武踏


其の十 其の十一 其の十二 其の十三 其の十四
其の十五 其の十六 其の十七 其の十八 其の十九


其の十
登場人物 戦士達 著 でっどうるふ

 激しく壁に叩き付けられたジーザス。
 勝負あったか……と、会場のほとんどが思ったであろう。が、あっさり立ち上がった。
 だが、状況に変化があったわけではない。相変わらず、横綱の意外なポテンシャルの前に苦戦しているように見える。
 近づこうとするジーザスをローで牽制する雷鳳。

「思い出した……」
「ん?」
「相撲にもあるんですよ、蹴り技……」

 蹴手繰り(けたぐり)。
 相手の足を内側から外に蹴飛ばし、体勢を崩しておいてから肩や手をたぐって前に倒す技である。
 100kgを優に超える体重の持ち主をゆるがせる蹴りである。まともにヒットしたらどうなるか、想像に難くない。

 いつの間にか、立場が逆転していた。
 最初は逃げるジーザスを追っているはずの雷鳳が、いつの間にか、攻めてくるジーザスを受ける形になっている。
 その姿は、まさに荒れ狂う波の中でどっしりと構える巌であった。

「どう見る?」
「ええ……遠距離から雷鳳選手にダメージを与えるのは至難の技でしょうね。接近するしかないところですが……」
「接近すると、張り手が来る……と。」

 何度目かのローを放つ雷鳳。が、これはジーザスに見切られていた。
 これをかいくぐり、懐に潜るジーザス。

「誘いです!」

 接近してきたジーザスにあわせるように、雷鳳の張り手が放たれる。自分より巨漢の力士を一撃で土俵に這わせてきた、必殺の一撃である。
 だが。

「!!??」

 次の瞬間、雷鳳の手首は、あらぬ方向に曲がっていた。
 ジーザスは、張り手に合せるようにストレートを放ったのだ。

「横綱の張り手を上回る威力があるというのか……」

 本来なら試合を続行するのが不可能なほどであろう、激痛。
 だが、横綱としての意地がそうさせるのか、雷鳳の戦意はまだ衰えていなかった。
 接近してきたジーザスの両腕を、外側から抱え込み、折ろうとする。
 かつて、最強の力士・雷電が、あまりの威力から「禁じ手」とされた必殺技・閂(かんぬき)である。
 腕を締め上げられるジーザス。だが、彼は冷静であった。頭を思いっきり引くと、雷鳳の顔面に向けて、思いっきり叩き付けた。
 雷鳳の動きが止まる。
 ジーザスが力を入れるまでもなく、あっさりと、あまりにあっさりと、腕からすりぬける。
 そして、そのまま前のめりに倒れ伏した。

「勝負ありっ!!!」


其の十一
登場人物 ?????? 著 煉

「俺の勝ちだ」
「ホラよ」

 この場に置いて、不謹慎とも言える賭事をする男達。
 しかし、冷静に考えれば正式の賭けが成立しているはずである。人間同士が命を賭して戦う。これ以上スリリングなギャンブルがあるだろうか?

「雷鳳も、相手が悪かったか……で、次はどう見る?」
「言うまでもない。ガルーダだよ」
「ほう?」
「お前は何故、そう答えの分かり切った事ばかり聞くんだ?」
「まぁ俺も、XCVの肉体や動きを見る限り、普通の格闘家以上の物を身につけてるとは思えないがな」
「そう。ガルーダの勝利への飢えに勝るとは思えない」
「だが……な……」
「だが、なんだよ?」
「何かおかしな予感がするんだ……あのXCVって奴。何かとんでも無い隠し玉を持ってるような気がする」
「お前らしくない懸念だな。負けて弱気になったか?」
「いや……だが……」
「解った。お前はXCVに賭けるんだな?」
「え? おい……」
「掛け金はどうする?」
「チッ……さっきと同じで良いよ。勝てば全部戻ってくる」
「またセコイかけかただな……」
「ふん。なんとでも言え」

