武踏


其の三十 其の三十一 其の三十二 其の三十三 其の三十四
其の三十五 其の三十六 其の三十七 其の三十八 其の三十九


其の三十
登場人物 空手VS中国拳法 著 でっどうるふ

 レオンの猛攻。その一瞬の隙を突き、前蹴りを食らわす出雲。
 腕でガードするレオン。が、それが狙いであった。レオンの腕を踏み台にしてバック転の要領で後方へ飛びのく出雲。
 開いた間合いを詰めるべく突進するレオンに対し、出雲が取った構えは奇妙なものであった。
 足を前後に広げ、腰を落とし、右腕を後方に引く。
 そして……

「破亞ッ!」

 掛け声と共に正拳を突き出す。
 瞬間、拳が光を放ち、それがレオンめがけて飛んでいく。

「……射合い!」

 修行により筋骨を鍛え、それを破壊力とする外家拳に対し、内家拳は人間が根元に持つ力それ自体をもって破壊力とする。
 そして、それの究極とされる形態が「遠当て」である。「気」を飛ばすことにより、手足の届かない範囲にいる相手にダメージを与える。

「使いますか……」
「それほどの相手ってことだろ」

 不意の一撃に、腕を十字に組んで防ごうとするレオン。まともに命中する。
 一瞬、レオンの巨体がグラついた。が。

「……ふうっ、今のは驚いたわ〜」

 感心したように言うレオン。相変わらず、顔に笑みを浮かべたまま。
 「射合」は物理的ダメージでない。ゆえに、防御は無効である。人間の持つ根元力自体が、唯一、自分の身を守りうるのである。
 多大なダメージを根性で耐えているのか、それともレオンの持ちうる「人間力」の大きさがゆえであろうか。
 それを見極めんとするかのごとく、再度、発射の態勢に入る出雲。
 再び突っ込むレオン。

「覇阿阿阿阿ッ!!!」

 再び、光球が撃ち出される。
 レオンは、今度はそれを防ごうとも、躱そうともしなかった。
 代わりに。

「ちぇすとぉぉぉっ!」

 レオンは、自分に向けて放たれた光球を、上段蹴りで蹴り返したのだ。
 そして、光球はそれを放った者に向けて一直線に飛んでいく。

「!!」

 右手の手のひらでそれを受ける出雲。
 光球を手にとり、それを握り潰す。一瞬の閃光とともに、それは消滅した。

「……夢でも、見てるのか?」

 眼前で行われた攻防に、会場は声もなかった。
 ほとんどの者は、その非現実性に対して。そして、ごく一部のものは、今の事態が示す意味について。

「レオン選手が遠当てを……」
「土佐ちゃん?ありゃ、狙って返せるようなもんじゃないんだろ?」
「ええ……返すためは『気』を操るための修行が必須でしょうね。出雲さんが王龍寺でなされていたような……」
「って、ことは……奴はその技術を?」
「いえ、おそらく遠当てその物を見ること自体、はじめてでしょうね。むろん、受けたことなど……」
「って、ことは……」


其の三十一
登場人物 空手VS中国拳法 著 でっどうるふ

「ふたつほど、考えられますね。ひとつは、レオン選手に内家の才能があったこと。それも、類まれな。さもなくば……」
「なくば?」
「……空手は、どちらかといえば外家系です。そして、レオン選手は、現在空手チャンプ。」
「って、ことは?」
「……巨大な暴風雨ってことですよ、レオン選手が。」

 土佐と同じことを、出雲もまた、考えていた。

 「人間の動きとは流れである。」
 かつて王龍寺において、師はこう言っていた。
 「流れを堰きとめるのではなく、流れを読み、流れに身を任せ、その上で自分をどの様に動かしていくか、それが肝腎である」
 日本では「合気」や「柔よく剛を制す」などという言葉で示されているそれを師から受けて以来、それを実践してきたつもりである。
 が、目の前の男は!流れなどというものではない。超大型の台風、天空に突き抜けんばかりに荒れ狂う大竜巻、全てを押し流す濁流……こういった表現がぴったりである。

