めいど in Heaven


CLASSIC 7th 8th 9th 10th


CLASSIC
登場人物 えーっと(汗)

 その頃。
 酒神了は最悪であった。
 信頼できる第一の部下、アンディに事件の真相解明を任せ、自分は何をしていたかというと、何もすることがなかった。いや、何かしたくても、できなかったのである。
 すべてはこの、クソ忌々しいめいどさんの格好のせいだ。そして何より。

 がちゃん。
 水でも飲もうとして、またグラスを取り落とした。

「はうぅ。またやってしまいましたぁ」

 ……何より、この「萌へ萌へめいどさん属性」とやらのせいだ。
 今、外出などするわけには、いかない。ひたすらに部屋に閉じこもり、他者の目を避ける以外、彼にできることは、なかった。

 部屋の中にいるのはよい。だが、部屋の中にいたとしても、全く何もしないわけには、いかない。
 ましてや、彼はヒッキーなどではない。本来なら外に出たくて出たくてどうしようもない人間である。
 外には面倒も多い。雑魚の相手もしなくてはならないし、しつこい女が寄ってくるのも、どうにかしなくてはならない。
 だが、その女を主食として生きている身としては、外に出なくては、美女の捕食もできない。
 できれば、後腐れのない女がいい。一度や二度ぐらいで勘違いするようなのは、ノーサンキューである。
 とはいえ、そううまくいかないのも、また事実。第一印象では女などわからないものであり。一度、経験してしまった後、いきなり変貌するようなのも、少なくないから厄介なものである。
 もっとも女性サイドから見れば、その一度の経験の後、急に変貌するのは、男の方であるのだが。
 釣った魚に餌はやらない。そういう態度に見えるらしい。
 酒神としては、キャッチ&リリースのつもりなのだから、餌をやらないように見えてしまっても至極当然では、ある。
 だが、別に遊んでいる感覚も、ない。いつだって本気なのだ。捕食する前は。
 事の後に覚めてしまう速度が、多少人より早いというだけの話である。
 もし本気で後腐れがあるのが嫌であれば、そのテの店が並んでいる通りにでも赴けばよい。そう言う人がいるかもしれない。
 だが、それは彼の美学に反することであった。やはり、養殖モノより天然に、限る。
 それに、捕食行為そのものより、そこに至るまでの過程を楽しむようなところもあった。それがないのは、つまらない。

 ……やっぱ女の敵だ、こいつ。

 今日から何も食うなと命令されても、腹を空かすのを止めるわけには、いかない。
 ましてや、命令されたところで、聞き入れるとは思えない男ならば、なおさらである。
 そして彼は今、すっごくお腹が空いていた。
 なんとかして、女食いに行けないものであろうか。こんな状況にありながら、いや、こんな状況であるからこそ、彼はそれを考えていた。ひとりでもたいらげれば、少しは気が休まるかも、しれない。

 とにかく、外に出なければならない。だが、こんな格好で外には出られない。
 めいど服が脱げそうにないのは先ほど証明済みであった。脱げないからには……

 ……そうだ。逆転の発想をすればよい。まさしくコロンブスの卵。ブスをコロンと転がして美女を得る策。

 上着だ。脱ぐのが駄目でも、上から何か着れば、このめいどな服も隠れる。
 そろそろ寒くもなってきた。多少、厚着したところで、別に変な顔はされないだろう。
 早速、洋服棚をあさり、適当なコートを取り出して着用。鏡の前に立ってみる。
 うん、多少、着膨れしているが、これなら大丈夫だ。堂々と外出できる。

「やぁりましたぁ。うまくいったですぅ」

 ……これがあったか。だが、これならどうにかして、精神力で抑え込めば、なんとかなるかも、しれない。
 そう思い、改めて、鏡を見てみる……

 ……ダメだ。確かに、この格好であれば、外出自体は可能だ。
 だが。肝腎の段階まで事を運んだ時。よもやこの格好で事を遂げるわけには、いかない。
 想像してみた。あまり見た目よろしくない。物事はエレガントに運ぶ主義の酒神にとって、あまり愉快なことでは、なかった。

