武踏


其の二十 其の二十一 其の二十二 其の二十三 其の二十四
其の二十五 其の二十六 其の二十七 其の二十八 其の二十九


其の二十
登場人物 戦士達 著 煉

「時間です」

 そう声をかけられ、少年は立ち上がる。
 不思議と、恐怖は無かった。ほんの数週間前までなら、恐怖に打ち震え、歩く事すら困難であったろう。それ程、これから闘う相手は強大なのだ。
 だが、少年はしっかりとした足取りで試合場へ向かう。

「青龍の方角! 水形京!!」

 おざなりな拍手。高校生、キャリアの薄い少年に期待する者はあまり多くないだろう。おそらく、凄まじいまでの高倍率になっているはずだ。勝ちの決まった試合。誰もがそう思う。

「白虎の方角! 王青三!!」

 こちらは歓声が上がる。これも予測された事だ。

「ルールは解っているね? 武器の使用以外は全て許される。すなわち、君達がこれまでに学んだ全ての技が使用可能だ。それでは……」

 場内が静まり返る。これから始まる、一方的な暴力を目の当たりにするために。

「初めぃ!!」

 太鼓が響き、水形が間合いを詰める。やや意外ではあったが、王は即座に構え、右拳を繰り出す。
 しかし、その拳は強靱なクロスガード・ブロックによって止められる。岩を殴りつけたような感触が王の腕に伝わる。直後に繰り出される嵐のようなジャブ。王はそれを冷静に叩き落としていく。

「戦闘に置いて、ボクシングは有効な手段ではない。その理由は……」

 王が拳と同じ速度で水形の背後に回り込み、脊髄へ岩のような拳を繰り出す。
 ボクシングのルールに置いて、背面打ちは反則とされる。ボクサーは、背中と足を撃たれるのに恐ろしく弱い。セオリー通りの一撃である。
 しかし次の瞬間、王の拳は宙を薙いでいた。
 ボクサーの真の武器は、拳ではない。蝶のように舞い、蜂のように刺すスピード。
 フットワーク。それこそが、ボクサーの本当の武器。
 水形の躰は、既に2m程の間合いを置いていた。
 だが、王も歴戦の強者。その程度で狼狽える程内家をおろそかにしてはいない。
 再び間合いを詰め、今度は足払いをかける。
 金属棒を叩き割る様な音が響き、両者が離れる。

「今の僕は、ボクサーではありませんよ……」

 王の足払いを蹴りで弾き、王の瞳を見つめる水形。
 目を合わせ、王は初めて驚愕する。

「その瞳は……」

 水形の静かな光をたたえた瞳は、燃えさかる炎のように赤く、血のように熱い光を放っていた。


其の二十一
登場人物 戦士達 著 煉

 腕が弾ぜた。いや、それは只の錯覚だ。
 弾ぜたのではなく、拳が爆片のように降り注いだのだ。
 スピードは、先程とさして変わらない。嵐のようなジャブ……
 王は、冷静にそれを叩き落とそうとする。
 しかし、今度は王の手が弾かれ、王の顔面へと打ち込まれる。
 高速で、王の脳がシェイクされて行く。重さが、先程までの比では無くなっていたのだ。
 そのジャブは、並のボクサーのフィニッシュ並の威力を持っていた。

 脳を揺らされながらも、王は反撃のための間合いを取ろうとする。しかし、それは下策。
 間合いの取り方、フットワークに置いて、ボクサーを上回る格闘技は存在しない。
 半呼吸とおかぬ間に、間合いを詰められ、再度拳が降り注ぐ。

(一撃で……)

 水形が、フィニッシュ用に振りかぶった。
 顔面が弾け飛んだ。
 水形の拳が止む。

 水形の瞳は、夢を見ていた。振りかぶった一瞬を狙った王のカウンターが、水形の意識を刈り取ったのだ。
 すかさず打ち込まれる岩のようなボディ。
 短期決戦は無理と踏んで、水形のスタミナを奪いに動いたのだ。
 徐々に水形の顔が紫色に変わっていく。

(止めだ!!)

 会場中が息を呑んだ瞬間。王は水形の膝の皿を蹴り割った。

 ベキィ!!!

