臥龍伝説 〜戦鬼伝〜


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第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話


其の拾壱 隠し玉
登場人物 酒神了&臥龍郭斗&傍観者達

 酒神がジャブを放つ、臥龍は大きめの動作でそれを避ける。
 直後酒神の拳が開かれ臥龍の頭部を横へ弾く。
 肉体が横へずれたかと思うと、再びその頭が天へ上る。
 横倒しにした頭を、酒神が膝で蹴り上げたのだ。

「上手いな。酒神の野郎……流れを一気に自分のモノに引き戻しやがった」

 山口が心底忌々しげに吐き捨てる。

「えぇ、おそらく酒神さんは二度とあの髪を使わないでしょう」

 それに応える土佐も、今一釈然としない表情だ。

「髪の毛一本で戦局を自由にする。まさに悪魔だよ、アイツは……」

 山口の視線は動かない。臥龍と酒神の戦いを凝視するのみだ。
 その戦況は、臥龍にとって芳しいモノでは無かった。
 一寸の間合いで見切っていた拳が、先程よりも大きな形を持って避ける様になる。
 気配で反応していた死角からの蹴りを、視線で確認してからかわす様になる。
 先程までかわせたフェイントが、一瞬の遅れを持ってしてかわせない。
 これらの結果は全て、酒神の一本の髪が招いた結果だった。
 別に、深手だったと言う訳では無い。髪に負わされた傷は、かすり傷に過ぎない。

「ただ、絶対素手と安心していた心に付け入った一つの髪の毛。それで、郭斗君は安心出来なくなった」
「どの攻撃にも、素手以外の隠し玉が存在するかもしれない。その迷いが、反応を一瞬遅らせる」

 土佐は腰に携えた刀を握りしめている。山口も奇妙な腕輪を弄んでいる。
 二人とも、今にも飛びかかりそうな雰囲気だ。

 だが、二人は動かない。
 もし臥龍が一言でも抗議していたなら、二人は酒神に真っ向から立ち向かっただろう。
 しかし、臥龍はそれを無言のまま受け入れて見せた。これでは、二人が入り込む隙はない。
 たとえ、この先臥龍が不利になるのが、誰の目にも……当の臥龍の目にも、明らかであったとしても。
 目前では、酒神の流れ水のような連撃に、臥龍が翻弄され続けている。

「ふざけやがって……」

 その言葉は、誰の耳に届いたろう?
 臥龍が拳を繰り出すが、酒神は胸を反らせてその拳を無力化する。
 光が弾けた……


其の拾弐 ジョーカー
登場人物 隠し持つモノ達

 臥龍の拳から光が発せられた直後、酒神の反らせた肉体が背後に弾かれ、後ろに倒れそうになるが、酒神は重心を落としてかろうじて堪える。
 体勢を崩した酒神に、臥龍が渾身の蹴りを放つ。しかし、それはあまりにもモーションが大きすぎた。いかに体勢を崩して居ようと、それ程の大振りを酒神が受ける様な事は無い……と、誰もが思ったその時。

 バキィッ!!

 酒神の側頭部に臥龍の右足が吸い込まれ、まるでビリヤード球の様に弾き飛ばされる。
 そのまま脇の松林に突っ込んでいく酒神。

「蛟小流」

 腰を落とした臥龍が小さく呟いた。林の中へ追い打ちはかけない。
 待っているのだ……と、見届け人達は解釈した。
 視界の利かない林の中に入れば、酒神の待ち伏せを受ける可能性がある。
 傷ついては居ても酒神咬神流の正当後継者。悪状況におけるゲリラ戦はお手の物だろう。
 だからこそ、松林には踏み込めない。手負いの獣の巣へ自ら飛び込んでいく様な物である。

