霞が、朱雀の型に槍を構える。
次の瞬間、無数の刃の残像が映る。
それは狙い違わずイノアの全身を蜂の巣に……
ヂヂヂィン!!
は出来なかった。同様の槍の残像が、槍をはじき返した。
0.1mmでも先が狂えば、槍は間違いなく少女を貫いていたと言うのに。
「随分恐ろしいこと教えたのね」
魅夜は平然と呟く。確かに、槍ならば払う方が確実である。正面から受け止めると言うのは、精神的ダメージや穂先の消耗を除けば大したメリットは無い。
「驚いたわよ。あの娘がアタシの所に来た時は……」
始まりは、単純な劣等感からだった。
もう一人の半身が強くなっていく現状。それに対してそのままの自分。自分には、半身程の剣の才は無い。兄程の情熱も無い。何より、自分は半身や兄のコピーでは無いのだ。そのプライドが、自分達の誰も手に入れていない力、神谷咬神流槍術の会得へと昇華されるまで、さして時間はかからなかった。
「彼女の天分の才には驚かされたわ。了ちゃんに基礎を習っていたのもあるんでしょうけど……」
「何を教えたの?」
炎の言葉を遮り、魅夜は問う。確かにイノアは神谷咬神流の最終行をこなしたかもしれない。しかし、イノスと違い最後の行まで行う時間は無かったはずだ。二つの人格があったとしても、時は一人分しか流れていないのだから。
だがそのイノアが、神谷咬神流槍術の全てを手にした男と互角に戦っている。この現実だけは覆せる物では無い。
「簡単よ……」
炎は微笑んでみせる。血生臭いこの場には似つかわしくない微笑みだ。
「彼女達は、逆神として最高の資質を産まれ持っていたと言う事よ」
炎がそう答えた時、霞が奇妙な構えを取る。槍を構えた右腕を大きく引き、槍を持たない左腕を前に伸ばす。穂先は下がっている。
スザァ……
次の瞬間、地面が大きく抉れ、空気中にコンクリートと金属の破片が舞い上がり、視界を覆う。
そこに目を奪われた一瞬、イノアの肩口が円形にえぐり取られていた。
「霞……ね……噂には聞いていたけど……」
神谷咬神流にもそのような技は存在しない。おそらくは霞個人の咬神流第六形。オリジナルだろう。
しかし魅夜……いや、二人の母はこの直後にさらなる驚愕を目の当たりにする事となる。
イノアが、腕を引く。
スザァ……ギヂィン!! ザン!!
霞の時と同じ様にコンクリートが舞い上がり、視界を覆い隠す。直後に激しい金属音が響き、二本の穂先が部屋の天井に突き刺さる。
後には、柄だけとなった槍を構える二人の姿があった。
「戦いながら、相手の技を吸収し、より強くなっていく。無限にその強さを上げる、理想の才能よ」
炎の頬を、静かに汗が伝った。