 仕方ない。いっそあきらめて、この格好のまま、女落としてみるか。
 多少の外見の問題は、うまいこと、自身の魅力をもってして、カバーできないであろうか。
 確かに、めいどさんな服は、かなりのハンディキャップとなる。だが、人は言うではないか。障害が大きければ大きいほど、恋愛は燃えるものだ、と。多少、違うような気もするが、まあ、よい。
 そして、うまいこと事が進んだ後は……

「お姉さまぁ……」
「怖がらなくてもよろしくてよ小猫ちゃん」
「で、でも、やっぱり怖いですぅ」
「これはとっても気持ちのいいことなんだからさあわたしに全て任せて」
「ああそんなことしちゃだめぇいやぁ痛いですぅ」
「大丈夫よ痛いのは最初だけだから」
「はあうっ」

 ……はっ!!!!!!

 今のは俺か!? 俺の思考だったのかっ!!??
 しかも……どっちが俺だったんだ?もしかして……

 考えてみれば当たり前だ。
 この場合、ネコタチなのかウケセメなのかは知らないが、どこの世界に攻勢に回るめいどさんが存在するというのであろうか。
 そう、めいどさんはいつの時代でも守勢に回るのが世界の法則なのだ。たとえ、普段は攻勢にしか回らない酒神といえども、「萌へ萌へめいどさん属性」が付与されている今の段階では、あくまで守勢なのであった!!!

 ここまでいろいろとやってしまうと、もはや現在の自分の思考が、行動が、「萌へ萌へめいどさん属性」によって動かされているのか、それとも自分の中に最初から存在していた潜在的欲求なのか、何が何なのか、全く判断がつかなくなってきた。
 それでも今は、あの憎たらしい覆面連中の姿を思い浮かべ、復讐心をたぎらせることにより、どうにかして自我を保っている酒神であったが、正直なところ、まずい。

「アンディ様ぁ……早く帰ってきてくださぁい……」

 もはや第一の部下に「様」付けしても、何ら疑問を持たないところまで追い込められていた。
 ベットに潜り込み、枕を抱きしめ、手足を丸めて、毛布かぶってひとり泣いていたらしい。
 本当だったらくまさんでも抱かせたいところなのであるが、残念ながら、そんなものが存在するような部屋では、なかった。

 繰り返す。
 この瞬間において、酒神了は最悪であった。
 たぶん、女の敵な生活をしていた「ツケ」が、たまりにたまりまくって、こんな所で一気に噴出してきたのであろう。


7th
登場人物 アンディ&魔斗災炎

 一方、まさか敬愛する師匠が自分のことを様付けで呼んでいるなどとは夢にも思っていない幸運なアンディ。
 もしもこれを知ったら、忠誠心にひびが入るどころでは済まされないであろう。
 いや、場合によったら別の方面における忠誠心が目覚めてしまうかも。だとしたら、筆者は彼を見直さねば、なるまい。
 そんな幸運極まりない彼に向けて、魔斗災炎が言う。

「ネオ・フェチスという団体を知っておるか?」

 知るはずがない。そんな名前からして、怪しげな団体。ネオで、フェチぃ!?

「……ネオナチスじゃなくて、フェチス……ですか?」
「うむ。ネオナチか。じつはそれとも、ある程度、絡んでくるのであるが」
「……はい?」

 むろん人には言えないことであるが、アンディにはかつて、ネオナチに所属していた過去があった。
 ネオナチといっても、別に思想などはどうでもよく、単にストリートギャングとして暴れたかった。それだけのことだ。
 それで活動をしている時に酒神了と出会い、こっぱみじんこに粉砕されたことで彼に心酔するようになったのであるが。
 そんな彼にしたところで、ネオ・フェチスなどという名前は初耳であった。