 歓声が響いた。


其の十二
登場人物 ガルーダ・リンスヴィン&家族 著 煉

 入念なアップを続けるガルーダ。それを見つめる女性。
 タイ人独特の、引き締まった体型に神秘的な面差し。美しい女性である。

「あなた……」
「…………」

 無言で答える夫。その瞳は、待ち受ける戦いにのみ集中している。

「……………」
「……………」

 二人に、言葉は無い。妻は、静かに、自分の下腹部を撫でた。

「時間です」

 審判員が声をかける。怪鳥は、アップをやめ、試合場へ向かう。

「私は負けないよ。君と、その子のために……必ず、強者の証を手に入れる」

 妻は驚いたように顔を上げる。一度も話したことがないのに……
 夫はただ、片手を高く掲げた。自らの背後に立つ、最愛の人々に向けて。

「あなた………無事で帰ってきてください」

 開始を告げる太鼓が響いた。


其の十三
登場人物 ガルーダ・リンスヴィン&XCV 著 でっどうるふ

 試合開始時において、XCVの勝利を想像していた者が、はたしていたであろうか。
 だが、結果として、勝利したのはXCVであり、地にうずくまり、足を押さえて悶絶しているのはガルーダであった。
 試合開始から、わずか数十秒後の出来事である。

 太鼓と同時に、ガルーダはXCVに向け、一気に突っ込んできた。
 中間距離から必殺の蹴りを次々に繰り出す。
 ロー。ミドル。ハイ。動きを捕らえることなど、到底不可能な連打。
 その一撃一撃の、どれもが致命的な威力を持っている。それが、連続で繰り出されるのだ。

 蹴りの速射砲に対してXCVは全く動じなかった。
 それどころか、文字どおり、一歩も動くこともなかったのである。
 構えることすらせず、完全に直立不動。
 観客の誰にも、彼の意図は読めなかった。

 棒立ちのXCVに対し、容赦なく蹴りを放っていくガルーダ。
 しかし。
 倒れない。
 頭、胴体、腕、足。次々に炸裂しているはずの蹴りが、身長160cm前後の小男に、まったくダメージを与えているように見えないのである。
 生じる疑惑。違和感。
 人間を蹴る感覚とは、似て非なるもの……

 次の瞬間、「怪鳥」が跳んだ。
 必殺の空中殺法。正体のわからない相手を葬るために、自分の持てる、最強の武器。

 この時、はじめてXCVが動いた。
 無造作に差し出された手のひらが、繰り出されたガルーダの右足に触れる。
 一瞬ののち。
 ガルーダの右足が、あらぬ方向を向いていた。
 翼を爪を同時にもがれ、「怪鳥」は、墜ちた。


其の十四
登場人物 ガルーダ・リンスヴィン&家族&医師 著 煉

 試合後の医務室。ガルーダは、足をギプスでくるんで寝ていた。

「ほ〜、見事じゃのコリャ。折れ取る割に綺麗じゃ。下手に打ち合うよりも治りが早いぞコリャ」

 沈痛な面持ちで聞く妻。終始無言のガルーダ。

「まぁ、この先どうするかゆっくり話しおうてくれ。ワシに出来る事は直すことだけじゃからの」

 そう言って席を立つ医者。
 後に残る夫婦。
 無言のまま、時が流れる。

「…………すまない」

 夫が、たった一言だけ呟いた。背を向けているので表情は解らない。

「あなた……こんな事を言っては不謹慎なのでしょうが……」

 妻が、夫の冷たい肩をなでながら囁く。

「私は、あなたがこういう形で負けて下さって良かったと思っています」

 驚いたように妻を見やる夫。その瞳は微かに濡れている。

「だって、これ以上あなたが恐ろしい場所へ出向いて、無事を願う必要が無くなったのですもの……」

 優しい瞳を向ける妻。

「そして、あなたが必要以上の大怪我をするのを見なくて済むんですもの……」

 そっと、夫の背に口づける妻。

「けれど……あなたが悔しいのも。解ります……」

 夫の肩を持ち、頭へと腕を滑らせる。

「今は、私達の胸で泣いてください……」

 夫の頭を抱きしめる妻。
 医務室に、声無き嗚咽が漏れた。


其の十五
登場人物 XCV&…… 著 でっどうるふ

「さっきのアレはなんだったんだ……」
「いや、俺にもよくはわからんが……合気道かなんかじゃねえのか?ほら、あの、ちょっと捻っただけで腕とか折れるらしい……」
「あの蹴りはどうやって防いだ?」
「聞いたことあるぞ……硬気功……とか言ったかな?それ使ったんじゃないのか?」

