とてとてとて。ばったり。
「はうう、またやってしまいましたぁ。申し訳ございませぇんご主人さまぁ……」
極めて一般的なシチュエーションだ。
しかも、たったこれだけの文章で、この行動を取った者が、どのような風体をしているか、大体、想像がつく。
上は半袖であるが、袖の部分がやたらと膨張している。下はミニスカート。やたらと、ひらひらした部分が多い奴。さらに純白のエプロン。やっぱり、やたらとひらひらとした奴。そして頭には……もう、いいや。
筆者の描写力ではこのあたりが限界である。言ってしまえ。ようはメイドさんだ。それも世に言う、ドジっ娘メイドさん。
わざとやってるんじゃないかと思うぐらいに、おさらとか落してはご主人様におしおきされる、あのメイドさんだ。
でも、おしおきで済むのだから、ある意味、よい。これが日本の武家とかだと一気に番町皿屋敷の世界に突入する。「いちま〜い、にま〜い」って、あれだ。つまり、おしおきされても、命があるだけよいと……言えるかどうかは、知らぬ。
ともかく、そのメイドさんである。当然、その顔は、はかなげにして可憐な……
「……がるるるるる」
……訂正。
眼光するどく、氷の殺気をたたえている。はかなげどころか、百辺殺しても死にそうにはないタフネス。それも百辺どころか、いっぺん殺すことすら、宝くじで1億円当てるよりも困難であろうことは、容易に想像がつく。
明らかに、ドジっ娘めいどさんなんて人種とはもっともかけ離れている。大体にして、野郎だし。こいつ。
唯一の救いは、彼が野郎であるとはいえ、類まれなる容姿の持ち主である、ということであろうか。
中性的とも、言えなくもない。場合によっては女性でも通用する。ただし、ドジっ娘などという人種ではなく、氷の美女、クールビューティー、そういった呼び名の方がぴったり来るのであるが。
彼の名を、酒神了といった。
新世紀に入ってまだ1年と経っていないのに、どうしてこのような世紀末的事態が発生してしまったのか。
数時間前、こんな事があったのだ。
その時彼は5人の覆面に囲まれていた。
これ自体は、よくある話である。
酒神了の日常生活は極めて怠惰である。起きたい時に起き、寝たい時に寝ている。
ついでに言うと、気が向いたら街に繰り出して、彼の主食である美女を捕食する。食べたら残りは放り出す。そういう生活をしている。それでいて、あんなに強いのは反則である。どう考えても人間では、ない。
って、そうだ。本当に人間じゃないんだっけ。いろんな意味で。
彼はその血統からいって完全なる人間ではないし、生誕以後も、人間であることを放棄するような鍛え方をしてしまった。
かくして超人どころか超神人(本当は「神」と「人」は上下に並べてひとつの漢字である)が誕生してしまったのである。
おかげで、その筋ではすっかり有名になってしまった彼を狙ってくる者は多い。
例えば、強者を倒して名を挙げようとしている武道家や格闘家。ただ、並の者では彼に勝つどころか、触れることすらできない。
だから、適当にあしらって力の差を見せ付ければ、大抵は引き下がる。たまに気分が悪いと半殺しにする。もっと気分が悪ければ全殺しにする。気分が最悪の時は社会的に全殺したりもする。
あとは、知らず知らずのうちに彼が怨念を買ってしまった人間。
よくあるのは、敵討ちというシチュエーション。あるいは彼女を寝取られたとか、様々な理由から、無謀な挑戦をしてくる。
ただ、そんな事情は彼にはどうでもいいことなので、やっぱり最悪、社会的に全殺すことも、やる。
で、わけもわからず取り囲まれた酒神了であったが、その日は襲撃者にとっては幸運なことに、ご機嫌斜めというわけではなかった。
とりあえず、そいつらを一瞥する。気の弱い人間だったらそれだけで逃げることを選ぶ、氷の殺気である。
それでも引き下がる様子を見せない襲撃者たちに対して彼は、
「一応、理由を聞いておこうか」
問答無用で全殺しもありえた以上、これはなんとも寛大なひとことである。だが襲撃者らは、その寛容さに対して、神に感謝してもいいようなところを、逆にそれにつけ込むことにしたのである。これは余裕なのか、単に馬鹿なだけなのか。
「3日前のことを覚えているか?」
別に思い出してやる義理はないのだが、記憶をさかのぼってみることにした。3日前……ああ、そういえば。
たまたま歩いていたら、たまたま、怪しげな野郎どもが、標準よりも上の容姿を持つ女性に絡んでいるのを見つけたので、なんとなく気が向いたためにそいつらを軽くあしらい、その女性を助けた、ということがあったかもしれない。
当然その後、その女性をおいしくいただいたのは言うまでもないことであるのだが。
「ああ、なるほど……」
「思い出したか酒神了」
「あの時のクズどもか」
ぴくっ。怒りの表情を見せた……と思われるクズども。ただ、覆面をかぶっているので、実際のところは分からないが。
ただ、たぶん彼らが覆面の下で怒りの形相を見せ、襲い掛かってきたからには、やっぱり気分を害したのであろう。
5人いるうち、4人が酒神の周囲を囲み、四方から襲い掛かってくる。
ひとりの人間に一度に襲い掛かることができるのは4人が限界なので、4人と同時に戦うことができれば、あとは何人が一緒にいても同じこと。地球人全員とだって戦える。そんなことを言った奴がいるらしい。
それなりに説得力がなきにしもあらずだが、本当にそんなことをやっては、普通は体力が持たない。
だがこの酒神了なら、あるいはそれくらいならやってのけるかもしれない。そういう男である。
案の定、その4人は彼に指一本触れることもできない。やはり雑魚だ。
ちょっと暇になってきたので、そろそろ潰すかな? そう思ってきた矢先に、残りのひとりが何かやっているのが目に入った。
ライフル銃のように見える。怪しげなジェネレーター?がついているので、もしかしたら実弾ではなく光線銃であろうか。
なるほど。4人はおとりであり、本命はそっちだったか。周囲に気をとられている隙に、飛び道具で狙い撃つ。
酒神了に挑もうとしている奴だ。少しは頭を使ってきたか。だが、甘い。ふたつほど欠点があった。
ひとつは、酒神をひきつけるおとりとしての4人に、それだけの技量がなかったこと。
そして、実弾だかビームだか知らないが、そんな程度で死ぬような酒神了ではないことである。
こういう奴等にとって、一番こたえるのは、自らが用意した「完璧な」策略に、敵が完全に引っ掛かったと思った瞬間、そんなものを問題としないようなパワーによって、それが打ち破られるという事態が発生することだ。
銃弾を急所にぶち込まれた相手が、全くそれを問題ともしない様子でいたら、相手の戦意は崩壊するであろう。
ましてや、その後ひとこと「かゆいな」とか言ってみせれば……
銃口から光線が発射された。双方にとって予定どおり、それはまともに、酒神に命中する。
そして、酒神にとっては予定していた以上に、それは痛くもかゆくもないシロモノであった。
少なくとも、肉体的なダメージという点にとっては。
次の瞬間。
酒神了は我が目を疑った。