辛くも勝ったものの、大きなダメージを負った出雲一人。
彼が曲がりなりにも無事に控え室までたどり着けたのは、彼の友人ふたりによる所が大きいであろう。
「出雲さんは大丈夫でしょうか、次の試合……」
「さて、な……そういや、次の試合で勝った方が出雲ちゃんとやるんだっけ?」
「ええ……」
「しかし、実際、どうなんだ?アメプロ対爺さん。どっちが上がっても出雲ちゃんなら……」
山口の楽観論に対して、土佐は必ずしも同調してはいなかった。
「そうとは限りませんよ?」
「ん?」
「アメリカ人だったら一度は必ずかじる、と言われているスポーツってご存知ですか?」
「んなんがあるのか?」
「ええ……ボクシング、アマレス、アメフト、この3つです。そしてアメリカンプロレスの選手というのは、その3つの要素を全て兼ね備えた選手なんですよ。」
「アメフトのパワーに、ボクサーのパンチ、で、レスラーの投げ……って?」
「ええ。強力な戦士です。そして、あの人……怪人でしたっけ?」
「ジジイ面相。」
「でした。こういう場に出てくるくらいですから……油断はできませんよ。とてつもない達人であるかも……」
圧倒的な存在感。絶対的な強さ。そして威圧感。
これらの全てを兼ね備える時、人はこう呼ばれる。
「スーパーヒーロー」と。
「すいません!」
控え室の前で声をかけてきた男。日本人であろうか。
次の言葉は、半分以上は予想できる。
「えっと、あなたのファンです!サイン、お願いできますか?」
日本人が「サイン」と言う場合、それはポートレイトのことであろう。もちろん、答えは決まっている。
「オーケイオーケイ。ペンを貸してもらえないか?」
渡されたペンで、これまた男が持ってきた色紙に「サイン」を書き込む。
「ほら、よ」
「あ、ありがとうございます!」
そして、俺は彼に右手を差し出す。彼がこうされる事を望んでいるのを、俺は知っている。
俺は、彼と固い握手を交わした。そして興奮を隠し切れない様子で、彼は去っていった。
俺はこれが嫌いじゃない。
「サイン」は、ヒーローたるものの義務である。そして、ヒーローだけに許された特権である。
そして、俺がヒーローであることを再認識させてくれる瞬間である。
ヒーローは負けるわけにはいかない。
強くなければヒーローじゃない。
少し前、カラテのトーナメントに出たことがある。
たしか「ケンジンカイ」とか言っただろうか。
つまらないものだった。
奴等は、へろへろのパンチとちゃちな蹴りで俺を倒そうとした。で、俺は適当にそれを受けてやった後、喉へのストレート・チョップでそいつを一撃のもとに倒してやった。
「ジゴクヅキ」と言う名前らしい。言葉の響きが気に入っている。もとはカラテの技だと聞いたことがある。だからカラテで使うにはもってこいだと思った。
だが、審判の奴は俺を反則負けにしやがった。「首から上への攻撃はダメ」とか抜かしやがった。
「カラテなんてつまんねえもんだ、プロレスだったら、こんな技程度でダウンする奴はひとりもいねえし、こんな程度で反則負けをとるようなレフェリーもいねえ」
そう言ってやった。
まさかこの場所で、喉を突いたから反則負けなんて、そんな馬鹿な話はないだろう。
これこそが、俺の捜し求めていた場所だ。
俺がスーパーヒーローであることを証明できる、最高の場所。
そして、俺が負けるはずはない。
なぜなら俺ことがヒーローだから。
いつもと同じように。
右手には巨大な星条旗。
左手には2×4の角材。
そして彼は戦場に立つ。