「何なんだよ。コイツ等……」
殺気をぶつけ合う二人を見て、山口狭士は呻くように呟く。
二人の殺意は、殆ど物理的な刃に近い物となって、間にかわされ続けている。常人なら、無意識に、近づきもしないだろう。仮に、この場に居たとしても、即座に背を向けて逃げ出すか、気を失っているはずだ。
「これだけの殺気を、あの若さでどこに隠してやがんだよ……」
「それだけじゃありませんよ」
先に到着し、観戦していた土佐僚が返す。
「私には見えます。二人の凄まじい殺気が、形となってもう何度も戦っているのが……」
山口は慌てて土佐の方を見やる。土佐は、二人の間を凝視したまま動けない。その額には、氷のように冷たい汗が流れていた。
「初戦、酒神さんは青龍の構え、郭斗君は構え無し。
無手からの高速拳を繰り出す郭斗君に対して、捌いた後のカウンターを入れる酒神さん。それが数度繰り返された後、郭斗君が渾身の一撃を放つ……それを読んでいた酒神さんは、肩口に掠らせながらもカウンターを合わせようとする……
しかし、郭斗君の攻めはそこで終わらなかった。渾身の一撃すら囮にして、酒神さんのカウンターに合わせた左……言うなれば、カウンターに対するカウンター……
対戦相手気絶による勝者、臥龍郭斗」
淡々と説明する土佐。山口は、寒気を覚えた。
(殺気だけで喧嘩する奴等も奴等だが、それが見える奴も見える奴だ……化け物共め)
「第二戦、酒神さんは白虎の構え、郭斗君は再び無手。
今度も郭斗君から仕掛ける。臥龍咆吼と同時に飛び、上下同時攻撃。対する酒神さんは、臥龍咆吼を避けず、最小のダメージで肉体を通過させる。そのまま上空に飛び、郭斗君の耳に両手で空気を叩き込む。信じられないほどの空気圧が三半規管を狂わせ、数秒の行動不能に陥る。そこで、腹部へ渾身の一撃。
折れた肋骨が、肺、心臓を突き破り、郭斗君は死亡。勝者、酒神了……」
土佐は、背筋が凍る感覚を受けた。酒神は、臥龍咆吼を真正面から受けて見せたと言うのだ。避わせないと解ると、臥龍本人の攻撃と、咆吼の威力を瞬時に見比べ、小さい方を取る。
その理論自体はさしておかしい物ではない。しかし、相手は臥龍咆吼……臥龍の切り札である。それを受けてさらに反撃するだけの力があるなどと、誰に想像できるだろうか。
「第三戦、ここで郭斗君が初めて構えを取る。前羽の構え。酒神さんも、玄武の構えで対抗する。
互いの防御態勢では、どちらも攻撃を仕掛けられず。しばしの間動かずにいます。最終的に、二人同時に仕掛け、拳一つほどの空間しか無い超接近戦に持ち込みます。
消耗戦になり、最終的には体格差に軍配が上がります。対戦相手戦闘不能による勝者、臥龍郭斗」
話の主役二人は、未だに見合ったまま、見えない戦いを続けている。
「第四戦、酒神さんは朱雀の構え、郭斗君はボクシングスタイル。
初手に奥義『朱雀の嘴』を撃ちます。郭斗君はそれを受け流し、無防備な喉へ手刀を打ち込もうとします。しかし……」
半呼吸分、土佐の言葉が止まる。信じられない物を見たような目をしている。
「できるんでしょうか? こんなことが……
酒神さんの攻撃はそこで止まらなかった。手刀よりも速く、第二撃の左後ろ回し蹴りが手刀をはじき飛ばし、そのまま第三撃の右回し蹴りが延髄を砕く……脊髄が完全にへし折れ、死亡。勝者、酒神了」
土佐が震えている。彼等が知る限り『朱雀の嘴』と言うのは、第二撃を考えぬ一撃必殺の攻め。しかし酒神は、その上を行ったのだ。
「それこそが、酒神了オリジナル『トリコロール』ぢゃよ」
唐突に声がかけられる、声の主は招かれざる客。魔斗災炎。
「我輩とて一度人伝に聞いただけぢゃが、間違いなかろう」
「トリコロール……朱雀、白虎、青龍のコンビネーション……なるほどな」
山口が納得したように頷く。だが、理論で理解できても。現実的に想像は出来なかった。
全員が脊髄につららを射し込まれたような感覚の中、土佐が続ける。
「第五戦、これが今かわされてる死合です。
互いに構え無しの自然体。
郭斗君が臥龍咆吼を放ち、接近戦に持ち込む。酒神さんは咆吼を飛んで避わし、そのまま上空から踵落とし。しかし、郭斗君は再度臥龍咆吼。空中で身動きのとれない酒神さんはそのまま顔面にくらいます。そこへ追い打ちの乱打……ホンの数瞬の動きと、初撃のダメージが明暗を分け……対戦相手戦闘不能、勝者、臥龍郭斗……………!!!!!!!」
土佐が途切れ途切れの言葉をそこまで紡ぎ終わった所で、空気が動いた。