武踏


其の七十 其の七十一 其の七十二 其の七十三 其の七十四
其の七十五 其の七十六 其の七十七 其の七十八 其の七十九


其の七十
登場人物 少年達 著 煉

 会場に、どよめきが走った。
 正面の相手を見据えた瞬間から、少年達の瞳が変わったからだ。

「なんて、悲しそうな眼をするんだろう……」

 誰かが呟いた。
 少年達は、今にも泣き出しそうな表情である。
 その表情を見ていると、少年達の外見が歳相応に見えてしまい、コレまで死闘をくぐり抜けた戦士とはまるで別人であった。
 ゆっくりと間合いを詰める少年達。何の動作も無しに、双方のさして長くない制空権へと入っていく。残り3歩、2歩、1歩
 そして、少年達は互いの横を通り過ぎた……かに見えた。

 ドンッ!!

 少年達がすれ違った瞬間、激しい衝撃音と共に、片方が膝をついた。XCVと呼ばれる少年が。

(いつの間に!?)

 最も驚愕しているのは、当のXCV本人である。
 剣との距離を詰めたとき、打ち込むべき隙がなかった事は、素人の自分にも見て取れた。ならば、サイキッカーの自分がするべき行動はそう多くない。
 相手の攻撃圏内に入り、打ち込んできた瞬間に、最強の「剣」で迎撃する。
 通常の攻撃には予備動作と命中までのコンマ数秒の時間が必要だが、意志の力で現実をねじ曲げるサイキッカーにとって、予備動作は無いに等しい。そして、無とも言える予備動作から繰り出された一撃に、必殺の威力が存在する。
 先の先を取るには理想的な攻撃体系である。だが、それも相手が攻撃を仕掛けてきてこそ成立するモノ。

「これが君の能力の弱点。相手が攻めてきた瞬間が解らなければ、反撃は出来ないし。逆に自ら攻めれば、その気配を読まれて並の格闘家にも容易に避けられてしまう。そして……」

 剣が指を動かしたかに見えた。次の瞬間にはXCVが吹き飛ばされる。

「攻めてきた瞬間が解らず、解ってもそれよりも速い攻撃を打ち込まれれば、反撃は疎か防御すら間に合わない」

 再び歩いて間合いを詰める剣。

「能力に頼り切り、天性の格闘能力に水をやらなかった事が、最大の敗因だ……」

 立ち上がり、剣に向かって腕を伸ばすXCV。だがそれもかわされ、腕を取られる。

「君の境遇がどうあろうとも、僕は君を倒す。そして勝ち進む」

 バキィ!!

「それが、僕の存在理由であり、ここのルールだ……」


其の七十一
登場人物 少年達 著 煉

 剣が離れた。XCVは腕をぶら下げている。
 明らかに、その腕は破壊されて居た。

「…………………」

 XCVは対戦相手を凝視したまま、動けないで居る。
 敗北への恐怖が、XCVの動きを止めて居た。
 剣は徒歩で間合いを詰めた。再び先程の攻撃を見舞うつもりなのだろう。
 再び両者の制空権へと入る。

「うわああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 XCVが両腕を突き出し、剣に双掌打を放つ。剣はそれをかわしきれなかったのか、それともかわさなかったのか、吹き飛ばされる。
 吹き飛ばされながら体勢を立て直すと、再びXCVを見やる。

「その程度か。悲しいね……」

 剣の表情は動かない。ゆるやかに間合いを詰めていく。
 永遠とも思える時間。死刑執行を待つだけの時間。

(負けるのか? 僕は!? 僕が、負ける!!)

 XCVの肉体に残っているのは、恐怖のみであった。

(マックスの仇を討つんじゃなかったのか!? マックスの様に強くなると誓ったんじゃなかったのか!?)

 如何に自らを鼓舞しようとも、恐怖に竦んだ肉体が動くことはない。
 自分一人で恐怖を克服すると言う作業は、並大抵ではない。それを越える恐怖を得るか、誰かがその恐怖を取り去らない限り。
 剣の容赦ない一撃が、XCVの脳を揺らした。
 XCVの意識が薄れる。景色が歪む。

(マックス……僕じゃ無理みたいだ)

 獣は、決して勝てない事を覚った時、その動きを止めると言う。
 死を覚悟した時、自らへの苦痛を減らすために、肉体を脱力状態へ導くのだ。

『良いかブルー? 超能力の極意は……』

 地へ倒れ伏すまでの時間が、XCVには永遠の様に感じられた。
 XCVの中を流れ続ける、彼にとって決して多くはない楽しかった記憶。人はそれを走馬燈と呼ぶのだろう。

『凝り固まらない事、決して諦めない事だ。リラックスし、なおかつ不動の精神が、最強の攻撃を生み出せるんだ』
(マックス。僕は君にはなれないよ。)
『超能力の根本は全く同じ物だ。だから、俺が望めばお前の、お前が望めば俺の能力を、全く同様かそれ以上に扱いきることも、理論上不可能じゃないんだ……』
(マックス……)

