世紀末剣王伝
登場人物 酒神了&I・スライサー&神谷純 著 煉
ここは某邸宅
「………あのさ、お兄ちゃん」
「どうしてぼく達がこれに?」
「ん?『封具』付けて出ろよ」
「そうじゃなくて!!なんで僕達がこんなのに出なくちゃなんないの!!」
「はぁ……お前等、最近トレーニングサボってるだろ?」
「(ムッ)サボってなんかません!」
「俺に隠し事が出来ると思うか? まぁ、確かに基礎体力は落ちてないようだがな……スライ、ここ数週間は剣を握ってもないだろう?」
「(う゛…………)」
「そう言うことだ。鈍った腕をなんとかするには、実践が一番だ。解るな?」
「だけどなんで僕まで………しかもフェンシングなんかに……」
「お前には別の理由がある。つべこべ言わずに出ろ!!」
「(いつも勝手過ぎるよ、少しくらい訳を話しくれても良いじゃないか……)」
登場人物 神谷純 著 煉
純は、危なげなど全くなく。
かなりの余裕を見せつけたまま、準決勝までコマを進める。
「(まったく、こんな大会で僕が手こずる訳ないでしょ。お兄ちゃん、一体何考えてんだよ?)」
準決勝第二戦。それは、開始早々誰にも意外な展開を見せた。
「(な!なんなんだ、この娘の剣は!!)」
純が劣性に追い込まれている……正確には防戦一方になりつつある。
これまで、ほぼ一瞬で勝負を決めてきた彼女にとって。信じられない出来事であったろう。その焦りは、防具の上からでも簡単に見て取れた。
「(速くは無い、パワーも無い。それ程フェイントを多用してるわけでもない。なのにどうして?どうしてこんなに避けづらいの!?)」
結局、試合は力尽くで相手の剣をはじき飛ばした純の勝利に終わった。
しかしそれは、見る者が見れば「試合に勝って勝負に負けた」状態である事は明白の勝利であった。
純の予想外の苦戦、その理由は誰にも解らなかった。ただ一人を除いて……
そして、その理由が解らない限り。純の優勝があり得ない事は、本人が最もよく知っていた。
登場人物 ナーシャ&山岸&高木 著 カラス
「純ちゃん、どうしちゃったのかな。調子悪いじゃない」
「あの程度の動きだったとは、思えないのだが」
「月のもんなんやないか?」
ボグッ
「ナーシャ!今の裏拳、腰入れたやろ!」
「馬鹿な事言ってるからでしょう!」
「ま、まあ、次が決勝だが、この相手か……」
「どれどれ?どんな奴やねん」
「こんな奴だそうだ」
「……純ちゃん大丈夫かな」
「死にゃぁせぇへんねんから、平気やって。気張って応援しよや」
登場人物 I・スライサー&酒神了+α 著 煉
新人戦剣道女子
その結果は、大方の予想通り。優勝候補の一人によって閉められた。
しかし、見る目を持つ者達にとって。それは意外な結末であった。
準決勝第一試合 I・スライサー対草川栞
大方の者には草川、目のある者にはスライ、そう言う予想が流れていたこの試合。開始早々からスライが劣勢に追い込まれることとなった。
「(これが、純さんを追いつめた剣か!?)」
実戦の剣の腕に置いてイノスの右に出る者はない。これが真剣試合ならば、相手は間違いなくイノスに殺されているだろう。それほどの実力差がある。しかし、現実に追い込まれているのは紛れもなくイノスなのだ。
その謎が解けている者は少ない。当のイノスには解けない。
未知は恐怖となり、恐怖は時として残酷な結果を生む。
「…………う、ウワアアアァァァァ!!!!!」
…………イノスの突きが決まり、鈍い音がした。
「馬鹿野郎」
集中治療室の前で、銀髪の青年が呟く。
不吉な赤ランプは消えていない。
「申し訳ありません」
黒髪の少女は、蒼白のまま呟く。
耳から流れる液体が、服に赤いシミを作っている。だが誰も気にしない。
「とうとう謎は解けなかったみたいだな」
試合中盤、恐怖に呑まれたスライは、その力を開放した。
「解けませんでした。だから、こんな事に……」
『眠り』の封具は、装着者の力をある程度抑えはする。しかし、装着者の力が封具の力を上回ってしまえば。封具は弾け飛ぶ。
