武踏


其の五十 其の五十一 其の五十二 其の五十三 其の五十四
其の五十五 其の五十六 其の五十七 其の五十八 其の五十九


其の 五十
登場人物 戦士達 著 でっどうるふ

 両手を握り、構える郭斗。
 一方、直立不動なままの「怪人」。

「開始めいっ!」

 太鼓と同時に郭斗が一気に間合いを詰めにいった。
 相手が誰であろうと関係ない。真っ直ぐ突っ込んで叩き潰すだけである。
 当然、ジジイはそれに対応して防御なり反撃なりする……と、誰もが思っていた。

「……こ〜れは、まともにやっちゃいられんのう……」

 次の瞬間、会場は驚愕に包まれた。
 ジジイがいきなり郭斗に背を向けたのである。
 そしてそのまま逃走を開始、追いかけっこが始まった。

「……ッッどういうつもりだ!!?」
「決まっとるわい、見ての通りじゃ」

 逃げるジジイを追いかける郭斗。が、それは長くは続かなかった。
 若さ、体力、スピード、その全てにおいて勝る郭斗が、動きにくい服装の「怪人」にあっさり追いつき、無防備な背中に一撃を食らわそうとする。
 この一撃で背骨を折られ、勝敗は決する……

「とと……」

 つまずいたのか、ジジイが前のめりになった。
 必殺の拳がジジイの背中の上をすり抜けて行く。
 そしてそれは、郭斗の攻撃を躱したのみに過ぎなかった。
 前のめりになった反動で跳ね上げられたジジイの右足は、正確に郭斗の急所を狙っていたのである。

(最初からこれが狙いか……だが!)

 常人ならばそのまま金的を撃たれて悶絶することになったであろう。
 が、いくら必殺の姦計といえど、トリックがばれればもろいものである。
 残った左手で、ジジイの蹴り足をキャッチにいく。老人のキック力なら、これで十分である。
 そうなれば、郭斗の勝利は100%揺るがないであろう。
 そのはずであった。


其の五十一
登場人物 Writer&Fighter 著 でっどうるふ

 郭斗の左手でキャッチされるはずであったジジイの右足が、その直前で上昇をやめた。
 そしてそのまま横に移動する。

「……!!??」

 ジジイの右足は狙い違わず、郭斗の左脛に命中していた。
 いわゆる「弁慶の泣き所」である。
 次の瞬間、ジジイが180°向きを転換する。激痛が、郭斗の反応を0コンマ1秒遅らせた。

「そりゃっ」
「……!?」

 郭斗の攻撃より一瞬だけ、ジジイの手が速かった。
 喉元に突きを一撃。
 続けざまに頚動脈に手刀。
 鼻と口の間、いわゆる「人中」に突き。
 そして最後に……

「……すまぬ、の」
「……」

 今度こそ、急所に蹴りが入った。

「だが、お前さんならわかってくれるじゃろ」

 ゆっくりと前のめりに倒れる郭斗。
 あまりにあっけない、あまりに早すぎる決着であった。


 控え室に向かうジジイ。その前に立ちふさがる者がいた。
 土佐遼である。いつも同行しているはずの山口は、なぜか姿を見せない。

「はて、どなたかの?」
「新聞社の者です」

 この場所では通用するはずのない肩書き。だが、使った本人も、ジジイも、さほど気にしている様子はなかった。

「で、その新聞社が、このわしに何の用じゃ?」
「今の戦いについてですよ」
「……ほう」

 ジジイの口調が、心なしか、多少変化したような気がする。

「おそらく、シロウトの方には何が何だかわからないうちに終わった、としか見えなかったでしょうね。そして、格闘技に造詣の深い方なら言うでしょう。直接的ダメージよりも、苦痛を与えることを目的とした攻撃……脛への一撃ですね。そして、頚動脈および気管への攻撃。これにより、苦痛がとある水準を超え、気絶するに至った……と。」
「ほうほう。」

 淡々と語る土佐。全く平然とした様子のジジイ。

「……しかし、私はそれとは全く違う、別の見解を提示することができます」


其の五十二
登場人物 Writer&Fighter 著 でっどうるふ

「聞かせて欲しいものじゃ」
「言われずとも」

 両者以外は、誰も存在しない空間。
 何気ない、世間話をするかのように、土佐は語り出す。

「仕掛けはそのグローブでしょうね。違和感あるとは思ったんですよ。不利を承知で完全にストリートファイトスタイルな服装した中で、そこだけが日常生活とはかけはなれてましたから」
「そんなもんかの?」
「おそらくは……薬物でしょうね。睡眠薬か麻痺性の。即効性で、しかも効果が切れるのも早いような。あれほどの効果ですから、場合によっては、魔術も絡んでいるかもしれません」
「わしの実力と言ってはくれんのか?」
「残念ながら、あの程度でやられる様な郭斗さんじゃありませんよ、本来なら逆にひねりつぶされてたでしょうね。あなたが」