 薄れ逝く意識の中、XCVが考えたのは、やはり偉大なる兄弟の事であった。

(マックス。君が言うことは正しいかもしれないけど、僕には君ほどの力は無いよ)
『違うぞ、ブルー。むしろ潜在能力はお前の方が高いんだ。俺の方が発現が先だっただけの事』
(そんな事、信じられないよ)
『俺のことは信じなくて良い。もっと自分を信じるんだ。【俺にはもっと力がある】とな。俺とお前の産まれた日が逆だったなら、代表はお前だったはずだ』
(マックス……)
『俺を頼るな。自分を頼れ。自分の力を信じ、自分の名を呼ぶんだ! セルフコントロールこそが超能力を最大限に生かす真理だと知るんだ!!』
(マックス………!!)

 ドン!

 空間が、弾けた。
 その爆音の形に添うように、剣の肉体が背後に弾き飛ばされる。
 その僅かな時間を利用して、体勢を立て直すXCV。仕留めきれなかった自分の甘さを呪いながら、間合いを詰める両者。
 戦いは、相変わらず剣の方が優勢であった。
 次々と繰り出される剣の掌低。それらは全て、一撃でXCVの意識を根こそぎ刈り取る威力を携えている。だが、XCVは倒れない。
 嵐のような打撃を受け、それでもその躰は地に倒れ伏す事は無い。
 無酸素運動への限界を感じた剣は、次なる乱打のため、一旦距離を取る。
 しかし、XCVが待っていたのは正にその一瞬だった。

 ドン!!

 再び空間が弾ける。
 XCVの射程を大きく外れた、遠距離からの打撃。予想のつかない一撃に、剣の肉体は大きく揺れる。

「僕の力の欠点、勉強させて貰った」

 XCVが、拳を構えた。観客がざわめく。
 おそらく、今大会初めてであろうXCVの《構え》に、不気味な何かを感じ取ったのだろう。剣も観客も、静かに呼吸を整えるだけで、身動き一つ出来ない。

「これは、その授業料だと思って受け取ってくれ」

 XCVが、全身を捻りながら拳を繰り出す。ボクシングでコークスクリューブローと呼ばれる、独特の拳撃。しかしその距離は遠く、剣まで届く事は無い。
 だが剣は動いた。弾かれる用に肉体を横へ逸らす。

 ズブッ……

 次の瞬間、剣の鎖骨の下に、大きな穴が穿たれていた。


其の七十二
登場人物 桃太郎+α 著 煉

 モニターには、二人の少年達が凄惨な戦いを繰り広げている。
 指を組み、顎を当ててその試合を眺めている一人の男。太陽の如き金色の髪は、静かに空調に揺られていた。

「随分と暇そうじゃねぇか、郭斗……」

 郭斗と呼ばれた金色の髪の男は、声の主に視線を移す。
 月の様な銀髪を靡かせ、相変わらず不敵な笑みを浮かべる声の主。
 銀髪の悪魔と呼ばれた男が、そこにあった。

「俺の分があんまりつまらなかったんでな……」

 男は、自嘲するように口元を歪める。

「俺は、お前等のように頭を働かせるのは得意じゃないんでな。何の用だ?」

 臥龍は、平然とそう口にし、その背後にある中年に目を向けた。
 悪魔に負けず劣らずの邪悪な笑みを浮かべた男は、そこに更に不敵な笑みを浮かべると言う器用な真似をして見せ、告げる

「なんのことは無い、これからちょいと鬼退治に行こうと思っておるのぢゃが。キビ団子は無いが、オヌシも付いてくるか?」
「そりゃあ良い。丁度運動不足を感じてた所だ」

 その言葉を合図に、臥龍は立ち上がる。

「じゃ、雉が居ないのは残念だけど、しっかり付いてこいよ。犬と猿」
「んだとコラ!」
「この天才を猿扱いするか貴様!!」
「いや、お前は犬だ……」

 まるでこれから飲みにでも出かけるような口調で、男達は闇へと消えた……


其の七十三
登場人物 少年達 著 煉

 ぱぁん!!

