武踏


其の六十 其の六十一 其の六十二 其の六十三 其の六十四
其の六十五 其の六十六 其の六十七 其の六十八 其の六十九


其の 六十
登場人物 戦士達 著 煉

 三人の青年達が眠っている。
 そのウチの一人、銀髪の青年が身を起こす。瞳を開くと、真紅に染まっている。
 そっと寝台を降り、部屋の出口へ向かう青年。
 ふと、足を止める。

「起きてたんですね……」

 銀髪の青年が背後に声をかける。声をかけられたのは黒髪の少年。

「まさか無いとは思うけれど、負けては駄目だよ」

 黒髪の少年が念を押し、銀髪の青年が口元だけ微笑む。

「君は自分の心配をした方が良いよ」

 嘲笑の入り交じった声。この青年の口からこのような言葉が出てくるとは……恐らく、彼等の師ですら想像出来なかったろう。

「どう言うことだい?」

 黒髪の少年が瞼を開く。その瞳もやはり、真紅に染まっている。

「咬神流の力を手に入れて、強くなったつもりだろうけど……」

 銀髪の青年は言葉を止める。

「いや、やめておこう。言った所で理解は出来ない」

 黒髪の少年が寝台を飛び降りる。既に臨戦態勢だ。

「決着は勝ち上がってからだよ」

 銀髪の青年が、黒髪の少年を射竦める。

 しばしの間。

「「一つだけ、言っておく」」

 全く同時に紡がれた言葉。二人の青年は、視線を合わせ、最終的に黒髪の少年から口を開く。

「あの時のは決着とは思っていない。君を倒すのは僕だ」

 銀髪の青年が微笑み、そして言葉を返す。

「それは結構。けれど……」

 扉を開き、足を進める。閉まりかけた扉に向かって、青年が声をかける。

「猿真似では、僕はおろか、この次の相手にすら勝てないよ」

 扉は閉じられ、戦いへの門が開かれた。


其の六十一
登場人物 戦士達 著 煉

「青龍の方角! アンディ!!」

 闘技場を歩むアンディ。そこに表情らしき物は見て取れない。そして

「白虎の方角! ジーザス・クライスト!!」

 それとは根本的に違う、無表情で入場するジーザス。
 二人とも表情から感情は見て取れない。しかし、そこに感じ取れる物が根本から違う。
 何が違うと、大きく言い切れる物ではないが、この二人が漂わせている雰囲気は明らかに違う。
 強いて上げるなら、これから起こる戦闘に対する心構えだろうか? しかしこれも正式な意味では違う。
 だが、観客は誰一人としてそれを気には止めなかった。
 多くの者はそれに気付かなかったため、そして気付いた者達は、更に二種類に別れた。
 問題の回答を持つ者と、考えることを放棄した者に。
 そして、考えることを放棄した者達はこうも考えていた。

「無理に答えを考える必要は無いさ。待てば出てくるんだからな……」

 そう言ったのは、おそらく答えを持っている者。

「なるほどな……」

 答えを持たぬ者は、それで考えることを放棄した。

「……以上です。それでは……」

 審判の言葉をよそに、青年が少年に何かを語りかけた。
 しかし、少年はそれに応えることなく。闘技場の端へと戻る。
 開始を告げる太鼓が……響く前に闘技場が揺れた。


其の六十二
登場人物 戦士達 著 煉

 試合開始の太鼓が鳴り響く、ほんの数瞬前、その青年は動いた。
 闘技場の端へと戻った男が振り向き、開始の太鼓を待とうとした時。ほんの、コンマ数秒ではあるが、男は緊張感を失った。
 そのコンマ数秒の間に、青年は男の脇へと移動し、側頭部を掌低で撃ち抜きにかかった。
 しかし、そこに微かなタイムラグが発生した。ゼロモーションから放たれた掌低が、男のこめかみへと届くまでの間……と言うタイムラグが。
 その空白の時間に、男は即座に緊張感を取り戻し、全身の筋肉を反応させる。首を前に倒し、同時に足を曲げ、重力の導くままに躯を下降させる。
 結果、青年の放った掌低は急所を僅かに逸れ、男の頭部を掠めるのみとなった。