 戦いは一方的な展開に見えた。
 受けも、流しも、当て身も、レオンの剛脚の前にことごとく弾き返された。

「どないしたん?息が上がっとるで」
「……」

 余裕の表情のレオン。対照的に、素人目にも出雲のダメージの大きさは見て取れる。
 それでも、なお構えを取ることをやめない出雲。中国拳法4000年を背負う者としての矜持が、彼に倒れることを許さない。

「しゃーないな、ほな、楽にしてあげまっせ」

 レオンがこの日何度目かのラッシュをかけるべく、再び突進する。
 そしておそらく、それが最後のラッシュになるであろう。

(……流れ……)

 「いかに強大であれ、相手もまた人である」
 師の言葉が頭をよぎる。
 「どんな暴風雨だろうが、かならずそこに台風の目は存在する」

 出雲にとどめを刺さんと、レオンが必殺の一撃を放つ。
 南米人特有のバネを利用した、彼の国家の名を冠した蹴撃。
 ブラジリアンキック。

(……!!)

 台風の目が見えた。
 大技を繰り出す一瞬の隙。そしてそれは、唯一にして最大、最後の勝機。
 繰り出されるレオンの剛脚をすり抜け、一気に懐に飛び込む出雲。レオンの水月に左手が当てられる。
 そしてそこに右手を叩き込む。

「衝ッッッッ!!!!!!」

 レオンの背中から衝撃波が突き抜けた……ように見えた。
 水を打ったかのように静まり返った会場。
 彼らの視線の前には、静止画像のように、完全に動きを停止したふたりの戦士。

 動いたのは出雲であった。レオンから離れると、1歩後退する。が、レオンは微動だにしない。
 右手を握り締め、それを左手で包む出雲。そして深々と、頭を下げる。中国武術における礼法である。

「偉大な武人であった……」

 そして、観客も気付くのである。
 レオンが、立ったままの姿勢で、果てていたことを。


其の三十二
登場人物 酒神了&………? 著 煉

「…………化け物め……」

 絞り出すように話す男。

「どっちが……だ?」

 何かを堪えるかのような様子の男。
 神と悪魔……相反するモノから才を受けたこの二人ですら、今し方終了した戦いに魅入られていた。身動き一つ、呼吸一つすらまともにできない程に。

「両方だよ」

 そして最初の反応は、二人に才を授けたモノに相応しい反応だった。

「……………」

 方や、素直に驚愕し、方や、悔しげに歯を食いしばっている。

「さて、行くか……」
「お前は換金できねぇだろ?」
「なぁに、他にする事があるのさ……」

 優雅に肩を竦める男。

「悪趣味だぜ。お前って奴ぁよ……」
「まぁ、そう言うなって」

 後を追って席を立とうとした男を手で制する。

「お前の出番はもう少し先だよ。ま、そこで待ってなって」

 そう言って男はその場を後にした。銀髪を一糸残しながら……

「ったく……どうして咬神流って奴は、こうも命知らずなのかね……」


其の三十三
登場人物 戦士達 著 でっどうるふ

 辛くも勝ったものの、大きなダメージを負った出雲一人。
 彼が曲がりなりにも無事に控え室までたどり着けたのは、彼の友人ふたりによる所が大きいであろう。

「出雲さんは大丈夫でしょうか、次の試合……」
「さて、な……そういや、次の試合で勝った方が出雲ちゃんとやるんだっけ?」
「ええ……」
「しかし、実際、どうなんだ?アメプロ対爺さん。どっちが上がっても出雲ちゃんなら……」

 山口の楽観論に対して、土佐は必ずしも同調してはいなかった。

「そうとは限りませんよ?」
「ん?」
「アメリカ人だったら一度は必ずかじる、と言われているスポーツってご存知ですか?」
「んなんがあるのか?」
「ええ……ボクシング、アマレス、アメフト、この3つです。そしてアメリカンプロレスの選手というのは、その3つの要素を全て兼ね備えた選手なんですよ。」
「アメフトのパワーに、ボクサーのパンチ、で、レスラーの投げ……って?」
「ええ。強力な戦士です。そして、あの人……怪人でしたっけ?」
「ジジイ面相。」
「でした。こういう場に出てくるくらいですから……油断はできませんよ。とてつもない達人であるかも……」