 肉が、内側から弾ぜた。
 剣の鎖骨の下に穴が穿たれ、それを周囲のモノが認識した直後の出来事であった。
 その肉の主は、一瞬だけ顔をしかめて傷口を押さえたが、止血の無意味さを覚ると瞬時に構えを直した。

「銃(ピース・メーカー)……平和の制作者と言う名を持ち、この世で最も人を殺した銃……これ以上相応しい命名はあるまい……」

 再び構えると、先程と同じように拳を繰り出すXCV。少年は大きく左右に跳ね回りながら、間合いを詰めていく。
 少年が己の間合いに辿り着き、今こそ必倒の打撃を繰り出さんとしたその瞬間。

「!!!」

 XCVの左手が伸び、少年の顔面を掴んだ。

「遅いよ」

 少年の首から上が弾け飛んだ……かに見えた。
 己の『剣』が生み出す爆発力を、XCVの握力は支えきれなかった。再び強制的に数mの間合いを取らされる剣。だが、即座に神速をもってして間合いを詰める。
 XCVが右腕を伸ばす。当然、再び『剣』を放つ。人間離れした集中力でその一撃をかわした少年は、腕を掴み、そこからXCVの全身を絡め取る。
 足をロックし、裸締めへと入る少年。

「甘い!!」

 XCVは、右腕を背後に回し、少年の顔面に三度『剣』を放つ。少年の肉体は大きく揺らぐが、その腕を放す事はない。
 密着状態にあるにも関わらず、凄まじい打撃音が響く。それらは全て、XCVの『剣』が、少年の顔面を打つ音であった。

「君の人生は、僕と良く似ている」

 少年が、もう一人の少年に語りかける。

「君も、僕の人生は知っているのだろう?」

 少年達は泣いていた。しかし、その腕に手加減の文字は無い。

「けれどこの闘技場は、たった一人しか選ばない」

 二人の表情に、怒りは無い。殺し合いの真っ最中とは思えない程、悲しく、穏やかな色がそこにはある。

「先に行って待っててくれ。僕もすぐにそこへ行く……」

 少年達の腕に、より強い力が籠もる。

「今度会うときは、友達になろう……」

 その音は、誰にも聞き取れなかった。
 自由を求め続けた一人の少年が、その怒りと哀しみに満ちた命と頸椎の砕けた音は。ただ一人を除いて、誰の耳にも届かなかった。
 自分の耳と手に残る確かな感触に、その少年は何を思っただろう?

「勝負あり!!」


其の七十四
登場人物 才を与えられたモノ達 著 煉

「死合いが、終わったな……」

 闘技場の気配を感じ取った男。烈火の如き印象を授けるその面差しに、僅かながら哀れみの色が宿る。

「あぁ。一人死んだ……」

 同じくその気配を覚った男は、氷の如き瞳のまま呟いた。その表情に微かな安堵を感じるのは気のせいだろうか?

「人間力を感じ取れる人種と言うのは、奇妙なもんぢゃの……端から見ると危ないだけぢゃぞ」

 呆れた様な表情で返す三人目の男。一人だけ、年齢と外見がやたら浮いている。

「「お前にだきゃ言われたくねぇよ」」

 そこに苦笑を返す二人の男達。

「まぁ、それはそれだ……」
「あぁ、俺達は……」
「自分の仕事を果たすとするかの……ホレ、荒事はおヌシらの仕事ぢゃろう?」

 緩やかに歩を止める男達。奥には、控え室。
 男達の放つただならぬ気配に、室内に残る数少ない者達が殺気立った視線で飛び出してくる。

「じゃあ、行くか……」

 銀髪の男が、傍らのロッカーを引きちぎって、眼前に構え……


其の七十五
登場人物 土佐&山口&……… 著 でっどうるふ

 同じ頃。

「……フランダースの犬のラストシーン……」

 本来なら、選手が行き、そして戻ってくるはずの、その道。
 だが今回ばかりは事情が違っていた。

「クリスマスの次の朝に、少年の亡骸の周りにいた大人たち……」

 そして、彼らもそれを知っていた。
 それでもなお、その場から立ち去ろうとしない。

「あの人たちも……ちょうどこんな感じだったのでしょうか……」
「さあ、な」

 全ては虚しい。

「……彼に……何もしてやれませんでしたね……」
「しょうがねえだろ、いきなり死んじまうなんて、誰が予想できた?土佐ちゃんのせいじゃねえよ」

 無駄と知りつつも、そして、自分自身、その言葉を全く信じていくても、言わないわけにはいかなかった。

 彼……XCVと、特別に面識があったわけではない。1度会っただけである。
 が、その境遇については、ある程度の知識があった。
 数年前に死んだ、当時最強の超能力被検体「CAP」ともっとも親しかった、ということも。
 もしかしたら、その境遇からなんとかして救ってやれるのでは、そうも思っていた。

