武踏


其の四十 其の四十一 其の四十二 其の四十三 其の四十四
其の四十五 其の四十六 其の四十七 其の四十八 其の四十九


其の四十
登場人物 逆神達 著 煉

 アンディが飛び後ろ回し蹴りを悪魔の後頭部へ打ち込む。ツルギが渾身の手刀で持って脇腹へと切り込む。京が槍のような右ストレートを顔面へと叩き込む。
 悪魔はサイドステップでストレートをかわし、蹴りの回転の中央へと踏み込み、蹴り足を楯にして手刀を止めさせる。
 しかし次の瞬間にストレートから左フックがボディへと進み、蹴りは足を曲げて頭を抱え込み、手刀は指先での手槍へと姿を変える。
 間を置かぬ六撃が悪魔をズタボロにするはずであった。
 しかし次の瞬間、アンディの躰は脱力し、悪魔の首を支点に回転して、手槍とフックの楯となった。ツルギと京は慌てて腕を止めにかかるが、勢いを殺しきれずアンディの左右の脇腹に浅く突き刺さることとなった。
 一瞬の戸惑い。その隙に酒神の両拳が二人の腹部へと突き刺さる。バックステップで難を逃れるが、浅くは決まってしまった。

「その程度では僕達は……」

 京がそう言葉を紡ごうとした時、全身を恐ろしいまでの脱力感が包む。夢の中へ誘い込むような甘い快楽が腹部より広がり、ともすれば意識を失ってしまう。
 通常のボディブローではあり得ないダメージだった。見れば、腹部に小さな針が刺さっている。

「第三……いや、原初の封具『死』………」

 酒神がポツリと呟く。

「体内に進入するだけで効果を発揮し、装着者を強制的な仮死状態へと導く。常人ならショック死しかねない代物だ。お前達にはまだ教えていなかったがな」

 アンディを地面に降ろしながら、酒神は続ける。アンディの足下にも同様の針が十本近く突き立てられている。

「力を無効にする事でドンドン消耗し、自然と抜けて行くが、効果は絶大だ」

 京もツルギも、悪魔の言葉を遮るだけの力は存在していなかった。
 強烈な眠気に襲われ、立っている事すら難しい。薄れ行く意識を支えるので精一杯の状態だった。

「お前達の力では、これ一本じゃ数分だが、数を使えばそれだけの時間は稼げるだろう」

 悪魔は懐から針を大量に取り出す。

「GAAAAAAAAA!!!!!!!」

 薄れ行く意識を弾き飛ばし、最後の闘争本能を爆発させた一撃を悪魔へと打ち込む二人。
 策はなく、ただ、プライドだけが彼等の躰を突き動かす。

「良い闘気だ、だがな……」

 並の戦士なら一撃で沈められるその打撃すら、悪魔にはスローモーな拳でしか無かった。
 難なくかわし、ありったけの針を二人の体内に沈める。

「お前等なら、三十分もあれば動けるようになるだろうよ」

 そう言って酒神は倒れた弟子達を脇へ退ける。既に、敗者と天使の戦いは終局へ向かっていた。


其の四十一
登場人物 敗者達&天使達 著 煉

 戦士達は慎重に間合いを計りながら、ゆっくりと包囲を狭めていく。
 まだ年端も行かぬ少女二人とは言え、相手は咬神流。嘗めてかかれば痛い目を見るのは、これまでの試合が証明している。
 殺気だけが互いの意識を牽制し合う空間。呼吸一つ、微かな眼球の動き一つでさえ、細心の注意を払わねば瞬時に死に繋がるような空間が広がっていた。

 最初に動いたのは、ガイノスであった。
 この際、それが英断だったのか下策だったのかは論じない。だが、現在のガイノスの能力が咬神流に遠く及ばなかった事だけは確かなようだ。
 ギブスで固定された足を使い、少女達の元へと飛びかかる。その野生の牙を持ってして、少女の喉を食い破るつもりであった。
 しかしその一瞬、ガイノスは動きを止めた。二人の少女の発する殺気に気圧され、また、二人のどちらに飛びかかるかを迷ったがために。その0コンマ数秒の躊躇を、少女達は見逃さなかった。
 イノスの容赦ない木刀の一撃が、残った足とギブスを同時に叩き折り、フランソワの回し蹴りが、血の止まりかけた頭部をさらに叩き割る。
 次の瞬間、ガイノスの躰は一気に包囲をくぐり抜け、客席の中まで弾き飛ばされていた。