「信用できぬ、という顔じゃな」
「……まあ、いいでしょう。で、それは一体、どんな組織なのでしょうか?」


「……それ、本当ですか?」

 これより先の魔斗の話は、アンディの想像力のはるか上であった。


8th
登場人物 魔斗災炎&アンディ

「アドルフ・ヒトラーについては……ドイツ人である貴様にとっては説明するまでもないぢゃろうが」

 ナチを引き合いに出すからにはその名前が出るのはアンディもある程度予測していた。

「ネオナチについても、いいか……貴様、ネオナチに所属していたこと、あるか?」
「……いえ」

 まさかあったなんて答えるわけにはいかない。

 余談ながら。
 もしかして勘違いしている人がいるかもしれないので書いておくが、ネオナチとはナチス信奉者、極右思想の持ち主を意味する。
 だから、そういう人達の集まりはみな、ネオナチと呼ばれている。決して「ネオナチ」という名前の組織が存在するわけでは、ない。
 アンディがかつて所属していた「ネオナチ」も、そういった組織のひとつであった。もっといえば、ストリートギャング団であった。

「うむそうか、まあ、仮に所属していたところで恥じることでもない、若い者で、多少なりとも国家の行く末に関心を持つ者なら、 十分、通りうる道である、日本でいえば民青みたいなものぢゃ。三日ばしかとかおたふくかぜと、変わらん」

 あっさり言ってのける天才。寛大なのか、考えていないだけなのか。

「……で、ネオ・フェチスとは?」
「うむ、それであった。ヒトラーについてはよく知っている貴様であるが、そのヒトラーについて、こんな話は知らぬであろう」

 アドルフ・ヒトラーといえば第三帝国を名乗り、ヨーロッパ全土を戦乱の渦に巻き込んだ狂気の独裁者である。
 彼は最強の陸軍を率いてまずは東欧を、返す刀でフランスを蹂躪し、ロシアにまで手を伸ばした。
 第一次大戦で疲弊していたドイツがあそこまでやってのけた原動力はむろん、ヒトラーの狂気であったが、何をして彼を狂気に駆り立てたのか? 世界を征服した後、彼はいったい、何がしたかったのか?

 聞いて驚け。世界中の誰もが発表しなかった仮説だ。
 ヒトラーは稀代の軍服マニアだったのだ!

 ドイツ陸軍といえば、何がいいって、その制服のスタイルの良さである。
 SSなどは、やっていることはともかくして、制服などは非常に見栄えのよかったものとされている。
 むろん、ヒトラーの趣味だ。

 若き日の彼はある日、考えた。世界中の軍服を全て収集したい、と。
 しかし彼は貧乏であった。収集家ならばわかると思うが、軍事関係のグッズ収集には、非常に金がかかる。普通はそれであきらめる。だが、彼の執念は尋常ではなかった。そして困ったことに、彼には才能があった。
 ドイツの政情不安につけこみ、ナチスによる独裁体制にまであっさりとこぎつけたのだ。
 これで念願の、国家予算を用いての軍服収集ができる。彼は狂喜した。それを実行に移していれば、まだ世界は平和だったのだが。
 だが、彼はあることに気付いた。別に国家予算を使わなくても、他国の軍隊を潰せば軍服は手に入るじゃないか。
 軍服に国家予算をつぎ込むなら、どうせなら自国の軍服を改造してしまおう。それも、かっこいい奴に!
 かつて軍に所属していたヒトラーは、自らの着ている軍服が、他国のものに比べてひどくみずぼらしいことに、この上ない劣等感を抱いたものだ。その時のトラウマが、こんな所で再燃した。
 ならばいっそ、他国を完全制圧してしまえばよい。そうすれば、ドイツの軍服は世界一ぃ〜になる。
 まあそれぞれ二着ぐらいは実用&収集用として保存しておいてもいいや。あとは全部廃棄。
 そうすれば、自分こそが世界一の軍服収集家ではないか。世界一。まさに男として生まれたからには一度は夢見る境地!!!

 かくして。
 ヒトラーの命により、とある組織が秘密裏に結成された。
 世界中の軍服を収集し、ヒトラーのもとに集めるための、いわば「裏ナチス」と呼ばれる組織。
 彼らの名を「フェチス」と呼んだ。


9th
登場人物 引き続きお楽しみください

「……語りでしょ」

 アンディの反応は至極当然であった。そりゃそうである。ヒトラーが制服フェチで? んでフェチが作った組織だからフェチス?
 我ながら馬鹿げた設定だと、筆者すらも思う。