「五本の指で放つ小型の『臥龍咆吼』か」

 不意に、林の中から声が響いた。

「あぁ。コイツが俺の切り札ジョーカーだ……」

 技の正体を見破られたことを、さも当然の如く受け止める臥龍。

「いつまで三味線弾いてるつもりだ?
 少しばかり小技を使ったぐらいで、俺に勝てると思ってんのか酒神ィ!!」

 空気のみならず、草木までも揺らす。それはまさしく臥龍の咆哮。

「俺が見たいのはお前のチンケな技術じゃねぇ! お前の……咬神流の全力だ!!」

 怒号の中、平然と松林から出てくる酒神。

「咬神流の無限の力……その底を見せろってのか?」

 服の上から見て取れる程、酒神の全身がパンプアップしている。

「そんなに死にたいなら、見せてやるよ」

 両者が腰を落とし、闘気を……殺気を充実させて行く。

「コイツが、俺の玩具ジョーカーだ」

 酒神の姿が、その場に居る全員の視界から、消えた。


其の拾参 巣
登場人物 土佐遼&山口狭士&魔斗災炎

 足音が一つ。いや二つ。それから打撃音。
 それが、傍観者三名に知覚出来た全てだった。

「グッ……」

 呻き声らしき物が聞こえた場所に、臥龍郭斗の姿は無かった。直後の激突音。

「消えた?」
「あそこです!!」

 二人の言葉は、全てが終わってから発せられた。
 先程まで、酒神の立っていた松林。その中に、臥龍は放り込まれていた。

 ……動けない……

 ……冷や汗すら……流せない……

 ……動いたら……死ぬ

 両足を肩幅に開き、自然体のまま、臥龍は止まっていた。

「お、おい郭斗……」
「いけません山口さん!!」

 土佐の警告と、山口の指が寸断されるのは、まったくの同時だった。
 気配も、音も、痛みも無く、只、その松林に入り込んだ指先だけが、山口の肉体から、消えた。
 直後に襲ってくる激痛。

「う……ぐ………」

 傷口を抑えうずくまるが、悲鳴は上げない。戦場での生活が、山口の肉体に染み付けた習慣。
 そして、山口も覚った。この松林の中には、殺気が満ちている。気配が無いのではない。大きすぎて、感じ取れないのだ。
 これ程の殺気の中で、不用意に声を上げるほど、山口も愚かではない。

「咬神流の『結界』と言う奴か。不用意なモンぢゃの。どれ、見せてみぃ」

 のんびりと歩いて来た魔斗が、山口の傷に何かを塗る。血が止まり、痛みが消える。

「今は応急処置ぢゃしの。後でゆっくりと治してやるわい」

 魔斗はすぐに顔を上げ、戦いの行方を見守らんと……

「結界? そんな生易しいモンじゃねェよ……」

 傷の痛みから立ち直った山口が、自嘲気味に呟いた。

「これは巣。咬神流と言う数万年の月日の中作り出されて行った、残忍な龍の巣だ……」


其の拾泗 銀
登場人物 臥龍郭斗&酒神了

「これだけかよ」

 臥龍が、呟いた。未だ動く事も出来ずに居ると言うのに。

「これだけなのかよ」

 たとえ真なる闇に取り込まれようと、龍は臆さない。その強き心身で、全てを貫くのみ。

「たったこれっぽっちが、咬神流の『無限の力』なのかよ?」

 臥龍郭斗……この男もまた、龍。

「随分と浅い底だな」

 闇に潜む龍は、人が使う音をもってしては応えなかった。
 骨の折れる音が聞こえた。どうやら、臥龍の左腕らしい。
 肉が裂けた。臥龍のわき腹だったようだ。
 後に残ったのは、銀の軌跡のみ。

(………なんだこれは!?)

 土佐が、山口が、魔斗が、状況を把握するより早く、再び二撃。臥龍の左腕を再び砕き、次に肋骨を砕いていく。
 そこでようやく、衝撃音を認識する。まるで10tトラックが正面衝突したような音だ。
 認識した時、また二撃。いや、四撃。いやいや六撃。そこまでで、数える事をやめた。認識よりも、人間の思考よりも、鍛えぬかれた反射神経よりも、神の如き予測能力よりも速く、その攻撃『らしき物』が音を響かせる。
 例えるならそれは、ヴァルカン砲であろうか? いや、この比喩もまた正確ではない。ヴァルカン砲の一撃が、戦車砲よりも強いはずが無い。
 何故臥龍は、立っていられるのだろうか?
 ようやく、傍観者三人はその結論に達する。
 だが、答えは出ない。今解る事はただ一つ。

 後一秒も過ぎる前に、臥龍郭斗は死ぬ。


其の拾伍 加速
登場人物 臥龍

(まずいな。こりゃあ)

 臥龍郭斗の思考は、加速していた。

(ここまで速いたぁ、予想外だぜ)

 人間の尺度で言う、数百分の1秒、いや、それ以下の時間で、臥龍の思考は、形を成す。そして、加速する。

(こうなったら。いや、待てよ)

 やがて、言語の形を超え、加速する。

(だが、奴ぁ)

 加速する。

(………………)

 加速する。

 加速

 炸裂音が響き、死合はその時を持ってして、決着した。


其の拾陸 月光
登場人物 生存者

 爆音が聞こえ、土佐と山口の間を一つの肉体が突き抜けて行く。
 激突音が響き渡り、次に肉塊が砂地に突き刺さる音が響く。
 そして死闘は決着した。
 何が起こったのかを、聞く者は居なかった。誰も、声を出さなかった。
「見えたか?」
「いいえ。でも、観得ました」