 ガイノスは回転しながら、試合開始を告げる大太鼓へと突っ込む。
 武道場に大きく、太鼓の音が響きわたった。


其の四十二
登場人物 敗者達&天使達 著 煉

 『天使』と呼ばれた少女達は、相変わらず美しい微笑みを浮かべたまま、周囲を見回していた。
 彼女らの流派は、咬神流。神に抗うモノ。天使とはほど遠い存在である。その上で天使と名乗るのは、神への冒涜だろうか? いや、間違いなく意識して冒涜しているのであろう。なぜなら彼等は、咬神流なのだから。
 咬神流と言う名は、一般では知られていない。格闘マニア、軍事マニアであっても、その両方の性質を持つ流派の事等知る由もない。
 見えない闇の権力が、その情報をことごとく握りつぶしているためだ。
 しかし、この闘技場に来るモノは嫌でもその名を耳にすることとなる。闘技場の歴史上、唯一無敗のまま去った、歴代最強にして最凶のチャンピオン『銀髪の悪魔』とその流派名を知らずにこの場を出る事は出来ない。
 そして、その名に臆する者等、この闘技場に呼ばれる事は無い。
 だからこそ、彼等は闘士なのだ。

 雷鳳が、スライに向けて怒濤のぶちかましをかます。
 ガルーダが、瞬時に接近しての真空飛び膝蹴りをフランソワの顔面へと放つ。

 二人がこの相手を選んだのには、訳があった。
 倉石、天龍、ガイノスの三人を倒した少女達の手腕を見て、二人の最強の武器が何であるかを見抜いていたのだ。
 すなわち、スライのスピードと、フランソワのパワー。
 自分と同じ能力を持つ者と対戦すれば、純粋に能力の高い方が勝つ。しかし、勝った方も只では済まない痛手を被ることが多い。
 今後の試合を有利に展開するにも、怪我は少ないに超したことは無いのだ。

 ガシィ!! ズッ、ズズズズズゥゥゥゥゥ………

 上体を下げたイノアが、雷鳳のぶちかましを正面から受け止める。
 しかし体重差はいかんともし難く、地面に深い溝を掘りながら、少女の躰は後退していく。

 ドンッ!!

 フランソワの顎がガルーダの膝と共に宙を舞う。

 二人の容赦ない初撃が、少女達を戦闘不能にする……………はずだった。
 しかし数瞬後、彼等は自分の認識が甘すぎたことを知る。そして、『咬神流』と言われる流派の底の深さを……神に牙を剥こうとするモノの覚悟と力を……
 3m程後退した所で、スライの足は地面にすっぽり埋まり、大地と言う最重量の物質を背負って雷鳳のぶちかましを止める。
 フランソワは宙を舞っては居るが、ガルーダの膝はフランソワの顎下1cm以上近づけない。蹴りよりも速くフランソワの肉体が上昇しているためだ。

「「スピードにはパワー、パワーにはスピードが足りないと、誰が決めたの?」」

 少女達の声が重なった。
 雷鳳とガルーダ。二人と少女達の目が合う。少女達は艶やかな微笑みを浮かべた。

 雷鳳が喉輪で押し返される。雷鳳の体重故後退はしないが、背中を逸らされ、脊髄が嫌な音を立てる。
 ガルーダが見上げる。自分より高く飛んだ少女を。空中戦は、より高く飛べたモノが制する。

 バキィ!!

