世紀末険王伝


其の壱 其の弐 其の参 其の泗 其の伍 其の陸 其の漆 特別編
其の捌 其の玖 番外編 其の拾 其の拾壱 其の拾弐 其の拾参 其の拾泗


世紀末剣王伝番外編 「世紀末険王伝 其の壱 兄」
登場人物 酒神了&アンディ 著 煉

「師範代、マジですか?」
「マジだ」
「ボク、もう卒業してるんですよ?」
「大丈夫。別の学校の奴に変わって貰うから」
「そ、それじゃ替え玉じゃないですか!!」
「かまわん。出ろ」
「そ、そんなぁ……無茶ですよ」
「つべこべ言ってると給料さっ引くぞ!!」
「は、はい!解りました!!」

「えっと、ボクの第一回戦の相手は……あれ?健斗君が出場してる」
「何?ホントだ……まぁ、これなら階級が違うから大丈夫だろ?」
「まぁ、そうですね」
「彼がそれ程勝ち抜けるとも思いがたいし……あ、セコンドは道場の門下生から借りてきたから。俺は出ないぞ」
「え!?」
「俺が表に出ると正体がばれる可能性があるからな。じゃ、頑張れよ」
「は、はい……(ボクにどうしろと……)」


世紀末険王伝 其の弐 摘まれる可能性
登場人物 アンディ 著 煉

高校生スポーツ新人戦
 ボクシング ミドル級
  第一回戦 第六試合
 ×高宮実vs○グレアム・コウ
   1R 13秒 KO

「(今はまだ問題にならない。封具を付けていたとしても…だ。問題は、準決勝以降のカード……彼等はボクシングのためだけに体を作っている。そんな彼等に、ボクシングの試合で勝てるのか? ボクの、咬神流の技と心で………)」


世紀末険王伝 其の参
登場人物 アンディ+α 著 煉

 春期新人戦 ボクシング 準決勝前夜

「…………君は……確か明日の対戦相手の……」
「はい、赤瀬(あかのせ)です。実は貴方に折り入ってお願いがありまして……」
「お願い?」
「はい。僕は明日の試合、どうしても勝ちたいんですよ……」
「八百長の願いなら断らせて貰うよ」
「おや、解ってるみたいですね。僕はどうしても優勝したい。しかし、貴方と正面から戦って勝てるとは思えない。」
「だから八百長の誘いですか?」
「その通り。もちろん只でとは言いません」

 アンディに何かを見せる男。

「好きな金額を書き込んでください」
「買収か……」
「そう取って貰って結構です。僕は優勝したいんですよ」
「お断りする。お金じゃなく、スポーツマンとしてね」

 即答し、そのまま立ち去るアンディ。

「あーあ……まぁ、しょうがないか。君達、頼むよ……」

 準決勝前夜にしていきなり解りやすい展開。赤瀬は一体何を考えているのか!
 高々高校生の大会に優勝するためにここまでする理由は一体!?
 次回を待て!!


世紀末険王伝 其の泗
登場人物 アンディ+α 著 煉

 暗闇の駐車場。日中は人が集まり賑やかなデパートであっても。閉店後の夜間は車両の出入禁止になっている事もあって人気が無く、静まり返っている。
 その駐車場の中央に、一人の大柄な男の影。背格好や立ち居振る舞いから察するに、青年と言った方が正しいだろう。

「さぁ、ここなら邪魔が入りません。下手な尾行はおやめになってくださって結構ですよ」

 慇懃で自信に満ちた言葉と共に、あちこちから人影が現れる。
 全員が影に隠れやすい、黒系の服装である事以外はなんら統一性の無い。ただの若者であった。しかし、その表情は歪んだ喜びに満ちている。

「フム、何処の妨害か……は聞かなくても解りますね。まぁ、始めましょう」

 その言葉を合図に、各々の武器を手に飛びかかる若者達。中央に立つ青年は、両腕胸の前で組み、僅かに身をひねりながらかわしていく。
 そうしてどれくらいの時が経ったろう。青年には殆ど攻撃が当たることなく、若者達は自滅していった。そう、自滅していったのだ。青年に打ち下ろしたはずの得物が、仲間を打ち据え。同士討ちを繰り返しながら。
 若者達の内、立っている物が二人になったとき。ようやく彼等は己の所作に気付いた。しかしもう遅い。
 青年が初めて自分から仕掛け、一人が沈められるのと。彼等が逃走を決意するのは全く同時の出来事だった。