「信じる信じないは勝手ぢゃがの。ともかく、現世においてヒトラーを信ずる亡霊がネオナチを作ったのと同様にぢゃ」

 いまや「ネオ・フェチス」は軍服マニアのみの集まりでは、ない。
 現代社会において価値観の多様化が為されたのに従い「ネオ・フェチス」も多様な価値観を包含する結社となった。
 例えばゲーマー、フィギュア、ぶるま、ネコミミ、バニー、ロリータ……そしてもちろん、メイド。その他もろもろ。
 価値観の多様化が叫ばれている現在においてなお、忌避されている、いわば社会の掃き溜め。
 かつて第一次大戦後、軍縮が叫ばれ、そんな社会情勢において軍服至上主義者のヒトラーが周囲から白眼視されたように、である。
 ヒトラーがナチスを、そしてフェチスを作り、軍服の地位の向上を狙ったのと同じように、自らの人権のために戦う秘密結社。
 それがネオ・フェチスである。

 ネオナチとの最大の違いがひとつ存在する。
 それは「ネオ・フェチス」という名前の組織が実際に存在することだ。
 各種の秘密結社、裏サークルが、たまたま知り合い、似たような境遇のもとに団結し、そういったことが繰り返されて肥大化した。
 それがネオ・フェチスである。

「そして奴等は何より……この我輩には及ばぬとはいえ、類まれなる能力者であったのぢゃよ」

 世に大量に存在するオタク連中を言い表したエピソードとして、おそらく一番有名なのに、こんなのがあった。
 某国のプレスが日本に来て、コミケを取材したことがあったらしい。その時、彼はこう言ったそうだ。
「このパワーを政治や経済に生かせば、日本は世界に比肩しうるもののない超大国となるであろう」
 本当かどうかは知らないが、まあ、分らないでもない発言である。もっとも、この言葉の裏にはおそらく、日本人のポテンシャルに対する驚嘆と同時に、実際に政治やら経済やらに生かさないことへの皮肉が込められているのであろうが。

 そして。
 政治や経済ではなく、自ら信ずる道に徹底的につぎ込んでしまったのが彼ら「ネオ・フェチス」なのであろう。
 だとしたら、もっとも危険であり、かつ、もっとも相手をしたくない秘密結社であるといえよう。
 だが、実際、彼らによって酒神了がメイド服などという非常事態が発生してしまった。どうにかせねばならない。
 本当はメイド服どころの話ではないのだが、それはアンディにとっては知らない方が幸せであるだろう。

「……まあ、大体のお話はわかりました。」

 いまだ信用できね〜、という感情は隠しようもなかったが、それでもなお、これ以上を聞き出すのは困難であると判断し、この線で調査してみることにした。ガセだったら、その時は相応の対応を、この自称天才にはしなくてはならないが。

「でも……なんでそんなに、詳しいんですか? その、ネオ・フェチスとかいう組織について」
「そりゃ我輩は天才であるからのう。世界中の情報は、すべて我輩の手の中ぢゃ」
「そうですか。では、彼らは今、どこで活動しているか、それは分りますか?」
「知らん」

 あっさりと前言を翻した自称天才。何が世界中の情報は手の中、だ。そう思ったが、とりあえず顔には出さず、お礼もそこそこに、彼の研究室を後にした。
 結局、掴めた情報は「ネオ・フェチス」の名前だけか……これはやはり「奴等」の力を使わなければならないようだ。
 彼らが今の酒神を見たら、どんな反応をするだろうか。あまり想像をしたいことでは、なかった。


10th
登場人物 魔斗災炎?

 アンディが去った後。
 魔斗災炎は、とある部屋の前に立っていた。
 厳重なるロックを解除し、扉が開かれる。

「ネオ・フェチスか……」

 そこは倉庫であった。いや、宝庫であった。ある種の人々にとっては。
 大量のLPにLD、CD、ビデオ。ゲームソフト。当然初回限定版。
 大小様々な人形。親指大から人間より大きなものまで。
 衣服も大量に。軍服や制服、布地の少ないものから過多なものまで。
 書籍。写真集やイラスト集。実写もイラストも文章も。全て2冊ずつそろっている。
 その他いろいろ。もう何が何だか。