 奇遇にも、雷鳳の脊髄と、ガルーダの頸椎が、同時に崩壊の音色を奏でた。
 膝をつき、柔軟な躰のままに仰向けに倒れる雷鳳。俯せに倒れようにも、黒髪の少女がそれを許さない。
 首を叩き折られ、人形のように地面に叩きつけられるガルーダ。観客の耳に、痛烈な女の悲鳴が響く。
 当然ながら二人とも、完全に白目を向いていた。一刻も早く処置しなければ、命に関わりかねない。

「あと……」
「二人」

 少女達は顔を見合わせると、まるでクリスマスの朝クッキーが減っている事を確認した子供の様に、屈託無い笑みを浮かべた。


其の四十三
登場人物 敗者達&天使達 著 煉

 戦士達と、少女達が瞳を見合わせた。

「何でもありと言うことは、コレを使っても良いんだよな?」

 王青三が、腰にぶら下げているヌンチャクを手に取る。「鬼に金棒、王青三にヌンチャク」とは、この世界では割と有名な比喩表現である。
 イノアが、木刀を上段に構えながら間を詰める。

 レオンが腰を落とす。フランソワがそれにならう。
 両者が不敵な笑みを浮かべる。言葉は必要ないようだ。

 ゆっくりと、間を詰める。

 フランソワが、イノアが、先に仕掛けた。

 王を袈裟掛けに切り裂く。しかし、王は一歩踏み込み、イノアの木刀をヌンチャクの鎖で受ける。
 ピンと張られた鎖の弾力に刀を弾かれるイノア。王はその隙に更に踏み込み、ヌンチャクの柄でイノアの脇の下を突く。
 身を捻ったイノアは王のヌンチャクを胸に受け、咳き込みながら一歩下がる。

 フランソワが一直線に距離を縮めながら、弾丸のような拳を繰り出す。左手は肩の横に開手で置かれている。
 レオンが前羽の構えから回転受けで拳を流すが、フランソワの躰はクルリと反転し、左掌低を繰り出す。だが、その掌低がレオンの顎を捕らえるより先に、フランソワの顔にレオンの膝が入り込む。フランソワは顎を逸らし、躰を退きながら避けるが、顎を掠めてしまう。

「咬神流が……」

 初めて、相手の攻撃をまともに受け、退いた。
 四人の戦士達から、ゆっくりと笑みが消えていく。


其の四十四
登場人物 敗者達vs天使達 著 煉

 レオンの連撃が、フランソワの全身を打つ。しかしフランソワもまた、同等以上の手数を返し、レオンの肉体を傷つけていく。
 互いに一歩も退かぬ真っ向勝負。雷鳴とも地鳴りともつかぬ打撃音が、会場を包み込む。

 もう片方は、静かな戦いだった。骨を砕き、肉を削ぐ一撃が空を切り、命その物すら消し飛ばす反撃が飛び交う。
 しかし、それらは受けられ、避わされ、弾かれる。
 一撃の致命傷を与えることもなく、必殺の一撃が空を切る音だけが響きわたる。

 一見して互角の戦いであるが、四者には決して埋められぬ『差』があった。
 その『差』が示すように、戦局は徐々に一方が有利になって行く。
 不利な方が更に一歩退こうとした時、自分の踵が何かにぶつかった。
 少女達は、自分と共に連れてこられた少女と背中合わせの形で、武舞台の中央に立たされていた。
 後に目がある訳では無いが、背後に感じるわずかな情報より、少女達は現状を理解していた。自分の目の前の者から、目を逸らす事は出来ない。それは即、死に繋がる。
 目前の存在を上から下まで、再度確認する。巨大だ。まるで壁を目にしているかのような威圧感。
 そう。少女達と、戦士達との埋められぬ差。それは……

 体格差

 圧倒的技量の差が存在する相手にならば、全く問題は無かったが、互角の能力を持つ者を相手取って、その差は致命的となる。
 スタミナの上限、体力、リーチ……それら全てが、ハッキリとのし掛かってくる。

 会場が、静まり返る。
 この戦いの結末を予測したため。その瞬間を決して見逃すまいと、呼吸を整え、瞳を凝らす。

 最後の攻撃のために、戦士達は目前の少女へと飛びかかった。いや、彼等の表情から察するに、お互いが男か女か等と言う思考は最早消え失せているだろう。ただ純粋に、互いの強さをぶつけ合い、どちらが強いのかを知りたい。たったそれだけの好奇心が、場の四人を支配している。
 四人全員が、不敵な笑みを浮かべた。

 バキィ!!