 恐怖のあまり動くこともできない最後の一人に、青年がトドメを刺そうとしたその瞬間。その気配は初めて動いた。
 まったく予測出来ない方向からの打撃を、青年は思い切り背中に受ける。
 慌てて若者にトドメを刺し、乱入者を迎え撃つために振り返ると。乱入者はすでにバイクで逃走した後だった……


世紀末険王伝 其の伍
登場人物 アンディ&赤瀬.昇 著 煉

「やぁ、Mr.グレアム」

 計量室に続く廊下で出会ったその男は、アンディ達に向かって優雅に手を振って見せた。余裕に満ちた態度だ。

「やぁ、赤瀬(あかのせ)君。昨日のあれは君の仕業かい?」

 アンディも、平然と厳しい言葉を返す。

「なんのことかな?証拠は無いよ。所で、背中は大丈夫なのかな? 随分辛そうな顔をしてるけど……」

 確かに、表情こそ平然としているものの。アンディの顔は蒼白だった。その上、さして暑くもないのに汗を掻いている。
 冷や汗なのだ。
 昨夜何者かに不覚をとったその場所 ―― 背中側肋骨 ―― には、ヒビが入っていた。

「構わないよ。拳さえ無事なら」
「まさか、パンチ力を支えるのは背筋だ。その背中では振りかぶる事さえ辛いはずだよ? 素直に棄権した方が良いんじゃないか?」

 白々しい奴だ。とその場にいる全員が思った。だが、ここで実行委員などに訴えても無駄だろう。証拠が無いし、この男なら実行委員の買収ぐらいやりかねない。それに

「辛くとも関係無い。君はボクが必ず倒す……試合でな」

 そんなことをしてもこの男を喜ばせるだけだ。試合で叩き伏せないと気が済まない。
 しかし、そんな心理も読み切ったかのように赤瀬は笑って見せた。

「解りました。では、お互い良い試合をしましょう」

 そして、謀略に長けた人間と手負いの獣の試合が今、始まる


世紀末険王伝 其の陸
登場人物 アンディ&赤瀬.昇 著 煉

高校生スポーツ新人戦
 ボクシング ミドル級
  準決勝 第一試合

グレアム・コウvs赤瀬.昇

 その試合は開始早々、観客の考えられない形で動いた。

「オオオオォォォォォォ!!!!!!!!」

 それまで、氷のような冷静さで試合を勝ち進んで来たグレアム ― アンディ ― が……吼えた。
 『ボクサータイプ』いわゆる中遠距離での撃ち合いを得意としていた彼が、これまでにない迫力で接近戦を挑んでいく。
 対する赤瀬は、冷静な瞳でグレアムを見つめカウンターを合わせるタイミングを見計らっている。
 牽制(ジャブ)も無しに打ち出されたグレアムの右ストレートが赤瀬の頬をかすめる。観客席まで届く風圧にひるみ、一旦距離を置いて勢い止めのジャブを打つ赤瀬。それでも突進を止めず、遠距離からもストレートを打ち込むアンディ。しかし、赤瀬はそれら全てを冷静にブロックする。

(なんてパワーだ。風圧だけで顔面が変形するかと思ったぞ。ブロックしても腕が折れそうだ……誘うか)

 一瞬手を止める赤瀬、誰がどう見てもカウンターを狙っている。それでも躊躇なく手を出すグレアム。

(右を使いすぎだよ。しかも遅い。タイミングが見え見えだ)

 血とマウスピースが、観客の頬を汚した。
 悲鳴と歓声が上がる。
 立っていた者……勝者がリングの外に向かって母国語で声を掛ける。

『貴様のような卑怯者に【ボクサーの聖域(リング)】に立つ資格は無い!!』

 意味を理解できぬ観客達は、その声と瞳の迫力にただ、湧いた。 

 ○グレアム・コウvs×赤瀬.昇
   1R30秒 KO(リングアウト)


