武踏


其の零 其の一 其の二 其の三 其の四
其の五 其の六 其の七 其の八 其の九


其の零 −前夜−
登場人物 酒神了&酒神剣 著 煉

 月明かりの射し込む部屋、他に光源となる物は無い。闇の中に六つの光。
 内二つは、月の如き銀の流線。内四つは、闇夜を切り裂く紅き宝玉。
 三つの光が位地を高める。

「行くのか?」

 低い位置にある光が問いかける。

「はい。私には、もう時間がありませんから……」

 立ち上がった光が応える。

「命ある物にとって、時は有限だ。いずれは尽きる。だが、ここに残ればその時を伸ばせるやもしれないんだぞ?」

 その声に、起伏は感じられなかった。分かり切った問いかけなのだろう。しかし、問わずには居られない。

「私は、自分が産まれた理由を知りたい。そして、それを全うしたいんです」

 分かり切った回答。一瞬、低い位置にある宝玉は光を失い。そして応えた

「解った……だが俺も、出来る限りのことをする」

 高い位置にある光が、微笑みを浮かべた。

「ここまで育てて下さって、ありがとうございました………兄さん」

 光源は、扉を開く。

「そして……さようなら」

 静かに、扉が閉じられる。
 残された光は、一人ごちる。

「まだ、さよならは早いぜ。剣……」


其の一
登場人物 戦士達&ナレーター 著 煉

「さぁ! 選手入場です!!」

 その声とともに、会場中が沸き上がる。

「何故クレイジーと呼ばれるか!? それは俺が世界最強だからだ! 倉石流柔術、倉石曳孫!!」

「天を目指すその瞳、神すら喰らう餓狼の牙を見せてくれ! 咬神流格闘術、アンディ!!」

「相撲とは遊戯ではない、歴史の通り殺し合いに置いてこそ最強なのだ! 相撲界には内緒だぜ、雷鳳!!」

「華麗なる舞と空中殺法、ムエタイの蹴りを見せてやる! 怪鳥ガルーダ、ガルーダ・リンスヴィン!!」

「攻撃こそ最大の防御、最強の護身とは最強の戦士だ! XCV(エクシヴィ)!!」

「銀髪の悪魔ここに再臨。無敗のまま去った兄の名を継げるか!? 咬神流戦闘術、酒神ツルギ!!」

「ナマズやウナギにゃ山程居るが、人間でする奴ぁコイツだけだ! 電気人間、ガイノス・ブランレイド!!」

「若干16歳 その若さで早くも命を捨てるか!?学校にバレても知らねーぞ! ボクシング、水形 京!!」

「高校生が二人も何やってんだ! 宿題したか?学校にバレんじゃねーぞ! 総合格闘術、高天大和!!」

「格闘技の源流は中国にあり。四千年の歴史は半端じゃねーぜ! 王青三!!」

「プロレスはショーではない! 本当の強さを教えてやる! 本名で登場だ、天龍隼!!」

「立ち技の世界最強は、格闘技に置いても世界最強だ! 拳神会代表、レオン・マクドウェル!!」

「隠された中国拳法、王龍寺の秘伝を見せてくれ! 出雲一人!!」

「でかいだけがアメリカじゃない。中身があるからでかいのだ! 本場のプロレス見せてやれ、ジャスティン・ヴィンシブル!!」

「経歴その他一切不明。ちょっと人ナメすぎだぁ! 試合前にメンバーに殺されるなよ、怪人ジジイ面相!!」

「そしてェッ!!」

 会場中が注目する。出場者最後の一人。この闘技場の覇者をその瞳に焼き付けんと……

「打撃の王者を打撃で沈めた! 柔道トップを投げで下した!! 後必要なのはヴァーリトゥードの世界一のみ!!! チャンピオン……」

 会場中が息を飲む。出場者達が殺気の隠った視線を送る。そして現れる影……

「ジーザス・クライストォォォォォォッッッッッ!!!!!!」

 歓声、殺気、怒号、地鳴り。試合開始前だと言うのに、全ての者が炎よりも熱く燃えていた。

「以上、十六名によって『強者の証』争奪戦を始めます!!」

「応ッ!」

 出場者の気迫が、会場中を包んだ。


其の二
登場人物 土佐&山口 著 でっどうるふ

 ……カードが発表された瞬間、会場中に衝撃が走った。

「Aブロック」
・第一試合
倉石曳孫(倉石流柔術) VS アンディ(咬神流格闘術)
・第二試合
雷鳳(相撲) VS ジーザス・クライスト(軍隊格闘術)
・第三試合
ガルーダ・リンスヴィン(ムエタイ) VS XCV(護身術)
・第四試合
酒神剣(咬神流戦闘術) VS ガイノス・ブランレイド(アウトロー)