 レオンの正拳中段突きが、王の足刀が、それぞれ完全な形で繰り出され、戦いは終局を向かえる。
 レオンと、王の、敗北と言う形によって……

 それは、殆どの者の瞳には映りもしなかった。
 レオンと王がそれを認識したのかは、解らなかった。
 ただ、微笑む天使達、それを見ていた悪魔、そして、女神とも言うべき美しさをたたえた女達の五人だけは、確実に理解していたであろう。
 それこそが、この戦いの結末に相応しい物である事を。これこそが、咬神流と言う流派の戦い方である事を……


其の四十五
登場人物 敗者達vs天使達 著 煉

 静まり返った会場。今、この場で起こった出来事を把握するには、暫しの時間が必要だ。そのための沈黙。
 武舞台の中央には、両腕を左右に広げたまま立つ少女達。二人の目前に、一本の木刀が突き刺さっている。少女達の背後には、武舞台の端まで飛ばされ、折れた足を引きずりながらも、決して膝を地に付けようとしないレオンと、同じく武舞台の端まで飛ばされ、脇腹から血を流して膝を付きながらも尚も拳を構えたままの王の姿があった。

「えーっと、ただいまのVTRが届きました。早速、今の場面のリプレイを見てみたいと思います」

 いち早く正気に返ったアナウンサーが告げる。朱雀と玄武の方角にある、巨大なモニターに観客が注目する。

 1/60でコマ送りされ、それでもおぼろげにしか見えない、現実感の無い動き。
 王とレオンが、それぞれ目前の少女に迫っていく。
 黒髪の少女は、よくみると木刀の柄ではなく、刃渡りの部分をもって、腕を降ろして居る。柄は金髪の少女が手に取っている。黒髪の少女が、王の折れた足を狙って突きを繰り出す。金髪の少女は跳躍し、レオンに向かって両足を繰り出す。剣の柄は金髪の少女の手に握られたままだ。王は身を捻ってそれをかわすと、そのまま足刀を繰り出す。レオンは繰り出された蹴りごと、フランソワを弾き飛ばす。この接戦の中にある、少女達の余分な動作、王とレオンはそれを見切っての攻撃。仮にこの攻撃に生き延びたとしても、次の攻撃に少女達は備える事の出来ない体勢だ。二人は、勝利を確信していた。

 そこに、罠があった。

 イノスは木刀の先を地面に突き立てると、その反動と全身のバネで足下に向かって飛び、レオンの腹部に向かって両足を伸ばす。
 フランソワは両足でレオンの正拳を捕らえると、そのままレオンと自分の力を使って後方へ飛ぶ。その手には、鞘から抜け出した抜き身の刃があった。
 レオンの腹部にイノスの両足が打ち込まれる。故意か偶然か、そこは出雲一人の掌低によって撃ち抜かれた場所であった。
 王の脇腹へと刃が突き立てられ、深々と根本までを埋める。勢いはそこで止まる事なく、フランソワの肘が王の左胸へと突き刺さる。
 そして、ビリヤードの玉の様に男達の躰は弾き飛ばされ、少女達の肉体はその場で勢いを失う。

 後の結果は、見ての通りであった。
 男達の意識は即座に切断され、それでも尚、戦う意志を失おうとはしなかった。
 完全に気絶しているはずだが、その瞳には雄々しき炎が燃え上がっており、闘気は未だはち切れんばかりに溢れ出していた。

 先程とは違う意味の静寂が、当たりを押し包む。
 少女達が残心を解こうとする頃、巨大な歓声が響きわたった。
 戦いの中でこそ輝く、美しき少女達と、雄々しき男達を称える歓声と拍手が、会場を揺るがす……