 圧倒的な存在感。絶対的な強さ。そして威圧感。
 これらの全てを兼ね備える時、人はこう呼ばれる。
 「スーパーヒーロー」と。

「すいません!」

 控え室の前で声をかけてきた男。日本人であろうか。
 次の言葉は、半分以上は予想できる。

「えっと、あなたのファンです!サイン、お願いできますか?」

 日本人が「サイン」と言う場合、それはポートレイトのことであろう。もちろん、答えは決まっている。

「オーケイオーケイ。ペンを貸してもらえないか?」

 渡されたペンで、これまた男が持ってきた色紙に「サイン」を書き込む。

「ほら、よ」
「あ、ありがとうございます!」

 そして、俺は彼に右手を差し出す。彼がこうされる事を望んでいるのを、俺は知っている。
 俺は、彼と固い握手を交わした。そして興奮を隠し切れない様子で、彼は去っていった。

 俺はこれが嫌いじゃない。
 「サイン」は、ヒーローたるものの義務である。そして、ヒーローだけに許された特権である。
 そして、俺がヒーローであることを再認識させてくれる瞬間である。
 ヒーローは負けるわけにはいかない。
 強くなければヒーローじゃない。

 少し前、カラテのトーナメントに出たことがある。
 たしか「ケンジンカイ」とか言っただろうか。
 つまらないものだった。
 奴等は、へろへろのパンチとちゃちな蹴りで俺を倒そうとした。で、俺は適当にそれを受けてやった後、喉へのストレート・チョップでそいつを一撃のもとに倒してやった。
 「ジゴクヅキ」と言う名前らしい。言葉の響きが気に入っている。もとはカラテの技だと聞いたことがある。だからカラテで使うにはもってこいだと思った。
 だが、審判の奴は俺を反則負けにしやがった。「首から上への攻撃はダメ」とか抜かしやがった。
 「カラテなんてつまんねえもんだ、プロレスだったら、こんな技程度でダウンする奴はひとりもいねえし、こんな程度で反則負けをとるようなレフェリーもいねえ」
 そう言ってやった。

 まさかこの場所で、喉を突いたから反則負けなんて、そんな馬鹿な話はないだろう。
 これこそが、俺の捜し求めていた場所だ。
 俺がスーパーヒーローであることを証明できる、最高の場所。
 そして、俺が負けるはずはない。
 なぜなら俺ことがヒーローだから。


 いつもと同じように。
 右手には巨大な星条旗。
 左手には2×4の角材。
 そして彼は戦場に立つ。


其の三十四
登場人物 戦士達 著 でっどうるふ

 ジャスティン・ヴィンシブルが会場に入る。
 そして星条旗を振り上げ、一声。

「ユー・エス・エェーッ!!!」

 プロレスの時と全く変わらない。
 そして、それに呼応するかのごとく。

「USA!USA!USA!USA!USA!USA!」

 会場のあちこちから、大USAコールが巻き起こる。
 もちろんここは、アメリカではない。が、そんなことは関係なしであった。
 一部のファンがはじめたそれは、気がついてみたら、会場全てを巻き込む大轟音となっていた。

「ナンバーワーン!!!」

 角材を振り上げ、叫ぶジャスティン。会場のヴォルテージは最高潮に達しようとしていた。
 もはや、彼の敗北を信じるものなど、誰ひとりとしていないであろう。
 ヒーローは「ジャスト・インヴィンシブル」(全く持って無敵である)であるから。


「全く、嘆かわしいことじゃ」

 会場に向かう通路にて、男はひとりつぶやいた。

「ここは日本じゃぞ?それなのにUSA、USAなどと……こんなのを我が戦友(とも)が見たら何と言うことか」

 一見、普通の男であった。
 唯一、普通じゃない点を挙げるとすれば、彼が身につけていた覆面であろうか。
 真っ白なマスク。目と鼻、口の部分だけ開けてあり、赤い縁取りになっている。
 彼の名は、怪人ジジイ面相。

「ワシも対抗してじゃぱーん、とか叫んでやるかのう」

 そんなことを考えていた。

「それなら旭日旗ぐらいは持っていくべきかもしれんが……」

 一瞬ためらったのは、そんなものを探していては、会場入りの時間が遅れると思ったからであろうか。

「……まあ、いい、ロスタイムはあのプロレスラーに任せておこう、多少遅れたところで、そう簡単にあの場が静まるとも思えぬしのう」

 かくして本当に旭日旗を探しに行ってしまったジジイ。

「こう見えても昔はラバウルでグラマン相手にドンパチやっとったもんじゃ、毛唐相手に遅れを取るなどということがあっては、ワシは死んだ戦友に顔向けができぬというものじゃ」