「……土佐ちゃん……もう行こか」

 生きている者に立ち止まることは許されない。

「……ええ」


其の七十六
登場人物 命を問う者 著 でっどうるふ

 闘技場を挟んで、ちょうど反対側に位置する通路。

「見事な勝利じゃったのお」
「……」

 出てきた道を行く少年を、手を叩きながら出迎える者がいた。
 覆面を被った、おそらく老人と思われる男。

「特に最後の攻防などは……」
「……」
「おいおい、そう邪険にすることもないじゃろ。老い先短いジジイの話ぐらい、聞いてくれんか?」

 無言で通り過ぎようとする少年……酒神剣。が、ジジイは勝手についてきている。

「お前さんを見とると、どうも不思議でならぬ。まだ10代なんじゃろ?」
「……」
「それでいて、お前さんの魂は……なんというか、一瞬で吹き飛んでしまうような感じなんじゃ」

「……」
「このジジイよりも、遥かにあの世が近いように見える。何より、お前さん自身が、そう決めつけておる」

 あくまでも無視を決め込む剣。完全に一人語りになっているジジイ。

「で、じゃ。ここからが本題で……わしの一番知りたいことじゃ」
「……」
「その、先の短いお前さんが、じゃぞ?この大会に一体、何を求めておるのじゃ?」
「……それを聞いてどうするのです?」
「おう、はじめて口聞いてくれたのう。いや、別に深い理由はないがのう。ただ知りたい、これじゃダメかの?」
「……」
「なにせ人間ひとり殺るほどの理由じゃ……勘違いするなよ。別に責めておるわけじゃ、決してないぞ。」
「……」
「ただ、そこまでこの大会にこだわる理由を、一偏聞いてみたいと思ってのう」

 控え室に通じる廊下には、剣とジジイ以外、誰もいない。


其の七十七
登場人物 孤高の狼&創られた神&神兵 著 煉

 冷たいシャワーを浴びた青年は、手早く服を身につけると控え室へ向かった。
 表情こそ普段と変わりないが、その足取りは心なしか軽い。
 ふと、何かに気付いた様に足を止めると、何事もなかったかのように歩き出し、医務室を通り過ぎた。
 その先には、普段使われない板張りの広間がある。闘技者の希望や、メインが使用不能になった場合の予備として使われる場所だ。

「黙っちゃいないとは思ってたけど……随分早かったね」

 ゆっくりと、闘気が膨れ上がり、充実していく。

「ジーザスの雪辱戦かい?」

 そこでようやく青年は振り返り、そして驚愕した。

「我々を甘くみないで欲しいな。このような失敗作に今更用はない」

 声の主の背後には、つい先程までアンディと死闘を繰り広げた男が、十字架に架けられていた。
 まさに、エルサレムで張り付けに処されたキリストの如く、茨の冠を被せられ、その両手首に杭を打ち込まれた姿で。

「しかし、この者が我が国の旗を背に戦っていたのもまた確かだ……」

 男は銃剣をジーザスに突き立てると、サディスティックな笑みを浮かべた。

「我が国に敗北があってはならない。我が国に牙を突き立てたモノは、必ずや敗北の運命を辿らねばならぬのだ」

 銃剣を引き抜いた男は、指を鳴らす。十字架が青年に向かって行く。
 青年は、物音一つさせずにそれを受け止めると、手早く張り付けのジーザスから杭を引き抜く。
 杭を引き抜かれる激痛に意識を取り戻したのか、ジーザスはゆっくりと瞼を開いた。

「アンディか……すま……ないな………」
「今止血しますから、喋らないで……」

 着替えたばかりのシャツを引き裂くと、患部の真上の動脈を締め上げ、的確に止血する。しかし……

「良いんだ……どのみち、負けた私に生きる道は無い……」
「喋るな! ジーザス!!」
「私は国のために産まれ、国のために生きた。だから、国の役に立てなくなった時、私に生きる価値は無かった……」