 XCVの圧倒的勝利に、観客席はいまだ驚愕と疑問に支配されていた。
 一体、彼はどのような手段を用いてガルーダの蹴りを防いだのか。
 どのようにして足を折ったのか。
 明確な答えが出せるものは、誰もいないように見えた。

 闘技場を出、控え室に続く道を行くXCV。
 そこに立ちはだかる者がいた。

「……誰だ」
「新聞社の者です」

 男がふたり。
 ひとりは巨漢の男、もうひとりは自分と同じくらいの背格好の男である。

「何の用だ」
「お時間は取らせません……ただ、ひとつだけお願いします」
「……」
「あなたがこの大会に参加なさっているのは……『キャップ』の敵討ちのためですか?」

 終始、無表情なXCVの顔に、一瞬だけ、動揺が浮かんだ……かのようにも見えた。
 が、わずかな感情のさざなみは、あっさりと消え、XCVは、数秒の沈黙ののち、ぽつりと、たったひとことだけ。

「敗者に用はない」

 それだけ言うと、ふたりの横を通りすぎ、廊下のむこうへと消えていった。


其の十六
登場人物 戦士達 著 煉

 歓声が聞こえる。どうやら、試合が終わったようだ。
 ゆっくりと、瞳を開く。

(まだ……大丈夫みたいだな)

 立ち上がり、試合場へ入る。

「青龍の方角! 酒神ツルギ!!」

 再度上がる歓声。二代目『銀髪の悪魔』を名乗る以上、下手な試合は出来ない。

「さらに白虎の方角! ガイノス・ブランレイド!!」

 それが本名なのか知る者は居ない。なぜなら、彼は獣腹として荒野に捨てられた蛮族の子なのだ。
 この世に生まれ落ちた瞬間から、闘う事を宿命とされた子供達が向かい合う。

「さぁ……始めましょう」

 開始を告げる太鼓が響き、二匹の阿修羅は手四つに組み合う。

 この世に生まれし時、阿の音を発したその瞬間から修羅の宿命を背負う者……
 果たして、真に神へ近づくのは、どちらか……


其の十七
登場人物 戦士達 著 煉

 バチィ!!

 二人の掌が輝き、剣が膝をつく。ガイノスは、即座に剣の顔面に蹴りを放つ。
 それが、ガイノスの得意技『人体発電』である事は、全ての人間に理解できた。

「初手に、最大の技を使う……か。派手な試合運びだな」
「いえ、違いますよ」
「なんだ?」
「彼が電流を使えると言っても、その電圧はたかが知れているはずです。少なくとも、黒焦げにするような威力は無いでしょう。ですから……」
「ようするに、痺れさせるのがせいぜいって事だな。なるほど、所詮は攪乱技なのか」

 ガイノスが、数度目の蹴りを放つ。剣はそれを両手で受け、数mはじき飛ばされる。
 離れた所で、体勢を立て直して起きあがる剣。
 ガイノスは追いかけて勢いを乗せた拳を繰り出すが、剣はこれを受け止めてみせる。

 バチィ!!

 再度激しい音が響く。

「相手が受け止めるか、紙一重でかわせば、電流で痺れさせる。効果的な作戦ですね」
「単純だが、厄介極まりねーぜ。貰う所か、全部派手にかわさなくちゃなんねーって事は」

 当然、観客は先程と同じ展開を予測する。しかし、剣は倒れなかった。そのまま全身のバネを使い、ガイノスをはじき飛ばす。
 即座にガイノスの顔面に蹴りを入れる剣。ガイノスは防御しようと腕を出すが、間に合わない。
 重量感のある音が響き、ガイノスの顔面が跳ね上がる。その瞳は宙を舞っている。
 しかし、剣の次の蹴りは放たれなかった。そのままガイノスの腕を掴み、投げ飛ばす。

「君の、能力の秘密を知っている……」

 その呟きは観客の耳に届いたのだろうか?
 上空へ投げ上げられたガイノスを追って剣も中を舞う。
 その足を掴み、頭から地面に落とす。その頭が地面と触れ合った瞬間……

 バチィィッッッッ!!!