「君は、相手の得意分野に挑戦し、その上で打ち崩す事を得意とするね……」

 不意打ちを避わされても、青年は眉一つ動かさなかった。男は既に数mの距離を取っている。

「君の戦いは、いつも相手に併せる物だ。そこに、主義主張は存在しない」

 ゆっくりと構える青年。両腕を左右に開き、スタンスを閉じる。
 咬神流六形の一つ、白虎と呼ばれる構えだ。

「他人の意志、実験の為にその戦いを挑む。下らないね」

 男は何も応えない。ただ、独特の構えのまま青年を睨めつけるだけ。

「だから僕は、逢えてこの構えで挑む。得意分野で挑む君に、僕の最も苦手とする戦い方で……」

 男 ― ジーザスの口元が、僅かに揺れた。

「今の君では、決して僕には勝てない」

 たとえ、苦手とされる戦い方でも。
 青年 ― アンディは、言外でそう語っていた。
 ジーザスが飛び出した。
 膝を曲げ、全身のバネを使い『目標』へと迫る。
 勢いと全体中を乗せた拳が突き出され、アンディの腹部へと伸びる。
 だが、モーションの大きなその攻撃は、当然の如く避わされる。
 アンディはサイドステップから、広げた腕の片方でジーザスの顎を狙う。ジーザスは即座に顎を引き、頭を沈める。宙を舞う掌。ジーザスは突進を止め、反動でアンディの脇腹へ突っ込む。
 しかし、アンディは身を捻り、無防備な延髄へ臑を打ち込む。
 鍛えられた肉体が回転し、墜ちる。
 直後、顔面に拳が打ち込まれる。
 血飛沫が、互いの顔を汚した。


其の六十三
登場人物 戦士達 著 煉

 アンディの臑がジーザスの延髄へ届こうとした時、ジーザスは首を捻った。そして、そのまま臑と額を打ち合わせる。回転力を込めた打撃に、アンディの肉体は弾き返され、捻れ、地に落ちる。
 直後、ジーザスはアンディの上に馬乗りになり、そのまま拳で顔面を叩き潰す。

 ブシュ!!

 血飛沫が舞い、両者の顔を血が汚した。
 誰にも予測できない行動であった。
 ジーザスがアンディから離れ、拳を握り治す。メキメキと嫌な音が観客の耳に届く。
 打たれる瞬間、アンディは信じられない行動に出た。
 自らの顔を、更に前へと押し出したのだ。
 だが、それは自棄になって起こされた行動ではなかった。誰の目にも明らかな形で、ジーザスの拳は破壊されている。
 拳を破壊すること。それは、実戦の場では割と良くある行為である。拳の僅か数cm下を拳で打ち抜くことや、壁を殴らせる事等で相手の拳にダメージを与える。そして、頭骨に自信のある者なら、額で受けることで拳を破壊する手段も取れる。もっとも、こちらもそれなりの損害を覚悟しなくてはならないが。
 だが、アンディの行った『それ』は、微妙に異なっていた。
 額ではなく、顔面での受け。己の致命傷を覚悟しながら、相手の攻撃手段を削る。全く持って正気の沙汰ではない。
 その事象に対して驚愕の意を感じ取っている間に、アンディが間合いを詰める。ジーザスは右腕で顔面を、左腕で腹部をガードする。他の部位を打たれても、回し受けによって流すことの出来る体勢だ。だが、アンディの攻撃は更に予想を超えていた。
 ジーザスの右拳を通して、直接顔面を狙ったのである。複雑骨折が開放骨折へと替わり、ジーザスの右目の上へ突き刺さる。
 自ら背後へ飛び、ダメージを軽減するが、それでも瞳の上を切り裂かれたのは深刻である。

「倉石程度とはレベルが違う」

 悪魔が呟いた。

「避けるのが不可能なあの状況。そして、打ち返す暇も、額で受けるだけの隙も与えてはくれない。あのままでは一方的にダメージを受けるだけだ」
「だから、拳に顔面で攻撃したってのか?」

 天才が、呆れる様に呟く。

「勝算あっての事さ。打撃と言うのは、相手への打点がハッキリしてこそ最大の威力を発揮する。ほんの僅かに打点をずれるだけで威力は激減するし、それ所か、自らにそのダメージが跳ね返ってくる事になる」

 つまりジーザスは、自らのパンチ力故に、骨折したと言う事である。だが……

「たとえ半分にしたって、ジーザスのパンチ力だぜ? それを顔面にまともに喰ったんだ……」

 天才は尚も呆れた表情だ。

「だからこそのこの結果だろう?」

 二人の戦士は、距離を取ったまままるで動けなかった。互いに受けたダメージは深刻で、脳も、互いの肉体すらも大きく揺れている。二人の視界も同じように揺れている事だろう。

「一瞬でも早く、回復した方が有利だな」
「そうだろうな……」

 コンマ数秒、空白の時間が出来た。そして……

「だから言ったろう?」

 脳震盪で視界は歪み、まともに思考することすら辛いであろう状況で、アンディは呟いた。

「今の君では、僕には勝てないと……」

 アンディが、間合いを詰めた。


其の六十四
登場人物 戦士達 著 煉

 アンディが間合いを詰め、ジーザスの腹部に拳を当てる。ジーザスは即座に腰を捻り、アンディの顔面へ肘を打ち込む。

 ドンッ!!