 その場に居た者で、それを視認出来た者は居ない。だが、何が起こったのかを、知らない者も一人として存在しなかった。
 土佐と山口は、無言で瞳を閉じた。魔斗もそれにならう。
 そうすれば、いつでもその場面を浮かべる事が出来る。
 あの一瞬、酒神は止めの一撃を放った。サウンドバリアを貫く爆音を響かせながら。
 郭斗はその一撃に合わせた。拳が音の領域を超え、こちらも爆音を巻き上げる。
 結果は、お互いが渾身の一撃を食らう事となる。
 そして、一人は竹林を弾き出され、首を折り、脳髄を潰され、息絶えた。その男が、敗者である。

「もう、覗き見は終りですか?」

 影から、二つの人影が姿を現す。いずれ劣らぬ傾国の美女。
 一人は闇夜に溶け込む漆黒の髪と黒い瞳を携えた、物静かな女性。酒神魅夜。
 一人は燃えるような赤毛に褐色の瞳、名の通り炎を纏った女性。神谷炎。
 酒神了の二人の母である。

「えぇ。死合は終ったわ」

 炎が砂を蹴りながら進み出る。

「ほぼ、予想通りの結果ね」

 魅夜は静かに歩み寄る。
 土佐遼は無言で返す。松林に入り、勝者に肩を貸す。
 魔斗もまた無言のまま、勝者に治療を施す。
 土佐は、痛みの納まった指をそっと撫で、頭を巡らせた。
 彼等の視線の先には、二度と物言わぬ肉塊がある。

 月明かりが静かに、風に揺られる銀髪を照らしていた。


其の拾漆 歴史
登場人物 ???

 始めに、一人の神が居た。
 その神は、巨大な肉体と、莫大なエネルギーを受けとめ、蓄積し、放出する事が出来た。しかし、それ以外の力を一切持たなかったが故に、彼は神々の中でも末席に置かれていた。
 彼は、ありとあらゆるエネルギーを受けとめた。その中には、彼らが生み出した脆弱な生き物―人間―のエネルギーもまた、存在した。そのエネルギーを、脆弱な生き物は『心』と呼んだ。それを受けとめているうちに、そのエネルギーは、彼自身をも変えた。即ち、彼もまた『心』を持った。それは、神にしては随分と俗物的な、他の神々とは、一味違う『心』を。
 だが彼は、その『心』を実行に移すための力を持たなかった。
 数千年も、己の境遇に嘆き、悲しむと言う『心』を味わったであろうか? ある時彼は、彼らが生み出した脆弱なる生き物の中に、奇妙な『種』が存在する事を知った。脆弱な肉体を鍛え、彼らへと近づき、超えようとする『種』。
 神々は、その『種』達に怒り狂った。いや、神の観点で怒りに相当する感情と言うべきだろうか? 生み出された存在が、自分達を超えようと言う傲慢な考えに。同時に神々は、その『種』を恐れた。その生き物には、脆弱な肉体の替わりに、無限とも言える『可能性』が与えられていたため。いつかその生き物が、自分達を超える日が来るのでは? それが、彼らの恐怖であった。
 しかし、一部の神々が、その『種』を守った。生み出した物を守ろうと言う、人が言う『愛』によく似た感情で、あるいは、それ以外の何かを持って。
 『種』を守った神々には、彼も混じっていた。

 『種』は、彼にとっては非常に都合が良かった。
 ほんの少し、彼らの因果律を操作してやるだけで、『種』は彼の思い通りになった。
 無限の可能性、その一部を引き出し、そして死する時、『種』は限りなく神々へと近づいた。その近づき、果てた肉体に彼のエネルギーを注ぎ込み、己が私兵とする事は、数億年の月日を経た彼にとってそれほど難しい事では無かった。
 私兵の力を使い、彼は神々の上位へと食い込んだ。しかし、人の『欲』を得た彼は、それだけでは満足しなかった。そして……

 二十数年前。
 その男達は、時を同じく、母を違えてこの世に生を受けた。
 神々の祝福を受け、その生き物が持つ可能性を引き出す才を与えられ。
 時は流れ、男達はその才を見事に使いこなし、素晴らしいまでの可能性を引き出した。それら全てが『彼』の計画の内にあるとは知らずに。
 彼の器として生み出された男達。名を、酒神了、そして臥龍格斗と言った……。


其の拾捌
登場人物


其の拾玖
登場人物


其の弐拾
登場人物


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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