其の四十六
登場人物 勝者達 著 でっどうるふ

「信じられません……」

 モニターを見て、また、算出されたデータを見て、彼らは一様につぶやいた。

「あのような少女が……」
「常識などはすべて捨てろ、そう言ったはずだ」

 一同の中心格が言い放つ。

「それに、規格外はコウシンリュウの専売特許というわけではない」

 視線の先には巨大な機械。
 その中には、おそらく「救世主」が眠っていることであろう。

「次の試合では、ジーザスのフルパワーを開放させる」


 同じ頃。
 奇妙にも、同じような風景が展開されていた。

「次の試合では、高天大和のリミッターを解除するつもりだ」
「危険じゃないですか?」
「そんなことを言っていられる状況ではない」

 リーダーと思われる男が、きっぱりと言い放つ。

「むこうが神殺しを名乗るなら、曲がりなりにも神を名乗るこっちは、負けるわけにはいかんだろう」


「いくら速く動けたって、いくら強く殴れたって、結局は同じだ」

 モニターを眺め、その男……まだ少年と呼べる年齢であろうか……は、ひとりたたずむ。
 周囲の者は、彼をXCVと呼ぶ。

「僕には最強の剣と楯がある」

 ふと、胸元に視線をうつす。
 首にかけられたペンダントに手をかける。

「……」

 何かつぶやいた。
 そして再び、いまだ凄惨な風景を残すモニターへと視線を向けた。


其の四十七
登場人物 銀髪の悪魔&……? 著 煉

 歓声の中、少女達は戦場を立ち去る。
 戦場だった場所への中央へと、悪魔が悠然と歩いていく。
 武道場全体見回し、悪魔はゆっくりと溜息をつく。

「さて、結局敗者復活はならなかったな」

 良く響く声。その声に観客は正気に返る。

「そうだ」
「これじゃ誰が出れば良いんだ?」

 二度も敗北した者が戦場に立つ事等、誰も許しはしない。
 悪魔が口を開こうとした時、空気が揺らめいた。

 悪魔へと群がる十数名の男達。

 それは、このトーナメントへの選考に入りながらも、出場を許されなかった者達。
 それでもこの闘技場へと足を運び、自分が出場する……いや、戦うチャンスを虎視眈々と狙っていた者達。
 どのような手段であろうとこの男……「銀髪の悪魔」を倒してしまえば、自分を出さずにはいまい。その計算あっての行動。
 多人数が残ったなら、バトルロイヤルでもして倒せば良い。

 男達の考えは間違ってはいない。
 銀髪の悪魔を倒したのなら、誰一人としてその者の実力を疑いはしない。むしろ、出場を懇願される程に待遇が上がるはずである。
 だが、男達はたった一つだけ大きな間違いを犯していた。それは……

 ドドドドドドドドド………!!!!!!

 数呼吸の間に無数の光弾が機関銃のように降り注ぎ、男達をなぎ倒していく。
 男達の間違い。それは、彼等の実力は、悪魔が真に選んでいた男と比べると桁が違いすぎた事。
 そう。悪魔は既にこの場に出る者を決定していた。先程の戦いは、この場の優先権を手にし、その者を出場させるための複線に過ぎなかった。

「なんだよ。折角面白くなりそうだったのに……」

 悪魔が拗ねたように笑う。

「俺が止めなけりゃ、お前、あいつ等叩きのめすだけじゃ済まなかっただろうが」

 光弾を放った男が不機嫌そうに告げる。
 自分の行動が悪魔の意志だと解っていても、男はそうせずを得なかった。そして、悪魔が最終的に考えている事は、自分の無意識下で臨んでいた事でもあるのだ。

「あーあ。全部はっ倒しちまいやがって……責任は取れよ?」

 悪魔が不敵な笑みを浮かべながら告げる。

「おいおい、俺に出ろってのか?」

 悪魔の計算の内と知りながらも、男は分かり切った答えを返す。

「そンだけ咆吼撃ちゃ、丁度良いハンデだろ?」

 悪魔は優雅に肩を竦める。

「ま、頑張ってくれや、郭斗」

 そう言って悪魔は闘技場の出口へと向かう。
 臥龍郭斗は苦笑とも不敵とも取れそうな笑みを浮かべて闘技場へと降りていく。

(この血の疼き。戦場へ立たねーとこの疼きは消えそうにねぇな……)

 先程からの戦いを見ていて湧いた感情を、なんとか押さえ込みながら、臥龍郭斗はそんなことを考える。

 悪魔が闘技場の出口まで辿り着いた当たりで、一旦足を止め、振り向く。
 そこには、この数十分間で倒された男達が、ようやく届いた担架に乗せられている。

「兵共が、夢の跡……か……」

 その呟きは、誰に聞こえただろうか?