 乾いた薪を割るような音が響き、倒れる。足を抱えてもがいている。

「勝負あり!!」

 審判が止めに入った。


其の二十二
登場人物 戦士達&………? 著 煉

 ゆっくりと、戦場を立ち去る勝者。足を抱えたままの敗者。それを見つめる影。

「そうか……なんで只のガキがこんなモンに参加してるのかと思ったら……お前が……」
「まぁ、そう言うことだ」
「フン……逆神は、実は三人だったと言う事か……いや待てよ……」
「何だ?」
「本当に、三人だけなのか? お前がこれだけで終わらせ……」

 言いかけた男を、もう一人の男が指を立てて止める。

「未来は、解らない方が面白いって言葉、知らないのか?」

 男は不敵に笑い、高配当となったチケットを換金しに、席を立つ。
 武道場ではようやく敗者 ― 王青三 ― を回収するための担架がやってきていた。


其の二十三
登場人物 戦士達 著 煉

 王は、折られた足の激痛の中。あの一瞬の出来事を思い出していた。

(あの瞬間までは、確かにこっちのペースだったはずだ。相手があの咬神流だからと気後れしたりはしていなかった……だが……)

 膝の皿を叩き割り、それで戦闘不能になるはずだった。
 だから、油断したのかもしれない。少なくともあの一瞬、勝利を確信していたのは確かだ。
 だが、チアノーゼの真紫の顔をした人間から、反撃が来る等と、誰に予測できたろう?
 そう、あの一瞬、水形は最後の反撃に出た。
 ほんの少しひざを曲げる。それだけで、正面からの皿割りは効果を失う。だが、その先が違った。
 その膝に、攻撃としての力が込められていたのだ。力負けすれば、今度は別の骨がはずれる。
 結果、王の足はあらぬ方向に曲がり、勝利を譲る結果となった。

(あの若さで、あれだけの度胸、判断力、技……恐ろしい……)

 奇しくも、この時王が到達した結論は、もう一つの中国拳法の使い手と同じ物であった。
 そして、王は戦慄と恐怖を覚えながらも、自分の中に沸き立つ「何か」に気が付いていた。


其の二十四
登場人物 戦士達 著 でっどうるふ

「王青三が……」

 出雲一人はいまだショックを隠しきれないでいた。
 彼にとって王青三は、流派は違えど互いが互いの実力を認め合える、良きライバル関係にあった。
 そして、無二の親友とも呼べる仲であったのである。

「……あの少年……」

 単純な身体能力だけを見るなら、おそらく王に軍配が上がったであろう。
 しかし、結果は見ての通りである。

「……あの年齢(とし)で、内外合一の境地に達しているというのか……」


 闘技場に続く通路。
 天龍隼が見に纏うのは、いつもの試合用コスチュームではない。
 純白の道着。それも、白帯である。
 彼の脳裏で、時間は過去へとさかのぼる……

 テレビアニメのヒーローをモデルにした覆面レスラー「超新星スターセイバー」。
 華麗なる空中殺法と、骨法流殺法によって常勝の名をほしいままにし、人気を勝ち得てきた彼が、突然の失踪を遂げたのが半年前のことであった。
 「海外遠征に出た」「負傷により加療中」など、さまざまな憶測が流れたが、彼の行方を知るもの、そして、失踪に至った真の理由を知る者は誰ひとりとしていなかった。

 数日後。
 飛騨山中にある、小さな庵。めったに人など訪れるはずもないその場所に来た者がいた。

「……来たか」

 突然の来訪に、来るのが判っていたと言わんばかりに答える男。ぼさぼさの長髪にも、長い顎鬚にも白い物が混じっている。だが、その小柄な体躯からは、長年を修行と共に生きてきた者だけが持ちあわせる風格が感じられる。

「久しいな」
「……お久しぶりです、先生」

 不動流骨法総帥・鬼邊昌司……それが彼の名前であった。
 そして、スターセイバーこと天龍隼が、かつて修行を行っていた場でもある。
 かつては道場を後にした彼が、どうして再び門を叩いたのか、その理由は聞くまでもないことであった。

「迷っているか」
「……」

 覆面レスラーとしての苦悩。そして重圧。
 マスクとは、力の象徴。勝ちつづけることが義務づけられた存在。
 観客の歓声を浴びているのは、自分なのか、それともマスクなのか。