「Bブロック」
・第一試合
水形京(ボクシング) VS 王青三(中国拳法)
・第二試合
高天大和(総合格闘術) VS 天龍隼(プロレス)
・第三試合
レオン・マクドウェル(空手) VS 出雲一人(中国拳法)
・第四試合
怪人ジジイ面相(教えないよ〜ん) VS ジャスティン・ヴィンシブル(プロレス)

そしてここにも、驚きの表情を隠そうともしない人間がふたり。

「こいつは……」
「ええ。正直これほどのメンバーとは思ってもみませんでした。」

 『チャンピオン』ジーザス・クライストを筆頭に集まったメンバー、総勢16人。
 『狂的な強さ(クレイジー)』の異名とともに世界最強の名をほしいままにしている倉石流最強の男・倉石曳孫。
 実戦派空手集団『拳神会』のトーナメントにおいて、外国勢としては初の優勝者となった『鉄腕』レオン・マクドウェル。
 その華麗な空中殺法から『怪鳥』の異名を持つムエタイチャンプ、ガルーダ・リンスヴィン。
 プロレスラーや現役横綱。
 そして咬神流。彼らの強さは、改めて言うまでもあるまい。

「ですが……」
「わけわからん奴が混ざってる……だろ?」
「ええ……」

 確かに、今回のトーナメントでは、無名の選手も多い。
 水形京や高天大和。彼らは高校生、しかも、つい最近部活の新人戦を終えた程度のキャリアである。
 中国拳法の両名。そのうちのひとりは、彼らもよく知った顔なので、実力についても承知済みであるのだが。
 『護身術』の男、『アウトロー』の男、そして……

「怪人……ですか……」
「流派名も人をナメきってやがる……」


其の三
登場人物 土佐&山口 著 でっどうるふ

「私は最強なんかじゃないよ。」

 かつて、雑誌のインタビューにおいて、倉石曳孫はこう答えている。

「打撃戦を得意とする相手には打撃戦を挑まない。隙をついて相手に密着し、グラウンドに持ち込み、相手が仰向けだったら馬乗りのパンチ、うつ伏せだったらチョークスリーパーをかける……私は、これだけのことを実践しているにすぎない。」

 しかし、この単純なことを実践することがどれだけ大変なのかは、実行してみればよくわかる。

 余談であるが。
 筆者は、この戦法を実戦において用いたことが何度か実際にある。
 私の場合は馬乗りになるのはなく、腹にストンピングを連打するものであった。2回ほど成功したが、これは不意打ちによるものであり、まっとうな正面からの殴り合いにおいて実行しても、うまくいかなかったのを覚えている。
 うまくいった場合にも、相手との体格差によって成功したようなものであり、テクニックによるものではないので、あまりおすすめできる戦法ではないことを付け加えておこう。
 閑話休題。

 とにかく。
 倉石曳孫の言っていることがどこまで本当かはわからない。
 我々がわかっているのは、彼の「公式・非公式合わせて2000試合、一度として負けなし」という戦果のみである。

 選手控え室に向かう土佐と山口。今回参加する知り合いに会うためである。
 その間の会話は、もちろん、大会のカードについてばかりであった。

「……正直、どう見る?」
「次の試合ですか?そうですね……とりあえず、これだけはハッキリしてますね。」
「ん?なにが?」
「この試合で、咬神流の実力が試される……でしょうね。おそらく。」

 何気なさを装ったひとこと。
 だが。
 確かに彼は言った。アンディ個人ではなく、彼の所属する格闘技流派の名前を。

「私が知っている限り、倉石選手は日本でも1、2を争う実力の持ち主です。」
「だろうな、ほとんどの奴は、そう思ってるはずだぜ。」
「そして、咬神流……いうならばこの試合、個人を超えて、倉石流柔術と咬神流の代理戦争といった構図にも見えるかもしれません。」
「かたや倉石流最強の男、かたや咬神流の中でも最強に近い男……か?」
「この試合でアンディ選手が倉石選手と互角に渡り合うか、あるいはあっさり負けてしまうか、さもなくば……」