 炸裂弾の様な音が響いた。アンディは大きく体勢を崩し、右頬がざっくりと裂けている。しかし、ジーザスも無傷では済まなかった。左脇腹が裂けている。出血こそ少ないが、それは決して浅い傷故と言う訳では無かった。
 中国拳法北派に存在する技の一つ。寸当てと呼ばれる技術である。わずか数cmいや数mmからの打撃に、必殺の威力を込める。密着した間合い故、予備動作で読む事も、速力を使い避ける事もままならない攻撃。本来なら加速に必要な距離が無いため、威力は無い。だが、もしわずか数mmでトップスピードに達することが出来れば……それが、寸当てである。
 これに対してジーザスが取った行動は、的確だった。避ける事が出来ぬと解れば、攻撃の威力を正面から受けぬ様に身を逸らし、なおかつ先手を取ることで攻撃力を軽減させたのだ。
 だが、それでも、削り切れぬ威力がその身を叩いた。出血が少ないのは、傷が浅かったからでは無い。威力の半分は切り傷と言う形で逃がしたが、残り半分が体内に沈められた証拠である。
 そこまでを認識した時点で、初めてジーザスの表情が動いた。

「逆神には、魔力がある……」

 悪魔が、静かに呟いた。

「魔力?」

 天才が、さも意外そうに聞き返す。

「あぁ、戦うモノを惑わす。魅了の魔力だ」

 ジーザスが間合いを詰め、開放骨折した右拳で、アンディの脇腹を貫いている。アンディはそれを意に介さず、ジーザスの金的を蹴り上げる。だがジーザスは膝で膝を止める。反動でジーザスは宙を舞い、アンディの脇腹を縦に裂いていく。その時、折れた骨の破片が、アンディの額を縦に傷つけた。
 飛ばされたことで再び間合いを取る両者。
 ジーザスが、右拳を力ずくで正常な形に直す。骨が軋み、更に砕ける音が聞こえる。
 アンディは、自分の爪を使って、額の傷口を瞳の横まで斜めに流す。血の通り道を作るためである。そのままでは、自分の血が瞳を汚してしまう。

「無茶するね……」
「どっちが……」

 ジーザスが、初めて口を開いた。その口元は笑っている。
 再び構え直す二人。

「来い。全力で叩き潰してあげよう……」

 スタンスを広げ、左腕を心臓の上に置き、右手を前へ突き出した構えを取るジーザス。
 アンディは、両腕を左右に大きく広げた構え。

「今の君になら、ようやく本気を出せそうだ……」

 躰を撓ませ、膝のバネを蓄えるアンディ。

「あれが、逆神の魔力だよ」

 悪魔のその言葉を合図にした様に、二人の戦士が……


其の六十五
登場人物 戦士達 著 煉

 二人の戦士が間合いを詰め、その勢いを殺さぬままに拳を繰り出す。ジーザスは左を下から、アンディは右を水平に。その勢いは、ジーザスが若干速いか……
 ジーザスの左がアンディの顎を捕らえようと言うとき、アンディの拳が止まった。的を隠された拳は、そのまま腕を捕らえる。そしてアンディは、肉体の勢いをそのまま、額に乗せた。

 ドムッ!!

 両者の頭が、跳ねた。
 アンディの右腕は、ジーザスの拳からのクッションにはなったが、ジーザスはそこで拳を止めなかった。勢いと体重を乗せた拳をそのまま打ち上げたのだ。だが、スピードは確実に殺されていた。ジーザスの拳が届く前に、アンディのバッティングはジーザスの顔面を捕らえていた。直後、アンディを襲う左拳。
 両者の頭部が弾かれ、攻防が一瞬……たりとも止まる事はなかった。
 刹那の時もおくことなく繰り出される神速の蹴り。
 アンディの肉体が、ズレる。ジーザスの腹部が蹴り抜かれ、強制的に距離を取らされる。

「おい、あれ……」

 観客の一人が、小さく呟く。
 アンディの右腕は、だらりと垂れ下がっていた。関節が見慣れない形になっている。
 ガードした腕を、そのままに打ち上げられたため、肩が大きく捻られる形になった。当然、人間の関節はそう言う風には曲がらない。
 アンディが、自分の右腕に触れる。

