冷たいシャワーを浴びた青年は、手早く服を身につけると控え室へ向かった。
表情こそ普段と変わりないが、その足取りは心なしか軽い。
ふと、何かに気付いた様に足を止めると、何事もなかったかのように歩き出し、医務室を通り過ぎた。
その先には、普段使われない板張りの広間がある。闘技者の希望や、メインが使用不能になった場合の予備として使われる場所だ。
「黙っちゃいないとは思ってたけど……随分早かったね」
ゆっくりと、闘気が膨れ上がり、充実していく。
「ジーザスの雪辱戦かい?」
そこでようやく青年は振り返り、そして驚愕した。
「我々を甘くみないで欲しいな。このような失敗作に今更用はない」
声の主の背後には、つい先程までアンディと死闘を繰り広げた男が、十字架に架けられていた。
まさに、エルサレムで張り付けに処されたキリストの如く、茨の冠を被せられ、その両手首に杭を打ち込まれた姿で。
「しかし、この者が我が国の旗を背に戦っていたのもまた確かだ……」
男は銃剣をジーザスに突き立てると、サディスティックな笑みを浮かべた。
「我が国に敗北があってはならない。我が国に牙を突き立てたモノは、必ずや敗北の運命を辿らねばならぬのだ」
銃剣を引き抜いた男は、指を鳴らす。十字架が青年に向かって行く。
青年は、物音一つさせずにそれを受け止めると、手早く張り付けのジーザスから杭を引き抜く。
杭を引き抜かれる激痛に意識を取り戻したのか、ジーザスはゆっくりと瞼を開いた。
「アンディか……すま……ないな………」
「今止血しますから、喋らないで……」
着替えたばかりのシャツを引き裂くと、患部の真上の動脈を締め上げ、的確に止血する。しかし……
「良いんだ……どのみち、負けた私に生きる道は無い……」
「喋るな! ジーザス!!」
「私は国のために産まれ、国のために生きた。だから、国の役に立てなくなった時、私に生きる価値は無かった……」
ジーザスの瞳にはもう、光はない。
「私の人生だ……国のために……生きた事に悔いは無い……だがな……」
ジーザスは拳を握ろうとする。だが、手首に穿たれた杭が神経を切断したのか、その指は震えるばかりであった。
「君と戦った数分間だけは……国以外の……に私は……」
拳が、力を失っていく。
「願……もう……一度………」
「ジーザス!!」
聖者は、天に昇った。
「HAHAHA……最ッ高に哀れだな! モルモットの最後と言うモノは!!」
下品な笑い声がこだまする中、青年は戦友の瞳を閉じさせた。
「所でアンディ君、我々は君の肉体に興味がある。そんな失敗作ではなく、真(まこと)の超人を生み出すために、君の肉体を提供していただきたい」
青年は、無言で返した。
「生きたままがベストなのだが、まぁ、この際死体でもかまわないだろう」
男の背後に、巨大な猿らしき影が浮かぶ。先程十字架を放り投げたのは、この生き物なのだろう。
「そこの失敗作と同じ種類の改良を施したマントヒヒだ! ベースが違えば同じ改良でも効果は飛躍的に違う!!」
男の表情は、先程と同じサディスティックに彩られていた。
「………めるな………」
狼が、小さくうなり声を上げた。
「この世で僕を倒せる存在は、片手の指程しか居ない……」
狼は、緩やかに立ち上がる。
「エテ公共、誇り高き銀狼の力! 思い知るが良い!!」
銀髪の獣が、吠えた。