 そこで一旦止める土佐。次の言葉を発すること自体を怖がっているかのように。
 そして、次の一言は、本当に苦しそうに、押し出されるように。

「……鎧袖一触にあしらってしまうか……」


其の四
登場人物 アンディ&倉石&山口&土佐 著 煉

「青龍の方角!」

 会場が割れんばかりの歓声に包まれる。その瞳には狂気さえ伺える。

「倉石曳孫!!」

 流派名は読み上げられない。この空間に置いて、流派など意味を持たないのだ。ただ純粋に、強い者が勝つ。

「続いて白虎の方角! アンディ!!」

 落ち着いた表情で試合場に入るアンディ。

「武器以外、あらゆる技の使用が認められます。目つき、金的等もありです。すなわち、諸君がこれまでに身につけた技全てを使用することが出来る。勝敗はこちらが止めるまで。では……」

「初めぃ!!」

 試合開始の合図とともに、倉石が動いた。一瞬で間合いを詰め、相手を突き倒しにかかる。
 アンディはそれを避け、無防備な後頭部へ肘を打ち込む。
 倉石は即座に身を起こすと、アンディの肘を掴み、そのまま腕を捻り取る。抵抗すれば、肩がはずれる。
 アンディは……抵抗しなかった。倒され、マウントポジションに持ち込まれる。

「オォ〜っと、わずか数十秒の間に自分の体勢に持ち込んだ倉石。早くも勝負が決まったかぁぁぁ!!!」

 ここから繰り出される技は誰にでも予想がつく。顔面の滅多打ちである。しかし、一瞬後には信じられない物を目にすることとなる。
 アンディが、倉石の拳を倒れたままの体勢で避けて見せたのだ。首を僅かに捻り、狙いを外す。次の攻撃は掌で受け止める。
 しばし、観客は声を失った。圧倒的有利の体勢から繰り出された、倉石の打撃が全く通じていないのだ。
 あまりの出来事に倉石は驚愕し、ひたすら拳を繰り出す。より体重を乗せ、より早い拳を繰り出す。
 アンディは、その攻撃を狙った。一撃を顔面で受け、そのままブリッジの要領で腰を跳ねさせる。重心が前に移っていた倉石は、そのままひっくり返される。
 立ち上がる二人。倉石の顔面に拳を繰り出すアンディ。それを避け、そのまま立ち関節へ持ち込む倉石。
 倉石が関節を曲げる方向に走り込み、もう片方の拳を倉石の喉に打ち込む。密着していては、さしもの倉石も避けられない。
 一瞬の呼吸停止、その隙をアンディは見逃さなかった。即座に引き手を切り、そのまま一回転して延髄に肘を打ち込む。脳幹が衝撃で引きずり降ろされる。背中を強打し、肺呼吸を停止させる。続いて喉と顎への連打。
 相手の呼吸器の機能を奪う。相手に何もさせない戦い方。倉石は、サンドバックと化した。

「勝負あり!!」

 審判員が止めに入り、アンディの攻撃が止む。倉石の顔は紫色で、完全にチアノーゼを起こしていた。
 多少の苦戦はしたものの、結局は無傷で勝利を収めた青年は、ちらりと観客席の方を見やる。

「ヤロウ、こっちを見てやがる……」

 呻くように山口が呟く。
 アンディは即座に視線を逸らすと、親指で自らの耳たぶを弾いた。そこには、青い宝石をあしらったピアスが鈍く輝きを放っていた。


其の五
登場人物 戦士達 著 でっどうるふ

「けっ、クレイジージュウジュツも大したことねえな」

 控え室のモニターで試合の一部始終を見ていたジャスティン・ヴィンシブルは、この驚くべき結果を一笑に付した。
 少なくとも、控え室の中には「大本命」倉石のまさかの敗北に動じるような者などいなかった。

「俺だったらタックルに来た所を引っこ抜いてドリル・ア・ホールでも食らわせてやるところだな」

……その頃。

「これって……」

 第二試合の出場者・雷鳳が最後の調整をしている別室。
 そこで土佐が見たものは、あまりに普通の風景であった。
 相撲の稽古場としては、であるが。
 即席の土俵。その中には取っ組み合う力士の姿。
 その隣に立てられた柱に向かって黙々を鉄砲を行う雷鳳。
 そして……