 ゴキッ……

 いともあっさり填め直すと、再び構えるアンディ。

「これで……両者とも右は死に腕だな……って、ん?」

 天才が呟く。しかし、それを聞くはずの人物はそこに居ない。

「あの野郎……」

 苦笑する天才。目は笑っていないが。

「逆神の魔力か……確かに……」

 拳を握り直す天才。

「疼くぜ……」

 ジーザスとアンディが、構え直す。
 アンディから間合いを詰める。
 直前で大きく踏み込み、掌低を繰り出す。少林寺拳法で通背拳と呼ばれる、独自の攻撃動作だ。肩を捻ることで間合いを伸ばし、強い踏み込みで体重と回転力を込めた打突を繰り出す。
 だが、予備動作が大きすぎた。僅かなバックステップによる一寸の見切りで威力を無効にするジーザス。だが……

 ブツッ……


其の六十六
登場人物 戦士達 著 煉

 ブツッ……

 小さく、鈍い音だった。だが、その音は観客全ての耳に届いた。

「浅かったようだね……」

 アンディが、左拳を開く。

 ベチャ……カラ……

 掌から開放され、重力に従って地へ落ちる赤茶けた物体。所々に、白い物が見える。

「酒神咬神流第六型、狼牙……」

 血飛沫が舞う。その出血故出所はハッキリしないが、出血の主はジーザス・クライスト。アンディの手の中より落ちた『モノ』の主であり、たった今アンディと対峙している男。
 ジーザスは一瞬、顔をしかめて傷口を押さえたが、それが気休めに過ぎないことを確認すると、再び構えを正す。
 アンディが再び飛び出した。今度は視界の外から襲い来る左フック。ジーザスは大きく横へ飛び、反動をつけてアンディの顔面を打ち抜く……が
 その腕が、アンディに掴まれた。そして……

 ブチッ……

 再びあの音が響いた。ジーザスの右腕が拳大程、無くなっている。

「アレが『狼牙』か……」

 天才が驚きを隠そうと無駄な努力をしながら呟く。その拳は握られ、血が流れている。
 攻撃は、実に単純だった。
 ジーザスの躰に触れ、指を曲げ、拳を作る。
 たったそれだけの作業で、途中にある物全てが拳の中に握りこまれる。たとえ、鋼の如き筋組織があろうとも、たとえ、岩のような骨があろうとも。その牙に包まれた部分全てが、食いちぎられる。

「まさしく……餓狼の牙……」

 ジーザスが再び腕を引き、右腕に力を込めて振り抜く。それによって放たれる夥しい鮮血。それが、アンディの瞳を汚す。
 今度はアンディが距離を取り、ジーザスの腹部に前蹴りを放つ。スウェーで攻撃をかわすジーザス。

 ブツッ……

 ジーザスの左腕がだらりと垂れ下がる。今度は肩からの出血。

「狼は群れで獲物を狩る。その牙は、一つじゃない……」

 足の指に挟まった、ジーザスの鎖骨を投げつけながらアンディは呟く。両腕を封じられ、それでも尚神速の蹴りを放つジーザス。しかし、腕が動かなければバランスを取れない。

「遅いよ」

 アンディの頭突きが顔面に、掌低が腹部に入り、反動を利用した右足金的蹴りがジーザスに入った。最後に左足による延髄蹴りがジーザスを弾き飛ばす。
 満身創痍の姿で倒れ伏すジーザス、その口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

「勝負あり!!」


其の六十七
登場人物 ?????? 著 でっどうるふ

「……ジーザス……」

 それは、今しがた倒された戦士の名前ではない。英語圏で頻繁に使われる表現である。
 ジーザス・クライスト控え室に存在する全ての物が、今や沈黙の中にあった。

「我々は、バベルの地に塔を築いていただけに過ぎなかったというのか……」
「そんなことはない」

 それでもなお、一同を鼓舞せんとする者もいる。それは半ば、自分に言い聞かせているようにも見える。

「これは長い行程における単なる一歩に過ぎない。我々にできることは、一歩ずつ、ただただ進むことだけだ。その積み重ねが、いずれは我々をゴールに到着させるのだ」

 その場にいた誰もが「ゴール」の存在自体を疑っているのはわかっていた。
 しかし、言わずにはいられなかった。ゴールの否定は「超人計画」自体の否定である。そしてそれは、この計画に全身全霊を捧げてきた自分自身の否定に繋がるものであるから。


 XCVは、ジーザスの敗北を知らなかった。
 試合の間中、結局、一度もモニターの電源は入れられることがなかった。
 無意識のうちにペンダントを開く。その中には、一枚の写真。
 写っているのは、在りし日の「仲間」。