「骨法は日々進化する。今の不動流は、貴様がいた頃などとは比べ物にならん」
「……承知しております」

 しばしの沈黙。のち、鬼邊が重い口を開く。

「……道場へ来い」

 そして、天龍隼は今、ここにいる。
 超新星スターセイバーではない、自分自身の力を示すために。


其の二十五
登場人物 土佐&山口 著 でっどうるふ

試合開始を太鼓が告げる。

「……いよいよですね。」
「ああ……」

 天龍隼VS高天大和。
 両者の知名度という点において、一回戦のカードにおいては最も低いものかもしれない。
 天龍隼に関してだが、彼がリングに上がる時の名前「超新星スターセイバー」は、プロレスファンでない人の間でも有名である。が、マスクを脱いだ姿となると、よほどのプロレスファンでなければ知らないであろう。
 そして、一方の高天大和はいまだ高校生である。先ごろ行われた部活の新人戦においては活躍したらしい。しかも、空手・柔道・レスリング・ボクシングなど、格闘技系部活動の大会全部に参加したのである。が、それを知るごく一部の者の間でも、所詮は高校生との見方の方が強い。
 が、ここに両者の真の姿を知る、数少ない者がいた。

「どう見る?土佐ちゃん?」
「……」

 土佐遼に山口狭士。格闘技関係の雑誌に記事を掲載しているだけあって、格闘家関連の情報には精通している。さらにこのふたり、筋金入りのプロレスファンでもある。
 さらに……

「個人的には天龍選手を応援したいところなんですけどね、私は。」
「土佐ちゃんはセイバーのファンだしな。」
「しかし……今回の相手は……」

 いくら格闘技をやっているからといったところで、単なる高校生がこんな大会に出られるはずがない。
 その事は、前の試合に水形京によって証明されていることである。
 そして、試合開始直後に、観客は改めてその事実をまざまざと見せつけられることになる。

 試合開始直後。
 一気に間合いを詰めた天龍は牽制のローキック一発に続き、高天の顔面めがけて手のひらを突き出した。「鎧をも貫く」と噂される、掌底打である。
 高天はそれを避けようとはしなかった。逆に、顔面を撃たれるのと引き換えに、天龍の腕を取ったのである。
 そのまま天龍を地面に引き倒し、腕と首の両方を足で抱え込むように締める。
 三角締めである。

 「勝負あり」の宣言がなされたのは、それから間もなくであった。
 試合開始後、10秒と経たぬ間の出来事であった。

「……やはりか……」
「ですね……」

 超新星スターセイバーの、天龍隼の実力を知りながら、なおかつ彼の勝利を疑わざるを得ない理由を、彼らは知っていた。
 そして、高天大和の正体についても。


其の二十六
登場人物 戦士達 著 煉

 試合後の通路。一人控え室へ急ぐ高天大和。
 背後には、歓声が聞こえる。
 十代半ばであろう少年に、このような表情が出来るのであろうか?
 たった今、一人の人間を潰して来たと言うのに。まったくその感情が現れていない。

 唐突に、少年が足を止める。
 目前に、少年と同年代の、大柄な少年が立っていたからだ。
 しばし、目を合わせる。

 大柄な少年の方が、身を引いた。高天は、何事も無かったかのように通過する。
 大柄な少年が、高天の背に声を掛ける。

「楽しかったかい?」

 高天は、何も答えず、控え室の扉を開けた。


其の二十七
登場人物 土佐&出雲&??? 著 でっどうるふ

 控え室。
 次の試合に登場する出雲一人が、彼の友人と呼べる男と会話を交わしていた。

「ごらんになりましたか?」
「……あれが……」
「『中国式』の成果です」

 世界に数ある人体鍛練法の中において、もっとも効果的なものは中国に存在すると言われている。
 中国人が何千年もの間蓄積されてきた経験と知識は、他の追随を許さないものであったであろう。それに基づいて築き上げられた肉体鍛練の体系を、西洋人は脅威を敬意を込めて「中国式」(チャイニーズ・ミステリー)と呼んだのである。
 そして、現在、それは各国の間で研究対象にされているのである。彼らは中国人がしてきたように、長い時間を研究に充てることを拒否した。代わりに、天文学的資金と最新の科学力によって、中国人が四千年かかったところを、その何百分、あるいは何千分の1の期間で到達することに成功したのである。

「どう……思われます?」
「王龍寺の門をくぐった者は、その全てが四千年の歴史を背負って立つ者である……」
「出雲さん?」
「私が王龍寺を後にする際に、師から受けた言葉だ……」

 その口調からは、怒りとも悲しみともつかない物が感じられた。出雲一人という男とは長年の付き合いになる土佐にとっても、彼がこのように感情を見せることは珍しいことであった。