 平然と、とんでもないことを言い出す土佐。
 それに対するジジイの態度も、平然たるものであった。

「それはおもしろい事を言う。むろん、それが事実だとしたら……」
「明らかに反則負けですね」
「しかし、証拠はないぞ」
「確かに。しかし、状況証拠ならあります」
「ほう?」
「一回戦、相手はあの郭斗くんだ。勝ったとしても無傷で済む物でもない。そして、実際のダメージより大きいのが、彼ほどの戦士に勝とうとするならば、自分の手を全てさらけ出さないことにはおそらく無理であろう……トーナメントにおいて、それは非常に痛いことです。だから、無傷のまま、楽に勝つ必要があった」
「卑怯極まりないのう。スポーツマンシップという言葉はどうなった?」
「それです。ここからが重要です。普通は、それを思いついたとしても、まず実行しない。失敗を恐れる気持ち、何よりも格闘家としての誇り……しかし。おそらく平然と実行するでしょうね」

 そこまで言うと、改めて向き直る。

「……私の祖父ならば」


其の五十三
登場人物 酒神了 著 煉

 ドンッ!

「その話。面白そうだな。もう少し聞かせてくれよ?」

 通路の奥で、破砕音が響き、その音源らしき場所に一人の男が立っている。
 銀髪の悪魔と呼ばれた男が……

「このトーナメントは、より強い者を選ぶための物だ。素手の戦いで……に限るがな……」

 男の指が、壁にめり込んでいる。

「もう少し、詳しく話すよな?」

 疑問系ではなく、詰問。その言葉と同時に、男は壁を削ぎ落とす。
 男の瞳は、感情を示すかのような真紅に染まっていた。


其の五十四
登場人物 Writer&Fighter 著 でっどうるふ

「私に、正面からの正々堂々たる戦い方を教えてくれたのは父でした。そして、どちらかというと裏技的、反則的なやり方を教えてくれたのは……あなたでしたね」
「……そんなこともあったかのう。」
「私はどうも、このテのことに関しては師匠が多いみたいですね」

 今この場にいない人間の顔を脳裏に浮かべ、土佐は苦笑を浮かべた。

「で?関係者にでも訴えるかの?」
「そうしてもいいんですけどね……でも、やめときます」
「なぜ?」
「おそらく無意味ですから」

 祖父の真意はわかっていた。
 相手が臥龍郭斗という男だからこそ、この手段が実行できたのだ。
 いかなる理由があれど、仮に相手が反則的手段をとったとしても、敗戦の理由を自分に帰するような男であるから。

「それはありがたい……そして、もしワシの相手がお前さんの場合でもおそらく同じであると思うのだがのう……」

 言葉の対象は土佐遼ではない。
 彼らの間に入ってきた、銀髪の乱入者に向けてである。

「わしはこの通り、素手じゃよ?今の会話を聞いて、お前さんがどう判断するかは別問題じゃがな」

 いまだグローブをはめたままの手を開く。
 常人なら、考えるよりも先におそらく背を向けて逃走することを選ぶであろうほどの殺気。
 が、「怪人」は相変わらず平然としていた。
 それに対抗するでもなく、受け流すでもなく、あえて言うならば、自分が彼らとは別世界にいるような感覚であろうか。

「ま、どうしても信用できんで許せないというのなら、また話は別になるがな。お前さんの流儀では、こういう時、どうする?」
「爺ちゃん……」
「ん?どうした?遼。」

 改めて、自分の祖父に対して驚かされた。
 あの酒神了を前にして平然としていられる男など、そうはいるであろうか。


其の五十五
登場人物 酒神了 著 煉

「負けたのは、アイツが弱かったからだ」

 男は、あっさりと引き、笑みを浮かべた。
 殺気も全て消え去っている。
 だが、付き合いの長い土佐、そしてこの場には居ない山口や臥龍郭斗ならば気が付いたであろう。
 この男が、この程度で引くような人種では無い事を。
 脅迫から、戦闘態勢へ移行して居る事を。
 背筋を伸ばし、男は二人の元へ歩んでいく。場が果てしない緊張感に包まれる。
 ジジィの目前まで迫った時、男は右腕を振り上げる。
 咄嗟に戦闘態勢へ移る土佐。
 酒神の腕はゆっくりと降りそして……