 だからといってパフォーマンスで勝つ必要など、全くなさそうなものではあるのだが。


其の三十五
登場人物 戦士達 著 煉

 「会場入りを多少遅らせても問題は無い。簡単に場内は静まらない」
 ジジイのその考えは、半分は合っていて、半分は間違っていた。

 フワリ……

 軽やかな動きで、銀色の影が降り立つ。観客席を飛び越えてきたのだろうが、その動きに重さもスピード感も全く感じられない。
 だが、その影が降り立った瞬間、会場全てが静まり返った。
 小柄でも、大柄でも無い。いや、この闘技場に立つ物達に比べれば小柄な部類に入るであろう影。しかし、その存在感は見るモノを圧倒し、まるで会場全てを包むかの様な威圧感を抱えていた。

「ボウヤ、ここに何の用だぁ?」

 ジャスティンは、角材を落とし、右頬を軽く撫でながら男に近寄った。その瞳には、穏やかでない光が浮かんでいる。

(似てやがるぜ、あのクソガキに……)

 その銀髪が、顔立ちが、身のこなしが、そして何より、自信に満ちたその口元が……
 ジャスティンにはもとより、この男を無事で帰すつもりは無かった。一言でも口を開いた瞬間に、この男を張り倒すつもりだった。

「無様だな……」

 男が口を開いたのを確認すると、ジャスティンは右手を振り上げる。一瞬後には男の喉に突き刺さり、男は呼吸も出来ぬままに退場させられるはずだった。
 しかし、次の瞬間、ジャスティンは呼吸困難に陥る。男が放った、地獄突きによって……

「相手の力量を見抜く目ぐらい持ってみせろ」

 言葉を続けるウチに、男は数十発の手刀、足刀、拳をジャスティンの喉に打ち込む。
 ミシミシと嫌な音を立て、ジャスティンは仰向けに倒れた。額が地面を舐めている。

「銀髪の……悪魔……」

 観客の呟きを耳にすることなく、ジャスティンの意識は虚無の深淵へと沈んでいった。


其の三十六
登場人物 敗者達&悪魔 著 煉

「正気か、アンタ」

 突如現れた初代「銀髪の悪魔」に、天龍隼が問いただす。その声には殺気が多分に含まれている。
 彼の背後には、総勢七名の「敗者」達が並んでいた。全員が大小の怪我をしているが、闘気はその負傷を噴き飛ばさんが程に溢れ出ている。

「正気も正気。お前等に控え室で話した事は紛れもない真実だよ」

 飄々とした言葉を返す男。その自信に満ちた唇は、決して変わらない。

「たった今から敗者復活戦を行う。どんな手段でも良い。俺の用意した奴を倒せば、その瞬間からそいつが、このBブロック1回戦第4試合のもう一人の選手となる」

 良く通る声が会場中に響きわたる。最初は度肝を抜かれた観客達も、予想外の『見せ物』に再び沸き立ち始めた。

「どうせジャスティンは見かけ倒しだったんだ!」
「そうだ! コレならレオンの方が強えぇぞ!!」
「いや、本当の最強は王青三だ!!」

 各々が、敗退した贔屓の選手の名を挙げる。
 運営者側としても、たった今戦闘不能にされてしまったジャスティンの変わりを入れねばならないのか、沈黙を護っている。

「ま、そりゃワイらとしてはありがたい限りやけどな……」

 レオンが爽やかな笑顔のまま、空手の構えを取る。
 その場に居る戦士達全ての、はち切れんばかりの闘気が、更に充実し、膨れ上がっていく。

「もっと、戦いたいだろう?」

 その言葉が合図となり、戦士達は『悪魔』の元へと身を踊らせた。


其の三十七
登場人物 戦士達vs天使&悪魔 著 煉

 最初に男の元へ辿り着いたのは、倉石と天龍だった。倉石はタックルを、天龍は浴びせ蹴りで攻める。
 二人の攻撃があと数cmと言うところで、不意に悪魔は身を沈める。殆ど地面に寝転がるような姿勢だ。これではその先へ続く行動が取れず、避けた意味が無い。
 二人がそれを認識して体重を移し替えた時。

 バキィ!!