 先程とは比べ物にならない音が響きわたり、黒焦げになったガイノスが居た。その頭は、剣に踏み割られている。

「勝負あり!!」

 静まり返る客席を背に、剣は闘技場を後にした……


其の十八
登場人物 ??????? 著 煉

「剣も出来たとはな……」
「えぇ、意外でしたが……肉体能力の活用を行う咬神流ならそれも不可能では無いでしょう」
「アン?」
「私が予想するに、ガイノスの能力は、電気ウナギ等と同じ、体細胞が持つ電流を直列に繋いだ物だと思うんですよ」
「なるほど、それなら咬神流にも出来るかもしれねぇな」
「ただ、気になるのは、どうみても細胞の数が少ないはずの剣君が、ガイノスを遥かに上回る電流を発した事なんですよね……」
「魔斗の奴なら何か解るかもしれねぇが、それはどう考えてもわかんネェだろ? まぁ、次の試合の取材に行こうぜ」
「えぇ、次は……王青三の方ですかね」
「水形とやらも面白いかもしれねぇぜ、たかが高校生が何でこんな大会に出たか聞きてぇモンだしよ」

 試合後の喧噪の中、次の選手の取材へと足を運ぶ。

「ん?」
「どうした土佐ちゃん」
「いや、今、知ってる人を見かけたような気がするんですけど……」
「誰だ?」
「あ、いえ……やっぱり気のせいのような気がします」

 休憩時間は短い。慌てて控え室へ向かう。

(でも、あの銀髪は……)

「どうやら、土佐さんも解らなかったみたいだな……」
「お前は気付いてるのか?」
「あぁ……ありゃ別になんて事はない。ガイノスの奴は、足にアース用の仕掛けでもしてあったんだろ。多分な……」
「ハハァ……それで、剣は奴を頭から落とした訳だ」
「そう。自分の電流を100%流し込むためにな」
「まぁ、それはそれだ。次の試合も賭けになりそうにねぇしな。黙って見てるか」
「いや、そうでも無いぞ」
「何?」
「まぁ、黙って見てろよ……何なら賭けるか?」
「よし。じゃあ俺は青三に一万だ」
「OK」

 再び賭事の話を始める影が二つ……


其の十九
登場人物 土佐&山口&出雲&王 著 でっどうるふ

 控え室前。

「俺と当たるまで、負けるなよ」
「貴殿こそ、つまらぬ相手に不覚を取られぬよう……」

 そして男たちは、それぞれの方向へと歩いていく。


 土佐と山口は控え室に続く廊下を歩いていた。
「たしか、次の試合に出る、王とか言う奴は……南派だったよな?で、出雲ちゃんが北派……」
「ええ。」

 中国拳法は、大きく分けて「北派」と「南派」の二種類に分類される。
 名前そのものは、単に発生地が北か南にしかよらない。が、両者には決定的な違いが存在する。
 それは、北派は「内家拳」、南派は「外家拳」だということである。
 中国武術の鍛錬法には、大きく二種類あり、ひとつは、気功中心とした内部的鍛錬、もうひとつは、筋骨を鍛え上げる肉体的鍛錬である。
 つまり、内家拳は内部的鍛錬、つまり気功の技を練るのを中心とし、外家拳は外部=肉体的鍛錬、つまり筋骨を鍛え練る事を中心としているのである。

「で、北と南ってのは、実際のところ、どっちが強いんだ?」
「それは……えっと。」
「決まっている……」
「あ、出雲さん……」
 ふたりの間に割り込んでくる者がいた。土佐と山口にとっては知った顔である。
 出雲一人。中国は「王龍寺」で拳法を修めた男。ふたりにとっては仕事上の同僚でもある。そして、今回のトーナメントに参加する戦士のひとりである。

「ん?よう、カズヒトじゃねえか……んで、どっちなんだ?」
「内と外、両方を兼ね備えた者が、もっとも強い。」
「んな、当たり前のことじゃなくってなあ……」
「中国拳法の基本的な考え方に『内外合一』というのがあり、これは、内部の力と外部の力が合わさって初めて、一つの形になる、というものだ。北派と南派では、内外どちらに傾いているかで、特色に差は出る。が、拳法を学ぶ者、最後には内外双方の合一を目指す。」
「ん〜……よくわからんが、そういうものか。」
「で、出雲さんは、次の試合、どうごらんになります?」
「次は……王殿の試合か。対戦相手となる選手についてよく分からぬゆえ、何とも言えぬが……私の知る限り、王殿を超える外家系の使い手は、まだおらぬ。ゆえに、彼の者を破る手段があるとすれば……」
「すれば?」
「内家の技で対抗するか……あるいは、それこそ『内外合一』を為し得た者であろう……」


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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