「驚かれましたか?土佐さん。」

 呆然としていた土佐に声をかけてきたのは雷鳳の師匠・富士乃山親方。
 土佐は、雑誌やテレビの取材で、これまでに何度となく彼に会ってきたのであるが。

「親方……おひさしぶりです……これってつまり……」
「ええ、我々富士乃山一門、総力を挙げて、雷鳳を支援していくことにしたんですよ。」
「協会はこのことを……」
「むろん、バレたら廃業ですな、師弟そろって。」

 雷鳳が土俵に上がる。相手は一門の中でも最重量の力士。他者と比べて特別に体が大きいわけではない雷鳳と比べると、傍から見たら大人と子供である。

 一般的に相撲取りというと、ついつい元大関・小錦(現・KONISHIKI)のようなタイプを思い浮かべてしまいがちだが、先に引退した元小結・舞の海に代表される小柄な力士もまた、大相撲には存在する。
 筆者が「最強」と思っている元横綱・千代の富士(現・九重親方)も、どちらかといえば小兵であった。そんな彼が巨漢ぞろいの力士らの中においてトップでいられたのは、その稽古量に基づく基礎体力のなせる技に他ならない。
 例えば、とかく脂肪の固まりとの印象が強い力士だが、千代の富士の体脂肪率は20%前半であった、という。これは、普通のアスリートと変わらない数値である。体が小さい分は筋肉の量で補う。これは極めて正当な考えである。そして、肩に脱臼癖のあった千代の富士にとっては、肩に筋肉の鎧をつける意味でも、筋力トレーニングは重要なことであった。
 横綱が大観衆の面前で行う「四股」もまた、横綱の横綱たる強さを持っていることの証明である。あれが単純な行為と思っている方は、一度真似をしてみるとよい。あれだけ高く足を上げるには、類まれな足腰の強さが必要であることに、すぐに気がつくことであろう。

「雷鳳がこの大会に出ると聞いた時には、それはもう、びっくりしましたよ。」
「それはそうでしょうね……で?親方は、あっさりと認められたのですか?」
「むろん、最初は反対しましたよ。しかし、むこうは廃業覚悟です。相撲界の至宝を失うくらいなら、そして、よもやそんなことはあるまいが、万が一、相撲が公衆の面前で無様な姿をさらすようなことになったら……と、いうことで、今のようなことになっているわけですよ。」
「なるほど。」
「ついでに言うと……」

親方は土俵の方をちらりと見る。

「正直なところ、私自身もちょっとだけ興味ありましてね……相撲が外の世界で、どこまで通用するか……」

そこには、張り手一発で相手を土俵に叩き伏せる雷鳳の姿があった。


其の六
登場人物 戦士達 著 煉

 乾いた音が、控え室に響いた。
 ジャスティンの頬が、赤く腫れていた。

「敗者を、愚弄しないでください」

 頬を張った少年は、それだけ呟き。再びストレッチを始めた。

「何だとテメェ、やんのか!?」

 控え室中にがなり声が響く。ある者は五月蠅そうに耳を塞ぎ、ある者は戦いの予感に瞳を輝かせ、またある者は敵意の視線を何者かに向けた。

「待てや。自分の相手はそいつちゃうやろ?」

 ジャスティンに匹敵する巨漢の男が、浅黒い手をジャスティンの肩にかける。
 何故関西弁なのかは……どうも彼の師匠の影響らしい。

「テメェもか、良いぜ。俺は何人でも……」

 ジャスティンは戦闘的な笑みを浮かべる。

「いいや、ワイでもあらへん。あっちの爺さんや」

 男 ― レオン・マクドウェル ― は、魅力的な笑みを浮かべながら、控え室の隅にいる仮面を指差す。

「ワイや、このアンチャンと戦いたかったら、勝ち抜きィ。まぁ、どうせ勝つのはワイやけどな」

 スポーツマンに相応しい、爽やかな笑みだった。その笑顔のまま、サラリととんでもないことを口にする。
 全員がそちらに注目するが、その顔には「それは自分だ」とハッキリと書いてある。
 しかし、この意見に異を唱える者は一人も居まい。優勝する意志なくして、勝つ事等出来ないのだから。

