世紀末険王伝


其の拾伍 其の拾陸 其の拾漆 最終話


世紀末険王伝 其の拾伍
登場人物 アンディ&水形京 著 煉

 観客全ての耳に、獣の咆吼が聞こえた。
 しかし、それはあり得るはずのない音である。
 なぜなら、その声を上げているはずの少年二人は、歯を食いしばり、相手の拳に耐えているのだから。
 しかし、観客の耳にはハッキリとその声が聞き取れる。
 永遠とも思える時間の後その声が止んだ。

 そして、転機が訪れた。
 水形の拳が、アンディの顎を捕らえた。脳を揺さぶられ、一瞬の行動不能に陥るアンディ。
 肩を回転させ、まるでつるべのように両の拳を繰り出す水形。アンディの頭部が、左右に弾かれる。
 水形は、笑っていた。勝利の笑みだろうか? それとも、人を殴ることに対する快感の笑みだろうか? あるいは、もっと別の……
 弾き飛ばされたアンディが、コーナーに追いつめられる。腰が落ちる。
 水形が、止めの一撃を加えんと、右を打ち下ろす。

 打撃音が響いた。アンディの顔は、笑っていた。


世紀末険王伝 其の拾陸
登場人物 アンディ&水形京&………α 著 煉

 両者が、崩れ落ちた。レフェリーがカウントを始める。

「何だったんだ、今のは?」

 観客がざわめく。今の一瞬に何が起こったのか、未だ理解できないで居るのだ。
 しかし、彼等の瞳は確実に目撃していた。その瞬間の出来事を。

 水形の右が振り下ろされた瞬間、アンディは全身のバネを使い、水形の顎へカウンターのライトフックを打ち込んだのだ。それも、下からの動きと筋力を加えた脳を縦に揺らすパンチを。
 コンマ数秒、先に拳を当てた方が勝利を手にするカウンター合戦だった。入ったのは……両方。
 脳を縦に揺らしたアンディの拳は、水形のこれまでの打撃を帳消しにする威力を持っていた。しかし、水形の拳もまた、アンディの意識を根こそぎ刈り取るだけの威力を抱えていた。
 結果として、両者は崩れ落ちた。

「1! 2! 3!………」

 レフェリーはカウントを続ける。先に立ち上がり、ファイティングポーズを取った方が勝者となる。

 観客がざわめいた。カウントが止まる。

 両者ともに起きあがり、まだ戦おうと拳を構えにかかる。しかし、足下はおぼつかず、腕も宙を薙ぐだけで形にはならない。しかしその瞳だけは、眼前の敵をしっかりと見つめている。
 腕が、ピーカブースタイルに構えられた。
 一歩、二歩と間合いを詰める二人。それを見つめるレフェリー。
 後数cmで、互いの制空権に入る。

 ゴングが激しくかき鳴らされた。


世紀末険王伝 其の拾漆
登場人物 アンディ&酒神了 著 煉

 医務室で、一人の青年が眠りについている。
 その表情は穏やかで、今し方までの激しい戦いを微塵も感じさせない。
 その瞳がゆっくりと、開く。

「やっと目を醒ましたか……」

 青年以外にただ一人、その場に残っていた男が声をかける。
 青年がゆっくりと頭(こうべ)を巡らし、青年の姿を瞳に写す。

「……そうですか……」

 青年は小さく呟き、何度か拳を握り固める。

「そう言うことだ」

 男はそれだけを言うと、立ち上がり、部屋を出ていく。

「………師範代!!」

 青年が叫ぶ。男は足を止める。

「次の戦いは………いつですか?」

 悪魔が、微笑んだ。


世紀末険王伝 最終話 新たなる修羅
登場人物 天才&天才 著 煉

 控え室の扉が、ゆっくりと開かれた。そこに現れる、銀髪の男。

「先生……」

 その姿を見た少年が、今にも消え入りそうな声で男を呼ぶ。

「すいません……」

 少年が深々と頭を下げる。男は、微笑みを崩さず部屋へ入り込む。
 扉は、開け放たれたままだ。

「俺に謝るモンじゃない……」

 男の唇が、苦笑の形に動いた。だが、瞳は笑っていない。

「お前は今回、一つの教訓と、一つの報酬を得た……」

 少年は、驚いた様に男を見やる。

「戦いを楽しむ心と、その喜びに身を任せ、我を忘れてしまう事だ」

 責める様な、笑うような……言うなれば、他愛ない子供の悪戯を叱る親の様な口調だ。

「アウトボクシングに徹すれば、勝てたかもしれない。運悪く捕まって負けたかもしれない」

 少年は目を伏せ、喉の奥で師の言葉を反芻する。

「今日のは、ボクシングじゃありませんでした」

 噛みしめるように少年が呟く。

「あぁ。ありゃあ只の喧嘩だ」

 あっさりと、叩きつける様に返す男。
 少年の唇が噛みしめられる。

「喧嘩とボクシングに必要な物は、全くと言って良い程差がある」

 少年の様子を意に介した風もなく、男は続ける。

「ボクシングに必要なのは、技術と、それに裏付けられたパンチ力だ。だが、喧嘩に必要なのは、何よりも……」

 ここで一旦、男は口を止め、少年の様子を見やる。相変わらず俯いたままだ。
 男は口元を綻ばせる。この時の少年は、男の言葉を注意深く聞き取り、その全てを物にするからだ。一見すると外の言葉が耳に入らない様な様子だが、少年がスポンジのような吸収力を発揮する時の癖なのだと、男は解釈している。

「何者にも負けない、度胸だ。だが、これが戦闘に変わると、また少し違ってくる」

 アマチュアとは思えないほどの殴り合いの後だと言うのに、これではまるで説教か授業である。普通は休ませる方が先決のはずだ。だが、男は目的のためにそれをしない。少年は、休もうにも心が休ませてくれない。

「1に守備力、2に攻撃力、3に胆力だ。戦闘では、勝利する事よりも生き延びる事が重要となり、そのために先手が必要になり、最後に引き際と攻め際をわきまえ、動く度胸と臆病さが必要になる」

 ボクシングの講義ではない。男の目的はハッキリしていた。そして少年も、その言葉を待っていた。

「お前がこの先、必要な技術は何だ?」

 唐突な問いかけ、しかし、少年は当然の様にそれを聞き取り、頭を上げる。

「今のお前に、俺が教えられることはもう無い。だがもし、お前に必要な技術があり、それを俺から奪う必要があるのなら……」

 男は立ち上がり、ドアを目指す。

「先生はいつも、最後は僕に選ばせますね……」

 その言葉で男は立ち止まる。後数歩前へ出れば、そこは控え室から廊下へと変わるはずである。

「けれど、いつもその答えは決まっていて、僕がどう答えるかを、先生は知っている……」

 少年は、男の背中を睨めつける。男は再び歩を進め、控え室を出ていく。

「けれど逢えて、先生は僕に選ばせる。これも授業の一環ですか?」

 少年は立ち上がり、男の後を追って、戦場へと……


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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