世紀末剣王伝


其の拾参 其の拾泗 其の拾伍


世紀末剣王伝 其の拾参
登場人物 酒神魅夜&神谷炎&スライ&神谷霞 著 煉

 剣が空を裂き、穂先が風を貫く。
 闇色の胴着が、花弁のように宙を舞っていた。
 人の姿を模した、二体の芸術がそこに在った。

「凄まじいわね……」

 炎が、汗一つ掻かない頬を強ばらせる。
 魅夜は、それを冷静な瞳で見つめていた。

「おかしいわ……」

 呟く。怪訝な瞳で向き直る炎。

「確かに彼女の剣は素晴らしいわ。史上においても、これ程の使い手はそうは居ない。けれど、『玉』に入る前の彼女でも、これぐらいの実力はあったはずよ……」

 言外で語る。それだけの力では、『玉』を脱出する事は不可能だと。そして、その力では、対峙している相手には勝てない事を。
 魅夜の呟いた通り、戦況は徐々に少女にとって不利な状況へと傾きつつあった。
 周囲に大量に立てかけられた武器……すなわち壁へと追いつめられるイノス。
 起死回生の斬撃を受け流され、その力を利用して剣がはじき飛ばされる。

「決まったわね」

 魅夜が呟く。スライの背後には、槍しかない。槍術では、酒神咬神流は神谷咬神流には及ばない。
 勝利を確信した霞は、心臓に向かって全力の一撃を繰り出す。魅夜は、既に背を向けて居た。

「いいえ」

 数度の金属音が足音を退ける。

「選手交代よ」

 炎が笑みを浮かべながら呟く。その瞳には、槍を青眼に構えるイノアの姿が映っていた。


世紀末剣王伝 其の拾泗
登場人物 酒神魅夜&神谷炎&スライ&神谷霞 著 煉

 霞が、朱雀の型に槍を構える。
 次の瞬間、無数の刃の残像が映る。
 それは狙い違わずイノアの全身を蜂の巣に……

 ヂヂヂィン!!

 は出来なかった。同様の槍の残像が、槍をはじき返した。
 0.1mmでも先が狂えば、槍は間違いなく少女を貫いていたと言うのに。

「随分恐ろしいこと教えたのね」

 魅夜は平然と呟く。確かに、槍ならば払う方が確実である。正面から受け止めると言うのは、精神的ダメージや穂先の消耗を除けば大したメリットは無い。

「驚いたわよ。あの娘がアタシの所に来た時は……」

 始まりは、単純な劣等感からだった。
 もう一人の半身が強くなっていく現状。それに対してそのままの自分。自分には、半身程の剣の才は無い。兄程の情熱も無い。何より、自分は半身や兄のコピーでは無いのだ。そのプライドが、自分達の誰も手に入れていない力、神谷咬神流槍術の会得へと昇華されるまで、さして時間はかからなかった。

「彼女の天分の才には驚かされたわ。了ちゃんに基礎を習っていたのもあるんでしょうけど……」
「何を教えたの?」

 炎の言葉を遮り、魅夜は問う。確かにイノアは神谷咬神流の最終行をこなしたかもしれない。しかし、イノスと違い最後の行まで行う時間は無かったはずだ。二つの人格があったとしても、時は一人分しか流れていないのだから。
 だがそのイノアが、神谷咬神流槍術の全てを手にした男と互角に戦っている。この現実だけは覆せる物では無い。

「簡単よ……」

 炎は微笑んでみせる。血生臭いこの場には似つかわしくない微笑みだ。

「彼女達は、逆神として最高の資質を産まれ持っていたと言う事よ」

 炎がそう答えた時、霞が奇妙な構えを取る。槍を構えた右腕を大きく引き、槍を持たない左腕を前に伸ばす。穂先は下がっている。

 スザァ……

 次の瞬間、地面が大きく抉れ、空気中にコンクリートと金属の破片が舞い上がり、視界を覆う。
 そこに目を奪われた一瞬、イノアの肩口が円形にえぐり取られていた。

「霞……ね……噂には聞いていたけど……」

 神谷咬神流にもそのような技は存在しない。おそらくは霞個人の咬神流第六形。オリジナルだろう。
 しかし魅夜……いや、二人の母はこの直後にさらなる驚愕を目の当たりにする事となる。
 イノアが、腕を引く。

 スザァ……ギヂィン!! ザン!!

 霞の時と同じ様にコンクリートが舞い上がり、視界を覆い隠す。直後に激しい金属音が響き、二本の穂先が部屋の天井に突き刺さる。
 後には、柄だけとなった槍を構える二人の姿があった。

「戦いながら、相手の技を吸収し、より強くなっていく。無限にその強さを上げる、理想の才能よ」

 炎の頬を、静かに汗が伝った。


世紀末剣王伝 其の拾伍
登場人物 スライ達

 槍が、砕けた。
 部屋の四方を埋め尽くしていた武器の内、槍はもう僅かしか存在しない。

「最初からこれを狙ってたのね。あの娘達は」

 魅夜は、呆れたような表情でその様を見つめていた。

「武器破壊は咬神流の基本戦略でしょ?」

 炎はさも当然と言った表情で肩を竦める。
 霞の槍が折れた時、彼の周囲に無事な槍は存在しなくなっていた。
 しかし霞は慌てる事なく、一番手近の棍を手に取り構える。
 だがその構えは槍のそれ。棍のモノとは細部が異なる。

「その程度の持ち替えで、ぼくを倒せると……」

 二刀を白虎の型に構えたイノスが、ゆっくりと全身をたわませる。

「思うなぁッ!」

 裂帛の気合いと共に飛び込み、瞬時に剣を交差させる。

 ヂィンッ!!

「なッ……」

 次の瞬間、イノスの肩は再び抉られていた。


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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