世紀末険王伝 其の漆
登場人物 アンディ&酒神.了 著 煉

「これは……」

 アンディは、次の対戦相手……つまり決勝を当たる人物の試合のビデオを見せられていた。

「『水形京(ミナカタ・キョウ)』16歳。少年時代はどちらかというとひ弱な方で、12歳の頃父の薦めでボクシングを初める。その後メキメキと才覚を現し、現在ではジムでトップクラスの選手となり、プロになっても十分通用すると言われている」

 酒神が少年の経歴を読み上げる。画面では、少年の準決勝での試合が中継されている。圧倒的優勢で、JAC所属の『高真 慶兎(タカマ・ケイト)』を下している。

「彼の経歴や家族構成を見る限り、特殊な血を引いている様子も、ドーピングの疑いも、特殊な人間に指導を受けた様子もない。
 すなわち、いわゆる『超人』の類である可能性は全く存在しない。しかし……」
「純粋に、強い」

 アンディの頬を冷や汗が伝う。

「JACを下すなんて……」
「いや、それ程不思議じゃない」
「?」
「JACの彼……高真慶兎は、トータルファイター志望だそうだ。つまり、彼の肉体はボクシングのために作られたわけじゃない。当然、無駄な筋肉も多く付いているし、動きの質もボクシングのそれとは異なる。
 対する水形は、ボクシングのためだけに産まれたような、理想的な体型と筋肉のバランスをしている」

 淡々と説明する酒神。沈痛な面持ちでその言葉を聞くアンディ。

「ボクシングの試合として、コイツに勝つのは至難の業だと見て間違いないだろうな……
 ま、頑張れよ」

 無責任極まりない言葉を残して、部屋を出ていく酒神。
 このビデオも、プレッシャーをかけるためだけの物だったのではないだろうか?そんな風にすら思えてくる。

(ボクは……この少年に勝てるのだろうか?)

 そして、決勝戦の幕が開ける……


世紀末険王伝 特別編 「もう一人の天才」
登場人物 水形.京&水形の家族&……? 著 煉

(恐い……)

 少年は、恐怖していた。

(相手は咬神流の化け物なんだろう? 力を封印してあるとはいえ、なんらかの拍子でその封印が破れたら……)

 少年の脳裏に、女子の剣道、柔道、レスリングでの風景が思い浮かび、全身に寒気が走る。

(あんな風にはなりたくない! あんな化け物とは戦いたくない!!)

 恐怖……彼は幼少時代から、歳の離れた暴君である兄の影響を受け、非常に臆病な少年であった。
 人の顔色を見て行動し、細々と人のためにその身を使う。
 彼が悪ガキ共に目を付けられるのは、半ば当然の事であった。
 毎日のように奇妙な怪我をして帰ってくる少年を、母は問いつめるが、少年は何も答えず。その中身を察して居るであろう兄も、少年の弱さに苛立ちを感じ、暴力を振るうのみであった。
 少年期に受けた苦痛の記憶は、彼に、暴力に対する絶対的な恐怖を植え付けていった。

「恐いのか?」
「お父さん……」

 唐突に部屋に入り込み、少年に声をかけてくる男。父である。
 特に高いポストに付けている訳でもない。平凡なサラリーマンの父。しかし、誰にでも優しく、ほがらかなその人柄は、常に人を引きつけた。
 父の優しい性格を受け継いだ少年は、そんな父が大好きだった。
 自分の弱さが嫌になった少年は、ある日、唯一の味方である父にこうぼやいた。