 ポン……

 ジジィの肩を軽く叩き、そのまま横を通過して行った。

「その程度じゃ弟には勝てねぇだろうが、とりあえず、勝つまでは生かしておいてやるよ」

 男は数m程歩き、振り返る。

「このトーナメントは、可愛い弟の戦いだ。こんな下らないことで邪魔はしたくない」

 そっと壁にもたれ掛かる。

「さぁ、もう少し種明かしをして貰おうか?」

 土佐は、抜き身の日本刀が鞘に納められる音を聞いた気がした。そして、その手が未だ柄にかかっている気配も感じ取っていた。


其の五十六
登場人物 Writer&Fighter 著 でっどうるふ

「これ以上?」

 さも意外だと言わんばかりの声であった。

「もうそれほど言うこともないがのう……とりあえず、遼?」
「はい?」
「どうやらこれが誤解のもとみたいじゃな……」

 言うと、オープンフィンガーグローブをはずす。
 口ではいまだに「反則」を認めようとしないジジイ。
 むろん、口先で逃れられると思っているゆえではない。彼なりのこだわり、あるいは美学みたいなものであろうか。

「ほい、預かっておいてくれ。言っておくが、調べても証拠は出ないぞ」
「わかってますよ」

 おそらく嘘ではないであろう。
 臥龍郭斗という希代の戦士を相手に、なおかつ全力を出さないで勝つ。
 そのためにジジイは「全力を尽くした」。作戦から準備、実際の戦術に至るまで。
 ならば、証拠など残すようなヘマはするまい。
 そして、グローブをはずしたことは、彼なりに、これから「全力を尽くす」ことの宣言であろうか。

「じゃ、わしはそろそろ行くぞ?」
「……爺ちゃん?」
「そう、心配そうな顔をするな、遼。お前の嫁が子供作って、その子供が結婚して子供つくるぐらいまでは、わしはくたばるつもりはない。それに……おぬしの父親に、正々堂々の術を教えたのは、このわしぞ」

 土佐と酒神に背を向け、歩き出す。
 が、その足が一度止まる。

「ああ、忘れておった。酒神殿。ぬしの弟が決勝で戦うことになるであろう男の、戦闘スタイルを教えておこうか?」

 この言葉は、完全にふたりの想像力の範囲外にあった。
 それに続く言葉についてはなおさらであったであろう。

「『人間』じゃよ」

 怪人が去った後には、謎だけが残った。


其の五十七
登場人物 敗者と険者 著 煉

 ボグッ・・・

「気が付いたか?」

 鈍い痛みに郭斗が目を醒ますと、そこは医務室であった。

「おかげさんでな……」

 不機嫌そうな表情を酒神に向ける。
 そんな目をした所で、この悪趣味は喜ぶだけであろう。しかし、そうせずにはいられない。

「敗因は、解ってるんだろ?」

 酒神は飄々とした瞳のまま、話題を逸らす。

「やってくれるぜ。あの爺さん」

 苦笑するかのように、郭斗は口元を歪める。

「なかなか面白い爺さんだったがな……」
「もうヤってきたのか?」
「もう少し生かしておくことにした。メインディッシュがあるんでね……」

 酒神は、心底楽しげに口元を歪める。その表情はまさに、夕食に出てくるであろう好物を待ちわびる子供のようだ。

「話はそれだけか?」

 郭斗が拳を握ろうとして、やめた。
 この男の『食事』の妨げになるような事はしたくない。
 した時の結果もさる事ながら、この男の『食事風景』を見てみたいと言う感情が勝ったためだ。

「あぁ、それだけだが……次の試合までは少し間があるな……」

 酒神が時計を目にする。
 酒神の計算によれば、愛弟子達の目覚めには、もうしばらく時間が必要なようだ。計算違いの原因は、一回戦が、思いの外早く終わってしまったためだろう。

「少し、昔話でもしてやるよ……」

 この男にとって、わずか数分前の事でも、それは昔話なのだろう。


其の五十八
登場人物 二人のリョウ 著 煉

 時は、暫し遡る。
 怪人ジジイ面相が謎を残し、立ち去った後の廊下。そこに立つ土佐僚と酒神了。

「勝てやしねぇよ。あのジジィじゃな……」

 土佐は慌てて声の主に向き直る。全てを焼き尽くすような怒りの熱も、空気すら凍らせるような殺気の冷たさも存在しない声、そして、普段のその男からも、全く想像のつかない声に少なからぬ驚きを感じたからだ。

