「……ジーザス……」
それは、今しがた倒された戦士の名前ではない。英語圏で頻繁に使われる表現である。
ジーザス・クライスト控え室に存在する全ての物が、今や沈黙の中にあった。
「我々は、バベルの地に塔を築いていただけに過ぎなかったというのか……」
「そんなことはない」
それでもなお、一同を鼓舞せんとする者もいる。それは半ば、自分に言い聞かせているようにも見える。
「これは長い行程における単なる一歩に過ぎない。我々にできることは、一歩ずつ、ただただ進むことだけだ。その積み重ねが、いずれは我々をゴールに到着させるのだ」
その場にいた誰もが「ゴール」の存在自体を疑っているのはわかっていた。
しかし、言わずにはいられなかった。ゴールの否定は「超人計画」自体の否定である。そしてそれは、この計画に全身全霊を捧げてきた自分自身の否定に繋がるものであるから。
XCVは、ジーザスの敗北を知らなかった。
試合の間中、結局、一度もモニターの電源は入れられることがなかった。
無意識のうちにペンダントを開く。その中には、一枚の写真。
写っているのは、在りし日の「仲間」。
ジーザス・クライスト対「マックス」。
結果は無残なものであった。そして、XCVにとっては最も信じたくないものであった。
テレパシーで相手の動きを読み、テレキネシスで破壊する。単純かつ、強力極まりない戦術。
しかし、ジーザスの前には全く無力であった。
超一流の戦士は、頭で考えることなしに体が動くという。すなわち、読むべき思考など最初から存在しない。
そして、必殺の念動力も、あっさり破れた。超能力を跳ね返すには、術者より強靭な精神力が必要とされる。そして、最強の術者は精神力においても最強であるはずである。
が。最強のサイキッカーの精神力を、その非サイキッカ−は完全に上回った。念動力は跳ね返され、不可視障壁も破られ、「マックス」は散った。
そしてこの日を境に、サイキッカーにかけられる費用は半分に、かかる負担は倍になった。
おそらく3年前なら、あのムエタイの戦士にすら「障壁」を破られていたであろう。が、それを完全に防いだ。そして、必殺の蹴りに対応し、それを破壊した。
ガルーダの足を破壊したもの。それは触れるもの全てを破壊する剣であると同時に、最強の障壁である。念動力の射程距離を極限にまで縮め、代わりに破壊力と精密性を大幅に上昇させる。「剣」の正体は、これである。
この大会に優勝すること。
強化人間だろうが、咬神流だろうが、全てを破壊できる力。それを自分が持っていることに対する、何よりの証明。
研究所の奴等を全員ぶっ殺す。そうして得られる物。それは自分が何よりも望んでいたものである。
「……僕の名前は……」
それは、誰も知らない「第4の名前」。
そして、自由を得た暁には、それが彼の真の名前になることであろう。
「フリーダム・マクスウェル・ブルーバード」
「XCV」と呼ばれる男が立ちあがる。
そして、廊下に続く扉を開けた。