れるとは思えない男ならば、なおさらである。
そして彼は今、すっごくお腹が空いていた。
なんとかして、女食いに行けないものであろうか。こんな状況にありながら、いや、こんな状況であるからこそ、彼はそれを考えていた。ひとりでもたいらげれば、少しは気が休まるかも、しれない。
とにかく、外に出なければならない。だが、こんな格好で外には出られない。
めいど服が脱げそうにないのは先ほど証明済みであった。脱げないからには……
……そうだ。逆転の発想をすればよい。まさしくコロンブスの卵。ブスをコロンと転がして美女を得る策。
上着だ。脱ぐのが駄目でも、上から何か着れば、このめいどな服も隠れる。
そろそろ寒くもなってきた。多少、厚着したところで、別に変な顔はされないだろう。
早速、洋服棚をあさり、適当なコートを取り出して着用。鏡の前に立ってみる。
うん、多少、着膨れしているが、これなら大丈夫だ。堂々と外出できる。
「やぁりましたぁ。うまくいったですぅ」
……これがあったか。だが、これならどうにかして、精神力で抑え込めば、なんとかなるかも、しれない。
そう思い、改めて、鏡を見てみる……
……ダメだ。確かに、この格好であれば、外出自体は可能だ。
だが。肝腎の段階まで事を運んだ時。よもやこの格好で事を遂げるわけには、いかない。
想像してみた。あまり見た目よろしくない。物事はエレガントに運ぶ主義の酒神にとって、あまり愉快なことでは、なかった。
仕方ない。いっそあきらめて、この格好のまま、女落としてみるか。
多少の外見の問題は、うまいこと、自身の魅力をもってして、カバーできないであろうか。
確かに、めいどさんな服は、かなりのハンディキャップとなる。だが、人は言うではないか。障害が大きければ大きいほど、恋愛は燃えるものだ、と。多少、違うような気もするが、まあ、よい。
そして、うまいこと事が進んだ後は……
「お姉さまぁ……」
「怖がらなくてもよろしくてよ小猫ちゃん」
「で、でも、やっぱり怖いですぅ」
「これはとっても気持ちのいいことなんだからさあわたしに全て任せて」
「ああそんなことしちゃだめぇいやぁ痛いですぅ」
「大丈夫よ痛いのは最初だけだから」
「はあうっ」
……はっ!!!!!!
今のは俺か!? 俺の思考だったのかっ!!??
しかも……どっちが俺だったんだ?もしかして……
考えてみれば当たり前だ。
この場合、ネコタチなのかウケセメなのかは知らないが、どこの世界に攻勢に回るめいどさんが存在するというのであろうか。
そう、めいどさんはいつの時代でも守勢に回るのが世界の法則なのだ。たとえ、普段は攻勢にしか回らない酒神といえども、「萌へ萌へめいどさん属性」が付与されている今の段階では、あくまで守勢なのであった!!!
ここまでいろいろとやってしまうと、もはや現在の自分の思考が、行動が、「萌へ萌へめいどさん属性」によって動かされているのか、それとも自分の中に最初から存在していた潜在的欲求なのか、何が何なのか、全く判断がつかなくなってきた。
それでも今は、あの憎たらしい覆面連中の姿を思い浮かべ、復讐心をたぎらせることにより、どうにかして自我を保っている酒神であったが、正直なところ、まずい。
「アンディ様ぁ……早く帰ってきてくださぁい……」
もはや第一の部下に「様」付けしても、何ら疑問を持たないところまで追い込められていた。
ベットに潜り込み、枕を抱きしめ、手足を丸めて、毛布かぶってひとり泣いていたらしい。
本当だったらくまさんでも抱かせたいところなのであるが、残念ながら、そんなものが存在するような部屋では、なかった。
繰り返す。
この瞬間において、酒神了は最悪であった。
たぶん、女の敵な生活をしていた「ツケ」が、たまりにたまりまくって、こんな所で一気に噴出してきたのであろう。