『お父さん。僕、強くなりたい』

 父は黙って、読みかけの新聞に載っていた広告を見せた。
 それが、少年とボクシング……そしてその男との出会いであった。

「先生が来てるよ」

 元来口数の少ない父は、それだけ言うと部屋を出た。父と入れ替わりに入ってくる男。

「部屋を暗くしてると、余計なことまで考えちまうもんだ」

 男は、少年の正面に座り、赤い神秘的な瞳で少年を見つめた。

 しばしの沈黙

 それを破ったのは、男の方だった。

「アンディが恐いんだな?」

 少年は、何も答えない。しかし男は、それも当然と言った顔で言葉を続ける。

「無理も無いな。あれだけの試合を見せつけられて、咬神流の神話まで聞かされてるんだから」

 少年が、男の方を見る。

「確かにアンディは強い。実戦になったら、たとえ封具をしていても君に勝ち目はない」

 男の言葉に、少年は身を竦める。

「だが、明日君がするのは、実戦なのか?」

 少年は頭を上げ、男を見返す。

「大丈夫。君はコト『ボクシング』と言う競技に置いて、俺が誰よりも強く鍛え上げた存在だ。リングの中に置いて、君が負ける要素は全く無い」

 自信に満ちあふれた男の言葉。その不思議なカリスマは、周囲のもの全てに伝染して行く。
 少年すら、例外ではない。

「俺は今でも、君をボクシングの天才だと信じている」
「先生……」
「自信を持て。君は、最高の生徒だ。明日の試合でも、最高の『ボクシング』をすれば良い。それだけで君は勝てる」
「…………ハイ!」

 少年の瞳に、新たな自信が宿っていた。
 そして、決戦の朝がやってくる……


世紀末険王伝 其の捌
登場人物 水形京&アンディ 著 煉

 地区予選とは思えぬ程の大観衆。その中には、将来有望な選手をスカウトしようと、各大学と企業の人間も多く含まれていた。
 いずれにせよ、たかが新人戦地区予選に置けるような人数ではない。それ程、この日戦う二人に注目している人間が多いと言うことだろう。
 まるでプロの試合のようなざわめきの中、その日の主役が入場してくる。二人とも、穏やかな、落ち着き払った表情をしていた。
 やがて、その時を知らせるゴングが鳴り響き。会場全体が静まり返る。
 少年達は、ジャブで互いを牽制しながら、注意深くリング中央をぐるぐると回っている。

(やはり強い。彼に勝てるのか? いや、勝てるとあの人が言った。勝たなくてはいけないんだ!!)

 先に仕掛けたのは、水形だった。素人目にも鋭く映る、ワン・ツーのコンビネーション。
 観客を含む全員の心の中で、本当のゴングが鳴り響いた。


世紀末険王伝 其の玖
登場人物 アンディ&水形京 著 煉

((強い!!))

 水形のワン・ツーに始まった壮絶な撃ち合い。
 二人ともが一撃一撃に渾身の力を振り絞っていた。
 重量級の一撃一撃が、炸裂音となって当たりに響きわたる。一撃毎に跳ね上がる首。
 マウスピースは既に弾け飛び、口内を切った血、潰れた鼻から弾け飛ぶ血、そして汗。
 それら全てが拳に運ばれて観客を汚す。しかし、誰も避けようとしない。
 どちらが先に倒れてもおかしくはない。一般の人間ならとうの昔に意識を失っているはずだ。

 炸裂弾が弾け飛ぶような音の中。第1R終了を告げるゴングが響きわたった。体を使って止めるレフェリー。

(やはり強い。一撃毎のパンチ力は完全に僕を上回っている。しかし……)

 第2Rが始まる。ゴングと共に走り出すアンディ。しかし……

 パァアン!!

 風船が破裂したような音が伝わり。アンディの突進が止まった。

(至近距離で全力で打ち合うばかりが、ボクシングではないよ)

 先程とは一転して、アウトボクシングに持ち込む水形。場内が静まり返る。
 一定のリズムを保ち、そこから放たれるジャブはアンディのリズムを崩す。

 華麗………その一言に尽きるボクシングだった。
 遠距離からのジャブは、軽量級のフィニッシュブロー並の威力を持って、アンディの急所へと突き刺さる。
 同じく遠距離戦に応じたアンディも。水形の華麗な拳に舌を巻く。

 水形の左が、アンディの顎を捕らえた。一瞬アンディの瞳が宙を彷徨う。
 コンマ数秒の時間であったが、水形はその空白を見逃さなかった。
 一瞬にして接近戦に持ち込み、ボディに全体重を乗せた一撃を放つ。体をくの字に曲げ、苦悶の表情を見せるアンディ。
 その空間に乗せた第二撃が放たれる。耳裏への一撃。それはテンプルとは比べ物にならないほどの即効性を持って、アンディの意識に空白を送り込む。

(トドメ………!?)

 誰もが最後の一撃を意識した瞬間。水形は飛び退いて距離を開いた。

(なんだ、今の寒気は!?)