 それらを前にして、魔斗の目は遠くを、はるか遠くを見つめていた。

 まだ若い頃。彼は森羅万象の理をすべて解き明かしてやろう、そういった野心に燃えていた。
 そして、ひたすらに知識を詰め込みまくった。数学。物理学。化学。生物学。機械工学。言語学。歴史学。経済学。法学。政治学。
 その他、学問と名のつくものにはとにかく、ありとあらゆる物に手を出したような気がする。
 だが、ある日、気がついてしまった。世界は巨大であり、それに対し、今の自分の、何と卑小なことよ。
 世界の全てを自分ひとりで解き明かそうなど、なんという傲慢か。

 彼は代わりに、ひとつのことに目を向けた。そして、それを徹底して、奥の奥まで掘り下げてみよう。そう思った。
 それは人間。人体こそ小宇宙。深淵にして巨大、無限の領域である。
 その過程。人間心理、その中でも、価値観というものについて調査している時。
 彼は出会ってしまった。人間の価値観のうち、もっとも社会的に認知されないものに。
 そして……ハマってしまった。

 その日から、彼は変わった。ありとあらゆる価値観の理を網羅してやろう。彼の野心は、いまやそれであった。
 そしてひらすらにフェチを詰め込みまくった。アニメ! フィギュア! めいど! ネコミミ! ぶるま! 妹! めがね! 魔女っ娘! ろりぷに!
 その他、フェチと名のつくものにはとにかく、ありとあらゆる物に手を出したような気がする。
 そして、ある日、気がついてしまった。世界は巨大であり、それに対し、今の自分の、何とダメ人間なことよ。
 フェチの全てを自分ひとりで抱え込もうなどと、なんという傲慢か。

 そして彼は出会ってしまった。自らと同じコンプレックスを抱え込み、そして、それを打破しようとしてもがいている者たちと。
 彼らは自らを「ネオ・フェチス」と名乗った。
 仲間がいないと思っていた者が、理解しあえると思えた者と出会えたことの喜びはいかほどであろうか。

 こうやって人間って新興宗教にハマって行くんだよな、とは筆者の意見である。
 でもネオフェチも宗教とそれほど変わらんよなあ。

 魔斗災炎と「ネオ・フェチス」との蜜月は長年に渡って続いた。
 互いに情報を交換しあい、親睦を深めあう。時には酒など酌み交わし、自らの思いのたけをぶつけあう。
「めいどさんの、マスターに対する呼称は『ご主人様』と『旦那様』のどっちが正しいか」。
 こんな些細な話題で、朝まで激論を交わし、最後にはリアルファイトにまで発展したこともあった。
 夜の町に繰り出し、道行く女性をさらってはネコミミを装着して放り出す、などという強制的手段によって、ネコミミ普及化を狙い、警察とチェイスする羽目になったこともあった。
 侵入してきたFBIの捜査官に再教育をほどこし、この世界への扉を開いてやったこともあった。
 自分の知る限り、彼はアンミラ部門において高い地位に昇格したはずであるが、今は何をしているのであろうか。
 そして、自分は彼らのために積極的に技術提供をした。これも、自らの主張を世に示さんがため、であった。
 自分の生涯において、これほどまでに充実した時間が、かつてあったであろうか?

 だが。ある日、気付いてしまった。
 彼らのやり方では、自分の信ずる道は、ますます遠ざかって行くだけだ。
 フェチを認めさせるには地下組織を作り、過激派としての活動を行うことではダメである。それでは、日本赤軍の二の舞だ。
 地道に啓蒙活動を行い、だんだんと自らの思想を世に浸透させていく。これこそが遠回りに見えるが、一番確実な方法である。
 この手により、テレビゲームや同性愛者は市民権を得たではないか。

 かくして彼は、ネオ・フェチスを去った。
 彼の人生において、最大の決断であったといえよう。

 その反動として。
 彼は、若き日になしえなかった野望。森羅万象を自らの手で解き明かそうという野心。
 それに没頭することにした。全てを忘れるために、それしかなかったのである。

「……ふっ」

 魔斗災炎。かつてグランドマスター・オブ・フェチと呼ばれた男。

「……我輩も研究費用を削って、めいどのひとりも雇ってみるかのう」

 ……久し振りに、過去の血が騒いだらしい。とても危険なことを口にした。


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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