「馬鹿野郎。こんな事になったのは、お前の弱さが原因だ。謎が解けなかったからじゃない」
封具を外した状態での突きに、対戦相手は紙屑のように吹き飛ばされた。
少女の面が先に決まって居たため、ルール上イノスは敗北。しかし、少女もまた、その後の試合は棄権と言う結果となった。
「師範代、ぼくはどうすれば……」
弾け飛んだ封具により、切った耳の傷をそのままに。少女は訪ねる。
「これは試合中の事故だ。お前に責任はない」
そう。この結果自体は試合中の事故であり、法律上も倫理上も一切の責任は存在しない。
だからといって、本人の良心が耐えられるかどうかは別問題である。
裁判の結果を待つ囚人のような顔で、スライはランプが消えるのを待ち続けた………
幸い、少女の怪我は大したことはなく。しばらくの入院で済むとの事だった(二、三日は声も出せなかったようだが)。
後日の見舞いで、少女に笑い掛けられるときまで。スライの表情は晴れなかったと言う……
登場人物 神谷.純&酒神.了 著 煉
春期新人戦 フェンシング 決勝戦 開始十分前
選手控え室、準備が終了し、試合開始を待つ純。それを無言で眺める兄。
(何故僕が「スポーツ」相手に苦戦するんだ!? スポーツ相手に戦闘術である僕達が負けるわけがないのに……)
試合時間が迫っていることを知らせる放送がなり、純は部屋を出る。それを冷ややかな瞳で見つめる兄。
決勝戦は、あっけない幕切れとなった。
これ程までに実力差を見せつけられるなどと誰が予想したであろう?
ここまで圧倒的な力とスピードで進んできた少女が……である。
少女がその身体能力を生かした付きを繰り出すよりも早く、対戦相手の突きが決まり。
少女の攻撃が決まるより先に、突かれる。
少女の攻撃が捌かれた直後に切り返しが決まる。
接戦になったようでも、躰の中央に避けられない一撃を決められて終わる。
圧倒的な実力差……敗因は誰の目にも明らかだった。
「悔しいか? 自分が何故負けたのか解らないってのは?」
兄が問いかける。妹は応えない。防具に隠された表情は読めない。
「…………どうして?」
絞り出すような言葉。声は震えている。
「どうして、僕は負けたの? スポーツの試合なんかで、スポーツ選手なんかに……」
「それが、お前の敗因だよ。馬鹿野郎」
冷ややかな言葉。突き放すような、怒りを感じさせる言葉。少女は慌てて頭を上げる。
「お前は相手をスポーツだと侮った。油断は敗北を招く。 もっとも、お前が負けたのはそんなありきたりな理由だけじゃないがね」
「どう言うこと?」
「これが試合ではなく、戦いならお前はあの娘に勝っていただろう。間違いなくな」
「だが、これは戦闘ではなく『フェンシングの試合』だ。彼女達はそれで勝つ事を目標に、自分達を鍛え上げている」
「………………!!!!!!!!」
「予選や、一、二回戦程度なら基礎体力だけでなんとかなるかもしれない。しかし、上に行けば行くほど、相手はフェンシングのためだけに自分を鍛え上げている」
「………………………」
「俺達は戦闘のスペシャリストだ。どれほど能力が高かろうとも、それぞれのスポーツのスペシャリストには適わないと言うことだ」
地面に叩きつけられた防具の音が響く。
「何故、僕をそんな物に出したんだよ!!」
一瞬で兄との間合いを詰め、襟を掴んで壁に叩きつける。眉一つ動かさない兄。
「お前は、スポーツという物を舐めていた。自分が戦闘のスペシャリストであると言う誇りから、戦闘でない格闘技やスポーツを下の物にしようとしていた。そうだろう?」
絶句する妹。
「世の中は一つの事象で計れるほど簡単ではない。自惚れるな!!」
乾いた音が響き。妹の頬が赤く腫れ上がる。
兄は無言で控え室を出ていく。
扉が閉まり、誰にも聞こえない嗚咽が漏れた。
世紀末剣王伝 表の部 終
登場人物 ナーシャ&山岸&高木 著 カラス
「あ〜あ、純ちゃん負けちゃったか」
「さすがに全国区の選手相手となると、こうなるか」
「まあ、しゃあないな」