「人間じゃ、アイツにゃ勝てねぇよ……」

 熱に浮かされたような表情の酒神。その瞳は微かに潤んでいる。
 まるで、恋人を待ちわびる少女のような表情。まるで、男に媚びる娼婦のような色気。
 下手な女性を上回るその美貌と、表情の醸し出す色気に土佐は知らず心を弾ませてしまう。だが、同時に背筋が凍り付く感覚をも感じ取っていた。

「アイツは今夜、神になるんだ。人間じゃ、神には勝てない……」

 相変わらず熱を帯びた声で、酒神は続ける。
 土佐は、複数の意味で背筋がゾクゾクとするのを押さえられない。
 その感覚に気付いた土佐が正気に返ったとき、酒神も既に元に戻っていた。

「下らない事を話しすぎたな。俺はもう行くよ」

 いつものペースで酒神が告げ、言葉と同時に土佐に背を向ける。
 土佐がその背を見た瞬間、無意識に口を開いていた。

「酒神さん!!」

 酒神は足を止める。振り返りはしない。

「彼が神になるのなら! 貴方はどうするんです!?」

 酒神はゆっくりと振り返る。その口元には、爽やかな笑みが浮かんでいる。

「俺は……サカガミだよ。それに従うだけさ」

 酒神、逆神……どちらの「サカガミ」なのか……それは解らなかった。


「フン」

 臥龍郭斗は、それだけを返した。酒神も、それを当然と思っているのか、何も言わない。

「そろそろ、次の試合だな……」

 男達はディスプレイに目を移した。


其の五十九
登場人物 戦士達 著 でっどうるふ

 ジーザス・クライスト控え室。

「経絡秘孔に対する電気刺激、準備完了しました」
「『エリクサー』注入準備もOKです」
「各種データ、オールグリーン」
「よし」

 全てが順調にいっていた。
 このまま行けば、おそらくこの試合で、彼らが望んだ物を見ることができるであろう。

「いよいよですね」
「ああ」

 リーダー格の男が、力強くうなずいた。

「みんな聞いてくれ」

 全員の視線を一点に集め、語り始める。

「我々はここに『神』の誕生を見るだろう。ハルマゲドンにおいてサタンは滅び、救世主(ジーザス・クライスト)には偉大なる称号がもたらされるであろう」

 熱っぽく語る。その口調には、この場にいる全員に響き渡るものがあった。

「勝利者という称号が!」
「ウオオオオオオッ!!!!!!」


 XCV控え室。
 いつもの通り、彼以外、他に人はいない。

「……ジーザスの試合か……」

 それは、自分にとってもっとも憎むべき男の名前である。
 無意識に胸のペンダントを握り締める。無意識のうちに出てくる言葉があった。

「……ジョー、アンドリュー、チェスター……」

 「披験体」には3つの名前がある。
 ひとつは、この世の生を受けた時に親から与えられた名前。幼い時に両親から引き離された自分には関係のない物が。
 ふたつめは、研究所において名づけられたもの。自分はそこでXCVと呼ばれていた。
 そして、みっつめ。

「……チャーリィ、ヴァレンタイン、ティファニー……」

 自分たちが自分で自分につけた名前である。
 研究所に対する、それはささやかな抵抗であった。
 「実験」の過程で、次々に消耗し、ボロクズのように使い捨てられていく仲間たち。サイキッカーとしての高い能力が、それらのひとつひとつ、その全てをひとつたりとも、忘れ去ることを許さない。
 身を引きちぎられるような悲しみとともに。

「……マックス」

 そこで名前が止まった。
 皆が彼のことを「CAP」と呼ぶ。研究所の奴等も、あの「新聞社の者」とやらも。
 そんな名前じゃない。あいつの名前はマックスだ。そして、自分が一番信頼していた男の名前である。
 強化人間計画部門との模擬戦の時、マックスは当然のように代表に選ばれた。自分も、それは当然だと思っていた。そして、超能力者の実力を見せつけてくれるものだと信じていた。

(まあ、見てろって。3分で終わらせてくるよ)

 そう言って、彼は出ていった。
 そしてその3分後、XCVはもっとも信じられない、いや、もっとも信じたくない風景を目の当たりにすることになる。

「……」

 もうすぐ、自分が次の次に当たるであろう男が出てくる。
 そしてそれは、自分が葬るべき相手である。


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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