 ジーザス・クライスト対「マックス」。
 結果は無残なものであった。そして、XCVにとっては最も信じたくないものであった。
 テレパシーで相手の動きを読み、テレキネシスで破壊する。単純かつ、強力極まりない戦術。
 しかし、ジーザスの前には全く無力であった。
 超一流の戦士は、頭で考えることなしに体が動くという。すなわち、読むべき思考など最初から存在しない。
 そして、必殺の念動力も、あっさり破れた。超能力を跳ね返すには、術者より強靭な精神力が必要とされる。そして、最強の術者は精神力においても最強であるはずである。
 が。最強のサイキッカーの精神力を、その非サイキッカ−は完全に上回った。念動力は跳ね返され、不可視障壁も破られ、「マックス」は散った。
 そしてこの日を境に、サイキッカーにかけられる費用は半分に、かかる負担は倍になった。

 おそらく3年前なら、あのムエタイの戦士にすら「障壁」を破られていたであろう。が、それを完全に防いだ。そして、必殺の蹴りに対応し、それを破壊した。
 ガルーダの足を破壊したもの。それは触れるもの全てを破壊する剣であると同時に、最強の障壁である。念動力の射程距離を極限にまで縮め、代わりに破壊力と精密性を大幅に上昇させる。「剣」の正体は、これである。

 この大会に優勝すること。
 強化人間だろうが、咬神流だろうが、全てを破壊できる力。それを自分が持っていることに対する、何よりの証明。
 研究所の奴等を全員ぶっ殺す。そうして得られる物。それは自分が何よりも望んでいたものである。

「……僕の名前は……」

 それは、誰も知らない「第4の名前」。
 そして、自由を得た暁には、それが彼の真の名前になることであろう。

「フリーダム・マクスウェル・ブルーバード」

 「XCV」と呼ばれる男が立ちあがる。
 そして、廊下に続く扉を開けた。


其の六十八
登場人物 銀髪の悪魔 著 煉

「……フフフ……」

 押し殺した、それでいて心底嬉しげな笑い。
 その笑いの主は、銀髪の悪魔こと、酒神了。

「確かにジーザスも良いセン行ってたが、まだお前にゃ及ばなかったか……」

 会場の端、誰の目にも明らかな場所に居るにも関わらず、その男は誰の目にも止まらなかった。
 気配が皆無に等しいならば、たとえ目に映っていても、人はそれを知覚出来ないと言う。
 その男の気配は、今まさに無となっていた。

「旨かったが、食い足りないだろう?」

 相変わらず気配はない。
 もし、この男を知覚出来る者が居るならば、その表情に何かを感じ取った事だろう。

「中途半端な食事は飢えを増大させる……」

 ゆっくりと振り返り、再び医務室へ向かう男。

「狼は、飢えれば飢える程、その危険度を増す。それで良い……」

 すれ違う人々が、それと意識しないウチに男を避けて通る。

「もっと、危険になれ……そして、お前の飢えが最大になる時……」

 男は医務室を通り過ぎ、更に奥へ進む。

「最も……危険になった時……」

 殆ど人も通らぬ部屋の扉。仮眠室。

「銀狼よ……待ってるぜ……」

 男が扉に手をかける。

「この俺……銀髪の悪魔がな……」

 男は、ゆっくりとノブを回した。


其の六十九
登場人物 戦士達 著 煉

 その少年が姿を現した時、観客は声を失った。
 痩せこけてた頬、眼窩も肉の上から見て取れる程落ちくぼんでおり、その中にある球体だけがギラギラと強い光を放っている。
 手足の筋肉は落ちてないが、脂肪らしき物は存在せず、筋肉の張られてない箇所には骨が浮いていた。

 死相

 死が近いとき、人にはその兆候が現れると言う。
 その少年の姿には、まさにそれが浮かんでいた。
 しかし、死期が近いことを感じさせながらも、少年の肉体には精気が満ちあふれていた。いや、これは殺気と言うべきか……
 それが尚、少年の異形を強調しているのであるが……
 審判員が簡潔にルールを説明して居るが、異形の少年も、対戦相手の少年も、全く聞いていない。
 二人とも、その瞳に宿す物は違うが、どこか遠くを見ている。

「それでは両者元の位地へ……」

 太鼓が鳴り響き、少年達はようやく瞳を対戦相手へと移す。

「君の能力は素晴らしい。けれど、その欠点も見つけてしまった……」

 静まり返った会場に、どよめきが走った


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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