 トドメの一撃こそ無かったモノの。数瞬の間に交わされた風のような動きに、再び観客は沸いた。


世紀末ケン王伝 番外編
登場人物 ナーシャ&高木&山岸 著 カラス

「あの水形って子、結構すごいわね〜。……もし戦うとしたらさ、どうやって戦う?」
「そやな〜……ワイやったら、バイクで轢くわ」
「………何で、そういう結論が出るのかな〜」
「いや、それで正解だろう。わざわざ相手の土俵でやりあうことはない。相手の力を封じ、自分がフルで戦えることが大事なのさ」
「じゃあ、ボクシングで……なら?」
「そら簡単やわ。そもそも、やりあったりせえへんって」
「聞かなきゃ良かったかな……」


世紀末険王伝 其の拾
登場人物 アンディ&水形京&………? 著 煉

(強いな……まさに天才だ)

 アウトボクシングに徹する水形に押されながら、アンディは冷静に現状を考えた。

 誰の目から見ても完全なアンディの劣性である。
 しかし、所詮は序盤戦。重量級であれば、まだいくらでも勝機はある。
 体格差もパワーも、アンディに分がある。実戦経験では比較にならないほどの差があるだろう。
 しかし、ボクシングと言う土俵に置いては、アンディは所詮素人程度のキャリアしか無いのだ。
 それをひっくり返すには、より実戦に近い乱打戦に持ち込む必要があった。それ故の突進である。
 しかしそれも、アウトボクシングに徹されてしまえば即座にメッキが剥がれる。

(どうすれば良い? どうすればこのキャリアを埋められる)

 一瞬の思慮の迷い。そこに、僅かな隙が産まれた。
 顎への一撃。思考が停止する。
 続いてボディ。肺と心臓が、一瞬だけその働きを弱める。腹部から這い上がってくる、巨大な死の影。
 そこへ打ち込まれる、より確実の死の影。
 続く一撃は、アンディの意識を根こそぎ刈り取る事になるだろう。

(なんだ、まだ死んでねぇや)

 アンディの意識の、遥か遠くから、その声が響いた。

(死んでないなら大丈夫。先に殺せば良い)

 シンプルな思考。そして、意識はその思考に反応した。
 全身の細胞に、その思考を反映させる。
 水形が飛び退いた。
 それだけで、全ての答えが出た。

 ゴングが響いた。


世紀末険王伝 其の拾壱
登場人物 アンディ&水形京&………? 著 煉

「間違いなく。彼は……」
「喋るな! 体力回復に勤めろ!!」

 インターバル中の喧噪。言葉を止める水形。
 ありきたりの助言しか出せないセコンド。それを聞き流す水形。

(あの一瞬、殺気で身が竦んだ。止めを待つだけの躰で、あれだけの殺気が出せるなんて……)

@       @       @

「大丈夫。ポイントリードなんて重量級じゃ大した意味はない。一撃で勝負を決めるつもりで……」

 方やアンディのコーナーでは、誰にでも解る事を言っていた。
 それ以上は必要が無いのだ。

(パンチ力も有り、一切の隙がない。彼は天才なんて甘い物じゃない……)

@       @       @

((彼は、間違いなく……))

 全く同じ思考。普段の気弱さ、戦いの場での強さ。
 この二人を良く知る者なら、二人がまるでコピーのように近い心を持っている事を理解しているだろう。

((化け…………!?))

 同じ回答を導き出す二人に、いや、会場中で格闘技を身につけた者全てに、戦慄が突き刺さった。


世紀末険王伝 其の拾弐
登場人物 アンディ&水形京&??? 著 煉

 戦慄が走った。全員が、その元なる男に注目する。
 男は、みごとな銀髪を靡かせながら、試合場の二人を見下ろしていた。
 何事もなかったかのように男は座る。空気が正常な姿へと戻る。

「………すげぇ殺気だ」

 アンディのセコンドが呟く。

「だが、なんであんな事を……って、おい、グレアム!?」

 アンディは、震えていた。正面を見れば水形も震えている。
 それなりに武術を身につけた者なら、それが殺気であると気付いたであろう。もう少し上の者なら、その殺気の向けられた先も理解できただろう。

(違う、殺気なんて生やさしい物じゃない!!)