「純ちゃん落ち込んでるかな?」
「ええんちゃう?落ち込んだら落ち込んだで、優し〜恋人に慰めてもらえれるやん」
「それもそうかもね〜。それでこれからどうするの?」
「確か隣の会場で、ボクシングの試合があったな」
「ついでやし、見ていこか」
登場人物 酒神.了&弓原.和真 著 煉
放課後の剣道部室。そこに座る二つの影。
「すまんな。酒神」
「言うな。俺には俺の目的があってした事だ」
「だが、そのおかげで剣道部は廃部を免れそうだよ。この激戦区でベスト4まで残ったんだからな。学校側も文句は言えないだろうさ」
「まぁ、元はと言えば衰退の原因は俺達にあるからな。これくらいの罪滅ぼしはさせて貰うさ」
「四年……になるのかな? 全国的にも有名だったウチの剣道部員が自信を失って、勝てなくなったのは……」
「悪かったよ」
「しょうがないさ。お前の連れてきた奴が強すぎたんだ。
女の子……それも、小学生くらいの子供が。部員全員と試合って、勝っちまったんだからな。
そりゃ自信も無くすだろうさ」
「弓原……」
「あぁ、スマン。昔のことは言わない約束だったな。
だがな酒神、これだけは旧友に話してくれても良いんじゃないか?
お前はどうして、今になって自分の弟子と妹を貸す気になったんだ? 今までどこの部のスカウトも全て断らせて来たと言うのに……だ。
天狗になってる鼻を折るだけが目的じゃなかっただろう?」
「それは……お前の知る必要の無いことだ。知らない方が幸せだぞ」
席を立ち、立ち去る酒神。一人残される男。
「お前は……何を目指してるんだ?
その孤独な瞳で、何を考えてるんだ?………酒神了」
かつて、自分のいた部を叩きつぶした旧友の事を想い。男……弓原和真は大きな溜息をついた。
登場人物 イノス・スライサー&酒神.魅夜 著 煉
酒神了と弓原和真が道場で話をしているのと同じ頃、酒神邸の一室。
「……それで、私の所に来たって訳ね?」
「はい」
「了も酷なことするわねぇ。わざわざ一般の試合に出して焚き付けるなんて」
「いえ、あの試合でぼくは自分の未熟さを知りました。咬神流の力に溺れ、自分が持つ物が剣であることを忘れていました」
「良い目になったわね……それで、どうして私の所へ来たの?」
「ぼくはもっと剣を極めたい。酒神咬神流剣術の全てを知り、更に高みへと上りたいんです」
「了の所ではなく。私の所へやってきた理由は?」
「……まずは、師範代に勝たねばなりません」
「ホントに良い目をするようになったわね。そう、その全てに逆らおうとする瞳こそが。咬神流の原点よ」
魅夜はうっすらと笑ってみせる。
「いらっしゃい。あなたが望むとおり、酒神咬神流剣術の全てを教えて上げるわ」
立ち上がり、外出の準備を始める魅夜。
「でも、その前に一応聞いて置くわね。
この先は剣士の領域であり、侍の領域よ。あなたに、女と人間を捨てる覚悟は……」
数度の金属音が言葉を退けた。
「解ったわ。いらっしゃい」
女達は、部屋を後にする
後に、二本の刃を残して……
登場人物 イノス・スライサー&酒神.魅夜 著 煉
酒神咬神流剣術の奥義を会得するために、特殊メニューによる訓練を受け始めたイノス。
それは、実に奇妙な物だった……
三本の竹を隙間無く並べ、その中央の竹のみを斬る訓練。刃を上向きにした状態で木に刺した刀に木刀を振り下ろし、刀を折ることなく木刀を斬る訓練。etc……
……一般の常識で考えて、戦うための訓練とは思えなかった。
しかし、イノスはそれら全てをこなした。
師に対する絶対の信頼なのかもしれない。引くに引けないただの意地なのかもしれない。それとも、彼女なりに何かの考えがあったのかもしれない。
しかしどういう理由であれ、イノスがそのメニュー全てを確実に行った事に変わりはない。
初夏に入ろうとするある日、イノスは師に呼び出された……
「これは……」
師……魅夜の背後には、銀光沢で巨大な卵形の『何か』があった。
「これから、あなたは最後の訓練を行うわ。