其の四十八
登場人物 Writer&Fighter 著 でっどうるふ

「か……郭斗くん!?」

 さすがに驚いた様子を隠せない土佐。隣の山口はというと、表面的にはいつもと変わらない様子であった。

「なるほど、確かにリザーバーとしてはこれ以上にない人選だな、やってくれるぜ」

 苦笑と呼ぶには、笑いの成分にやや欠けていた。
 そして、当然出てくる疑問。

「ヤロウ……一体、何が狙いだ?」
「さあ?案外、狙いなんかないのかもしれませんよ?」
「……奴等の場合はそれがありうるから怖いよな、むしろ」

 今度のは本当に苦笑であった。
 明確な理由があるにせよ、ないにせよ、彼らの行動が自分たちの予測の範囲外にあることは確かであった。
 これほど怖いことはない。

「ま、ほどほどにしてほしいですね……あっ。」
「ん?」
「ようやっと、来たみたいですよ……」


 いまだ騒ぎのおさまる様子のない闘技場。
 スタッフらでごったがえし、その全員が忙しそうに動いている現場。
 混乱の収拾に、いま少し時間がかかるように見えた、そんな最中に、その男は来た。

「やれやれ、ちいと遅れてしもうたわい、すまんことじゃ……ん〜?」

 Yシャツにスラックス。この場には、あまりにそぐわない服装。
 手にはめられたオープンフィンガーのグローブが、どうにか、彼が格闘者であることが認識させている。
 なにより特徴的なのが、その覆面。白の地に、目鼻口の部分が赤の縁取り。

「何かあったんかのう、わしのいない間に」

「怪人」はのたもうた。


其の四十九
登場人物 Writer&Fighter 著 でっどうるふ

「……一部始終、見てたな。あの爺さん。」
「ええ……」

 突然戦場に引っ張り出される形となった郭斗がまともに格闘技をやるような服装をしているはずがない。Tシャツにジーンズ姿のままである。
 もともと道着など着用しない郭斗に関してはいいとしても、「怪人」までもが普段着で来るというのは、さすがに普通ではありえなかった。

「わざわざ着替えたみたいですね……」
「対戦相手に合わせて、って?」


「臥龍郭斗君じゃな?噂は聞いておるよ」
「そいつは光栄だね」

 闘技場から人が消えるまでの間。
 数分後には壮絶な死闘を繰り広げる、おそらくは初対面であろう両者の間で歓談が交わされる。
 偶然のもたらした産物とはいえ、なんとも奇妙な光景であった。

「あの咬神流と互角に渡り合うような男じゃ、知らぬはずがない」
「たいしたことじゃないさ」
「謙遜せんでもよい」

 会話といっても、ジジイが一方的に問いかけ、郭斗が短く返答する。これだけのものであったが。

「ワシに聞くことは何もないのか?」
「別に。興味ないね」
「……あっそ」

 自分の数倍もの年数を生きているであろう、人生の大先輩を前にしても、郭斗のペースは変わることはない。
 たとえ、相手が格闘技者であっても、覆面を被ったジジイであったとしても。

「じゃ、こっちから、ひとつ聞こうか?」
「どうぞ」
「咬神流の言う、彼らが倒そうとしている『神』とは、何だと思うか?」
「!?」

 意表を突かれた質問に、郭斗の表情が、少しだけ変化する。

「咬神流だけではない。そも、神とはどのような物だと思っているか、それを聞きたい」
「……興味ないね、無神論なもんで」
「なんじゃ、つまらん」

 周囲の人間の数が少なくなってくる。
 それにつれ、ふたりの口数も少なくなる。

「そろそろかの」
「……だな」

 これが、両者の間に交わされた最後の言葉であった。


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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