「……彼には、それがない……」
「出雲さん……」
「背負う物を持たぬ者に、この私が、いや、中国四千年が負けるはずがない……」


 最新鋭の設備に、多数のスタッフ。その中央には、ひとりの男。
 あまりに似すぎていた。ジーザス・クライストの部屋と。

「ダメージ計測中……」
「問題ない、次の試合には全く影響はないはずだ」
「体調にも全く影響なし」
「オールグリーンだ」
「ジーザス・クライストとのデータ比較結果は出たか?」
「耐久力に関してはほぼ互角。速度ではこちらに、筋力ではややむこうに分があるようですが、さほど対した違いはありません」
「そうか……ま、敵さんも試運転の段階だろうからな」
「では、次の試合では?」
「ああ……むこうさんも、リミッター外さないわけにはいくまい……ま、こっちも一緒だがな」

 動き回るスタッフたちの中で、ただひとり、中央に座る高天大和だけが沈黙を保っていた。


其の二十八
登場人物 空手家&………? 著 煉

「やめぃ言うたやろに……」

 中年男が、足の爪を切りながら背後に声をかける。

「ハイ。ワイはアホですから」

 爽やかな笑顔のまま、青年は答える。

「ホンマ。自分はどうしようもないアホや。しかも我が儘で、手の付けようもない。産まれてくる時にどっか掛け違えて来たやろ? 自分……」

 中年男が、これでもかと言うほど青年をけなす。
 青年は、さして意に介した風でもなく。相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。

「まぁ、アホは死なな治らんっちゅーからな。行って、死んでこい」

 中年男は、足に息を吹きかけて粉末を飛ばす。

「ほな、ちょっと人殴って来ますわ」

 いともあっさりと、青年は故郷を後にした。
 例の、爽やかな笑顔を浮かべたまま。

 ただ純粋な、「我が儘」を通すために………


其の二十九
登場人物 中国拳法VS空手 著 でっどうるふ

(……巨大だ……身も心も……)

 闘技場に入った出雲一人は身震いした。
 巨大で、それでいて均整のとれた体躯。
 全身から発散される闘気。それとは対照的に、顔には笑みすら浮かんでいる。

「ほな、はじめよか」

 その男……レオン・マクドウェルのそのひとこと。それが戦いの合図であった。

 バシイッ!
 互いのローキックが交差する。
 牽制の一撃。だが、その一撃が、会場全体に響き渡る轟音を生み出す。
 一旦、間合いを放す両者。

(強い……)

 一撃打ち合って、その予感は確信へと変わった。
 相変わらず、微笑みを崩さないレオン。

「もう終わりかいな?」
「……まさか」

 戦いは壮絶な打撃戦になった。
 互いが相手を蹴る。蹴る。蹴る。防御をかいくぐり、ガードを打ち崩し、打撃を打撃で潰し、とにかく蹴る。
 レオンのローキック。
 それを飛んでかわし、そのまま身体を反転させて胴体にソバットを撃ち込む出雲。
 それを腕で受け、ミドルを撃ち込むレオン。
 ガードでもキャッチでもなく、蹴り足に肘を叩き込む出雲。同時に膝を合わせ、上下から挟み込む形になる。「交差法」である。
 このままレオンの足を折る……はずであった。

「……!!」

 上下からの交差を押し切って、レオンのミドルが出雲にヒットしたのだ。
 派手に吹っ飛ぶ出雲。

「……おい、今のは……」
「いえ……出雲さんが自分から飛んだんですよ、ダメージを軽減するために。しかし……」

 吹っ飛んだ出雲を追いかけ、突っ込むレオン。
 ふたたび連撃がはじまる。

「ノーダメージというわけには……いかなかったようですね……」

 もともと、中国拳法の中でも北派に属する出雲一人は打撃がメインの選手ではない。
 本来なら相手に密着して、グラウンドをとりたいところなのであるが、レオンの猛攻がそれを許してくれないのである。

「……まずいかも……」
「ん?不安か?土佐ちゃん?」
「……どう、見ます?」
「そうだな、俺が言えるのは……」

 相手の蹴りを蹴りで返す。
 そんな攻防が、いまだ続いていた。

「出雲を信じろ、それだけだな。ずっと一緒にやってきた奴を信じられんでどうする?」

 不利な状況にあり、なお、出雲の目は死んではいなかった。


back index next


夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

[PR]動画