あなたはこれからこの『玉』の中に入り、どんな手段でも良いから自力で脱出する。それだけよ」
単純なルール。それが返ってこの訓練の困難さを物語っている。
「この『玉』は特殊合金を一定の割合で組み上げ、継ぎ目はないに等しい。
そして、その強度は私達の力でも破れる物ではないわ。
さらに、中からは決して開かない仕組みになっている」
淡々と説明しながら魅夜は扉を開ける。中も銀光沢のようだが。照明らしき物は存在しない。
「見ての通りこの中に、照明の類は存在しないわ。あるのはこの『玉』と同じ特殊合金でできた刀剣百本のみ。
文字通り。剣と闇の世界よ」
少女が、唾を飲み込む。
「同じ物質、同じ硬度である以上。物理的な力だけでは、『剣』で『卵』は切れない」
それはすなわち、外部の助けが無い限り、入った者の絶対的な死を意味する。
「…………やる?」
少女は、躊躇無く頷いた。
登場人物 イノス・スライサー 著 煉
『玉』の中で、イノスは一人佇んでいた。
あぐらを掻き、手を組む。いわゆる瞑想状態で。
全身の出血は止まっているが、満身創痍と呼ぶに相応しい姿であった。刀で斬れるはずのない『玉』を斬り付け、折れた刃で付いた傷だ。
理屈では解っていても、肉体と精神が絶えられる物ではない。追いつめられた精神は、無駄と思える行動であっても行う。
既に、時間の感覚は無い。全身に残る鈍い痛みのみが、自分の意識の存在を確認させた。
痛みが無くば、正気を失っていたかもしれない。
(斬れない事は解った。さて……)
自然、イノスの行動は思考する方向へと向かった。
頭だけでなく、事実として。正攻法での脱出を不可能と知った以上。次に出来ることと言えば、思考する事だけである。
イノスは、ありとあらゆる事を考え続けた。
自分が強くなろうと思った事、戦いの理由、もう一人の自分、修行の日々、屈辱、向上心、師への疑惑、師への対抗心、自分の16年間の半生を……
時間の感覚も無い中で、夢見るように想い続けた。そして………
登場人物 イノア&イノス&ラディッツ・S 著 煉
(ボクは、どうして強くなりたかったんだろう………?)
イノスは、まだ夢の中にいた。
(師範代(せんせい)に勝つため? いや、そんなことじゃない。もっと昔、もっと根本的な……)
そして、イノスは己の過去へと身を進めていく。
『お兄ちゃん、またashram(道場)に行くの?』
幼い頃のイノア。そして二つ違いの兄。
『あぁ、今道場に凄い人が来てるんだ。とても強い……』
優しい笑みを浮かべる兄。オレンジの髪が良く栄える、魅力的な笑顔。
イノアは、この兄の笑顔が大好きだった。混血の自分とは違う、純粋な白人の兄。しかし、幼いイノアにはそんなことは理解出来ず、優しい兄にとっても、そんなことはどうでも良いことだった。
『イノアも……イノスも来るかい?』
兄は、もう一人の自分の妹に声をかける。
双子の姉妹は、お互いの目を見つめた後、同時に頷いた。
『『お兄ちゃん!お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!!』』
半狂乱になって叫ぶ妹達。血を流し、奇妙な痙攣を繰り返すだけの兄。
それは、木刀による儀礼的な試合のはずだった。しかし、途中から兄は信じられない行動に出た。
手加減無しの、相手を殺すつもりでの打ち込み。
その剣は深く、鋭い。対戦相手も手加減をする訳にはいかなかった。すれば、木刀では自分の命に関わりかねない。
数十秒後、ラディッツは血の海に沈み。永遠に、あの魅力的な笑顔を見せることが出来なくなった。
登場人物 イノア・スライサー&イノス・スライサー 著 煉
「イノスちゃんが?」
不幸とは、立て続けに起こる物。そう言い出したのは誰だろう? しかし、その言葉は事実だったらしい。
脳腫瘍。それも、絶望的な………
小脳の真下に出来たそれは、現在の外科医術では摘出不可能だった。
誇り高い父は、何も言わなかった。自室の闇に籠もるその背中だけが、全てを語っていた。