 ジーザスの瞳にはもう、光はない。

「私の人生だ……国のために……生きた事に悔いは無い……だがな……」

 ジーザスは拳を握ろうとする。だが、手首に穿たれた杭が神経を切断したのか、その指は震えるばかりであった。

「君と戦った数分間だけは……国以外の……に私は……」

 拳が、力を失っていく。

「願……もう……一度………」
「ジーザス!!」

 聖者は、天に昇った。

「HAHAHA……最ッ高に哀れだな! モルモットの最後と言うモノは!!」

 下品な笑い声がこだまする中、青年は戦友の瞳を閉じさせた。

「所でアンディ君、我々は君の肉体に興味がある。そんな失敗作ではなく、真(まこと)の超人を生み出すために、君の肉体を提供していただきたい」

 青年は、無言で返した。

「生きたままがベストなのだが、まぁ、この際死体でもかまわないだろう」

 男の背後に、巨大な猿らしき影が浮かぶ。先程十字架を放り投げたのは、この生き物なのだろう。

「そこの失敗作と同じ種類の改良を施したマントヒヒだ! ベースが違えば同じ改良でも効果は飛躍的に違う!!」

 男の表情は、先程と同じサディスティックに彩られていた。

「………めるな………」

 狼が、小さくうなり声を上げた。

「この世で僕を倒せる存在は、片手の指程しか居ない……」

 狼は、緩やかに立ち上がる。

「エテ公共、誇り高き銀狼の力! 思い知るが良い!!」

 銀髪の獣が、吠えた。


其の七十八
登場人物 二人の「ボクサー」 著 煉

「青龍の方角! 高天大和!!」

 観客達の拍手は薄い。先程の現場が脳裏に刷り込まれたままだからだ。
 この闘技場で死者が出る事は、そう珍しい事では無い。むしろ、ここまでの試合で死人が出ていなかった事の方が不思議なのだ。
 生死を賭けることを前提とした試合。それを人は、死合と言う。
 この闘技場で行われる戦いは、全てが死合である。死人が出るのは、むしろ当然の事。
 だが、先程の戦いは不自然だった。あれほど不可解な死合は、この闘技場でも至極珍しいことなのだろう。
 完全な裸締めが決まり、決して覆ることのない状況で、なおも攻撃し続けた少年。その少年の攻撃その物。
 そして、その状況で、相手を『落とす』事ではなく、敢えて『殺す』事に専念した少年。
 なにより、両者のその表情こそが、最も不可解なモノであった。
 少年達の表情は、最後まで哀しみと優しさに満ちていた。まるで、その戦いが何者かの鎮魂であるかのように。
 だが、少年達の戦いは、最後まで容赦を感じさせなかった。まるで、その戦いが自らの存在理由その物であるかのように。
 その不思議な違和感が、観客達の心を小さく打った。

「白虎の方角! 水形京!!」

 しかしその余韻も、二人目の青年が現れたときに、全て掻き消された。
 その青年の姿に、先程の死合には及ばないまでも、その余韻を消し去るには十分な違和感を与えたからだ。

「あれは……」

 観客の一人が呟いた。


其の七十九
登場人物 ファイター 著 煉

「ラアアァァァァァァ!!!!!」

 悪魔が吼え、三連組のロッカーを眼前に構えたまま突っ込んで行く。
 室内に残っていた者達は、アサルトライフルを手に迎え撃つ。
 だが、その威力はロッカーで殺され、『中国式』によって強化された青年達の肉体に弾かれる。
 全弾を撃ち尽くす前に、ロッカーと壁に挟まれ、意識を失う。

「やれやれ。非殺とは、相変わらずぢゃのぅ」

 一人、パワードスーツを着こんだ男が、呆れた様に呟く。
 青年達はそれに構うことなく扉を蹴破る。

「死にたい奴は抵抗してくれ」

 全てを凍てつかせる声。
 格の違いを悟った男達は、それでも微かな望みを抱きながら引き金を引く。

 タン!

 一発。先頭に居た一人の、最初の一発だけであった。
 後の者達は、引き金に指をかけた瞬間に意識を断ち切られる。
 兵士達の中央に立った銀髪の青年は、研究者らしき者達を睨めつける

「こんな玩具で俺達を止められると思ってるのか?」

 青年達の不適な笑みに、研究者達は同じ表情を返した。

「さすがはサタン。だが、我等も神を成そうとするモノ。この程度の事態は予測済みだ!!」

 黙々とキーボードを打っていた研究者の一人が、Enterを叩く。
 シャッターが開かれ、巨大な猿のような生き物が無数に姿をあらわす。

「我等のブーストは、未だお前達に届かないかもしれん。だがより強い素体を用いたモノならば貴様等を上回る事が出来る!」

 勝ち誇った笑い声を上げる研究者達。

「一人頭5体の『神獣』相手に、貴様等がどの程度善戦するか、ゆっくりデータを取らせて貰うぞ。まぁ、数分と持ちはせんだろうがな」

 研究者の一人が指を鳴らすと、猿達が飛び掛っていく。
 酒神に5体、臥龍に10体。その距離5m、4m、3m……

「ロクに算数も出来ないのか……」

 微動だにしなかった二人の青年が、溜息を漏らした。


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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