 しかし、当てられた当人達を含む数名の者達は気付いていた。
 そう、それは殺気等という生やさしい物ではなかった。

 死刑宣告

 その言葉が最も近いであろう。殺意、殺気をとうに通り越した、凄まじいまでの意志を叩きつけたのだ。

『死ね』

 二人には、その言葉までハッキリと聞き取れただろう。そして、その男の実力を感じ取ったであろう。
 自分達が……いや、この場に居る全ての人間が、たとえ逆立ちしたって勝てない相手である事を。

(僕の認識は甘かった。アレこそが、本物の……)

 震えが止まらぬまま、無情のゴングが響いた。


世紀末険王伝 其の拾参
登場人物 アンディ&水形京&???&???? 著 煉

 第三ラウンドは、先程までとは打って変わって静かな立ち上がりを見せた。
 二人とも、ゆっくりと間合いを詰める。
 多くの者は、それを「慎重」と受け取っただろう。しかし、そうではなかった。

 恐怖

 それこそが、今の二人を支配する物。
 先程の殺意は、二人を心の芯まで冷え切らせていた。

((殺される……このままじゃ……殺される))

 恐怖に身が竦み、二人とも手を出せぬままに至近距離まで近づく。

「ファイッ!!」

 進まない試合に、レフェリーが喝を入れる。
 その声に僅かに反応した二人は、目の前に敵の顔があることに気付いた。

((う、ウワァァァァ!!!))

 恐怖に後押しされるように、慌てて左を繰り出す。そして、右で受ける。
 柏手のような音が響いた。

((…………アレ?))

 奇妙な思考が二人を困惑させる。

((僕が戦っているのは、この人なのか?))

 ゆっくりと、距離を詰める。

((そうだよ……何を勘違いしていたんだ。僕が戦っているのは彼じゃない。目の前に居る、この人だ……))

 その思考を確認するように、左の刺し合いが行われる。

((なんだ……死なないじゃないか。勝てば良いんだ……))

 楽観的な思考。反応していく肉体。
 地鳴りが、響いた……

((でも、この人も強いんだ。下手をすれば負ける))

 拳が紡ぎ上げる、地鳴りの旋律。

((嫌だ!負けたくない!!))

 重量級の拳が、炸裂弾のように互いの肉体を宙へ舞わせる。
 二つの爆弾が、リング中央で弾け合った。

@       @       @

 その頃、観客席最上段。
 男は、椅子にドッカリと腰掛けた。銀髪が微かに揺れる。

「お前らしい、励まし方だな」

 隣に腰掛けた男が苦笑する。

「ふん、あんまりにも眠い試合やってるからさ……」

 それだけ呟いた男は、試合へと心を遷した。

「まぁ、確かにこれで面白くなったな」

 試合に目を移しながら、郭斗は呟いた。
 その言葉が、隣の男に向けられた物なのかは解らない。


世紀末険王伝 其の拾泗
登場人物 アンディ&水形京 著 煉

 重量級の拳が舞い踊り、爆音と共に互いの躰が宙を舞う。
 果てしない接近戦。互いに一歩も引くことなく、激しい拳をぶつけ合う。
 1Rを彷彿とさせるが、その本質は似て非なる物だった。
 互いの拳をすんでで避け、ダメージを最小限に押さえる。そして、避け辛いボディへの一撃を、左右の肩の回転によって生み出す。ただがむしゃらに殴り合っていた1Rとは、戦いのLvその物が違った。
 しかし、違ったのはそう言った理屈の部分だけではなかった。もっと根本的で、原始的な部分……二人の拳に込められた感情その物が違っていた。
 1Rのそれは、スポーツマンらしい、互いの能力を比べ合うと言う意志の元に撃たれていた。しかし、現在の拳に組み込まれているのは……

((負けたくない!!))

 負けん気、十代の少年の持つ。もっとも単純な思考の一つ。しかし、単純であるからこそ、強く、曲がりにくい。
 互いの肉体の限界は、とっくに超えており、残るは精神力と攻撃力の勝負となっていた。どちらか先に引いた方が倒れる。
 しかし、子供の我が儘を引かせることの出来る人間が居るだろうか?
 勝負の行方は、神にすら読めない。


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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