 天龍は闘技場の端まで弾き飛ばされていた。倉石は空高く舞い上がり、闘技場の中央に首から落下してくる。その場に立っているはずの敗者達は、既に散って各々の戦闘態勢に入っている。

「おいおい、戦うのは俺じゃないと言ったろう?」

 ブレイクダンスのような動きで体勢を立て直した悪魔は、優雅に肩を竦めてみせる。
 悪魔の手前には、美しい金髪と黒髪の少女が立ちはだかっている。

「舞え。俺の愛しいヴァルキュリア……」

 悪魔の合図と共に、少女達は目前の屈強な男達に飛びかかる。

 真にルール無き戦いが、今、始まった。


其の三十八
登場人物 戦士達vs天使&悪魔 著 煉

 美しき天使達が、己が魂を際限なく煌めかせている。
 悪魔はそれを平然と見つめていたが、不意に身を沈める。悪魔の頭が存在した場所には数本の銀髪と、子供の頭程の拳が残されている。

「やはり来るか……」

 悪魔は息を吐くように言葉を紡ぐ。自身に満ちた笑顔は崩れない。

「師範代。この馬鹿げた戦いを今すぐ止めてください」

 いつの間にか悪魔の横へ回り込んだ大柄な青年が何かを押さえ込むような声で話す。

「敗者の魂をこれ以上愚弄しないでください!!」

 悪魔とほぼ瓜二つの少年が叫ぶ。その褐色の瞳には、憤りがありありと浮かんでいる。

「先生……こんなのは試合じゃありません」

 拳の主が手を開きながら呟く。その手は震えている。
 三人の戦士に囲まれながらも、悪魔は尚も平然としていた。
 三人の顔をゆっくりと見回すと、心底楽しげな笑みを見せる。美しく、妖艶で、狂的で、壮絶な笑みを……

「咬神流の『ルール』は解ってるだろう?」

 言葉と同時に悪魔は腰を落とす。
 三人の青年達は、深い、深い溜息をつきながら、腰を落とす。
 青年達の瞳が真紅に染まり、四人分の闘気が、激しい奔流となって空気を鳴かせる。

 太鼓が、鳴り響いた。
 それが、もう一つの戦いの合図となった。


其の三十九
登場人物 逆神に抗するモノ 著 でっどうるふ

「……やはり動きだしたか」

 その時、ジジイは既に入場口付近まで来ていた。
 探していたはずの、旗も持たずに。

「咬神……神に逆らい、討たんとする、か……」

 その表情から、彼の感情を窺い知ることは、極めて困難であろう。それほど、いつもと変わらぬ様子であった。
 老人特有の、飄々とした、それでいて、確かな存在感。もっとも、それを見る者は、誰もいないのだが。

「……ま、もう少しだけ、見物に回らせてもらうとするかのう」


 ジーザス・クライスト陣営控え室にて。

「モニターを見てください!」

 闘技場の凄惨たる風景に、クルーのひとりが叫びをあげる。

「動き出したか、コウシンリュウ」
「やはりか……奴等の思考回路からすれば、十分に予測の範囲内だ」
「ですが……いいんですか?放っておいて?」
「我々に何ができる?どうせこちらに支障はない。それに、ちょうどいい機会だ。奴等のフルパワーに関するデータは、我々にとってもレアなものだ。せいぜい採取させてもらうとしよう」

 メカニック、ドクター、オペレーター。そういった者らのすべてが忙しく動き回る。
 たったひとつの目的のために。

「コウシンリュウ……アンチ・ゴッド・マーシャルアーツ。すなわち、奴等は、サタンだ」
「じゃ、さしずめ、次の試合は最終戦争(ハルマゲドン)ってとこか」
「ハルマゲドン、そいつぁいいや」

 控え室を笑いが支配する。が、それはすぐに厳粛な空気へと変わる。

「その通り。これは最終戦争だ。その神聖なる場で、救世主(ジーザス・クライスト)がサタンに負けるなんて事は、万に一つもあってはならないのだ……絶対に!」


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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