「ハン! 寿命が延びたじゃねえか。おい、ジジィ」

 覆面が、ジャスティンに向き直る。

「まずはテメェから血祭りに上げてやる。ありがたく思えよ」

 深海よりも重く、活火山よりも熱い空気が、場を覆っていた。


其の七
登場人物 戦士達 著 煉

 同じ頃、ジーザス側控え室。

「脈拍、体温、心拍数、全て異常なし」
「精神状態も安定……パーフェクトだ」

 最新鋭の設備に、最高のスタッフ陣。そして、天文学的な額の予算。
 これらが全て、ジーザス・クライストという一個人に注ぎ込まれていた。
 そして、それを上回る金額が「超人計画」というプロジェクトに。数多くの「実験体」に。

「次の相手は……」
「ライホウ……ジャパニーズ・スモーチャンピオンだ」
「ジャパニーズ・ニクダルマか」
「そりゃいいや、今夜のディナーはポークソテーだな」

 HaHaHa……下品な笑い声が部屋にこだまする。
 その中でひとり、ジーザスだけが無表情のままであった。

「……」
「ジーザス、時間だ、出るぞ」
「YES」

 ひとことだけ言うと、立ち上がり、そのまま歩きはじめる。
 そして、ほぼ同時に、雷鳳側控え室。

「横綱、時間です」
「わかった……」
「頑張れよ!」
「ごっつぁんです!」

 控え室を出た瞬間から、頼れる者は自分ひとりだけである。
 そして、後戻りは許されない。

「それでは1回戦第2試合!」


其の八
登場人物 ?????? 著 煉

「雷鳳に千円」
「セコイ賭け方だなぁ。お前金持ちなんだろ?もうちょっとドンと賭けらんねぇのか?」
「お前、その金払えるのか?」
「………………解ったよ。俺はジーザスに千円だ。更に上乗せで万券二枚追加するぜ。」
「払えよ」
「負けたら生活費キツイんだがな……払ってやるよ」

 不謹慎極まりない会話をする男達。

「初めぃ!!」

 開始を告げる太鼓の音が響く。


其の九
登場人物 土佐&山口 著 でっどうるふ

 中央で睨み合う両者。相撲独特の低い体勢をとる雷鳳。ボクシングスタイルに近い構えのジーザス。
 先に動いたのは、雷鳳であった。一直線に、ジーザスに向かって突進する。それを横にかわすジーザス。

「どう見る?土佐ちゃん?」
「ええ……組んでしまえば、今回の出場者の中で、雷鳳関に敵う者は少ないでしょうね。」
「土佐ちゃんだったら、どうする?」
「ええ、私なら……あんな風に……」

 ひたすら突っ込む雷鳳。あくまで逃げるジーザス。

「なるほど……スタミナ切れを待つ作戦か。」
「ええ、力士の中では軽量とはいえ、雷鳳関の体重は、参加者随一です。しかも、相撲という競技自体、長時間動き回ることが少ないわけで……」

 その時。雷鳳が動きを止めた。
 そして次の瞬間。

「……!?」
「なんじゃ、ありゃあ……」

 雷鳳が構えを変えたのである。
 相手に向かって斜に構え、両手は握らずに顔の前に出す。

「無謀だろ?奇策に走るつもりか?」
「それもあるかもしれませんが……それにしても、改めて見ると……」

 突き出た腹や、脂肪をまとった腕のかわりに、引き締まった筋肉。
 専門用語でいう「ソップ型」の体型。
 改めてみると、雷鳳の体は、相撲取りというより、通常の格闘家に近いものに見えた。

「いけるかもしれませんよ……」

 これを見て、逆につっかかっていったジーザス。慣れない構えに勝機を見出したのであろうか。
 接近してきたジーザスにミドルキックを放つ雷鳳。ガードするジーザス。

 バシイッ!!!

 凄まじい音が会場中を震わせた。

「おいおい……あれが相撲取りの蹴りか?隠れて空手か何かやってたんじゃねえのか?」
「いえ……おそらく、経験も何もないでしょう。雷鳳関の身体能力のなせる技でしょうね。」

 遠距離戦はかえって不利とみたか、さらに接近するジーザス。ボディブローを叩き込む。
 それをガードもせず、平然と受ける雷鳳。お返しとばかり、顔面に掌打を放つ。相撲取りなら「張り手」と言うべきであろうか。
 防ごうとするジーザス……が。

「!!??」

 次の瞬間、ジーザスは吹っ飛ばされ、壁に激突した。


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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