義理の母も、それ以上は何も言わなかった。血を分けた息子を失ったショックは、それ以上に大きく。二グロの子である幼い少女に、何の感慨もなくその言葉を伝えられた。
「イノアちゃん……どうしてそんな悲しい顔してるの?」
病室で、やつれきった少女。それでもその少女は、気丈に微笑んで見せた。片割れは、何も言えなかった。
「大丈夫だよ。イノアちゃん。だってぼく、もうすぐお兄ちゃんに逢えるんだって」
幸せそうな笑みだった。そんな表情をした片割れにかけてやれる言葉など、幼い少女の知識には、存在しなかった。
「お兄ちゃんとずっとに一緒にいられるんだ。ずっとね……イノアちゃんと、お兄ちゃんと、ぼくの……三人で……」
少女は、手を伸ばした。片割れが、優しくその手を包む。
それが、精一杯だった。
「うん、ぼく達、ずっと一緒だよ。いつまでも一緒だよ」
「今度また皆でashram(道場)に行こうね。格好良いお兄ちゃん見ようね……」
「うん……この間は負けちゃったけど、お兄ちゃん、強いもんね……」
それが、少女達の最後の会話だった。
そっと兄の部屋に入り込む少女。
部屋には、大量のトレーニング器具が置いてある。
時代遅れな剣に青春を賭けた、兄の残り香がそこにはあった。
兄がとても大切にしていた物。今の少女の身長ほどもある、それを手に取る。
かつて妹と一緒にこれに触れて、ラディッツに叱られたことがあった。後にも先にも、兄が本気で怒ったのはあれだけだった。
そっと抜き放つ。それは、鋭く、美しい輝きを放っていた。
(イノスちゃん、お兄ちゃん……ぼく達、ずっと一緒だよ……)
やがて少女は、兄が通っていたashram(道場)に通うようになった。そこにはいつも、妹と兄が居た。そして、兄を打ちのめした青年が居た。
「『君達』……強くなりたいかい?」
青年は、そう声をかけてきた。
父は、何も言わなかった。失った娘の面影を持つ少女が、側に居ない方が父の心は早く癒されるだろう。
母も、何も言わなかった。ただ、汚物を見るような瞳で、青年と少女を見つめていた。
そして少女は、青年の国へ渡り、強くなり、そして………
登場人物 酒神.魅夜&スライ 著 煉
スライが「玉」に入って、一週間が経った。
そろそろ、精神も肉体も限界に達して……いや、とうに限界を超えているだろう。
これ以上は、命に関わりかねない。魅夜は、「玉」を開けるつもりでいた。
「やっぱり、無理だったみたいね」
魅夜の記憶の限り、この行を達成した者は居ない。史実では、数名が存在したようだが。
この少女なら、あるいは……そう感じたのは結局気のせいだったのだろう。
そう思い、扉を開こうとした時。
「………!?」
「玉」の表面に、光が走った。
それが何であるのかを魅夜が理解する前に、二度、三度目の光が「玉」の上を走り、「玉」の外壁が外側へ落ちた。
「まさか……」
魅夜は信じられない思いだった。半ば不可能だと信じていた事が、たった今目の前で展開された光景を否定しているのだ。
「思い出しましたよ……僕が、強くなりたい理由(わけ)を……」
中から現れた少女は、オレンジの髪が良く栄える、魅力的な笑顔を浮かべたまま倒れ伏した。
登場人物 酒神魅夜&神谷炎&イノス・スライサー 著 煉
「別に、貴方が初めてって訳じゃないのよ……」
無機質な通路を歩きながら、魅夜は説明を続ける。
「過去にも、あの『玉』に挑戦して。自力で脱出した者はいたわ。私の代では、貴方が初めてだけどね」
彼女達は、一切の足音も気配もさせぬまま、進んでいた。
「そして、神矢咬神流槍術にも、同様の秘術があるの。剣術とは根本から違うから『玉』ではないけれど……」
三人は、一つの扉の前で足を止める。
「貴方がこれから戦うのは、神矢咬神流槍術の、全てを身につけた者よ……」
扉が、開かれる。
「さぁ、神矢咬神流第十五代目継承者。神谷霞(カミヤ・カスミ)よ。貴方が『玉』の中で手に入れたモノ。見せて貰うわ」
数々の武器が周囲に立てかけられた部屋の中。少女は、持参した刀を目の前の男に振り下ろした。