巡る季節


 

 男は、静かにその場所に花束を置いた。
「待たせちまったな」
 男は、目の前にある十字架を軽く払い、その文字を確かめる。
「随分、遅くなっちまった……」
 男の背後に、数名の男女が居るが、誰も声をかけない。
 女の一人が、その横にある3つの墓の前にしゃがみ込み、同じように汚れを払う。
「ウラヌス、ポントス、メリアイ……」
 その場にいる全員が、しばしの黙祷を捧げる……

@        @        @

 時は、暫し遡る。

「「「「「「カンパーイ♪」」」」」」
 小気味良い声と、ジョッキのぶつかり合う音が響く。
「良く生きて帰ってこれたモンだぜ」
 ナロリー・ヤマグチがエールを一息に飲み干し、言葉と酒気混じりの息を吐く。
 ここはエザニアの一角にある酒場。
 西にある遺跡へ向かったトレジャーハンター達が、ここで一時の休息を満喫していた。
 実りある旅よりの帰還。それも、ある意味コレまでで最高の獲物。
 一つの事を成した後に飲む酒は、いかなる美酒にも勝る味であろう。
 しばしの間、楽しげに酒を酌み交わす。
「外世界の地図かぁ、ジークもこっち来りゃ良かったのに………あっ」
 壬生紫狼が、何気なく漏らしたその一言で、場が沈黙する。
 全員が、この場に居ない仲間のことを思い出す。
 その仲間、ジーク・トレイタクロノスは、彼等とは別行動で、一足先に外世界へと旅立っていた。
 だが結果として、外世界の地図を見つけたのは彼等であり、その意味では一月早く、何の宛てもなく動いたジークよりも先んじた可能性がある。
「ジーク、どうしてるんだろうね……」
 ディーヴァ・ドランカー・レイドが呟く。彼女の傍らに居る少女、ラクシュミー・レイドも悲しげに瞳を伏せる。
 これまで外世界に旅だった者達で、帰ってきた者はいない。生きていると信じ無い者は無いが、この冬場に旅だった者の生存を疑わない者もまた、無い。
「なぁに、死にゃあしねぇさ。アイツ等は俺等よりも上の修羅場潜って生きてきてんだ」
 気休めにしか聞こえない、ナロリーの言葉。だが
「そうだね。アイツが死ぬ訳無いよね♪」
 ディーヴァが相槌を打ち、五杯目のエールを飲み干す。彼女にとって、笑顔に等しい仕草だ。
 最も付き合いの長かったメンバーの保証を受け、他のメンバーもそれにならう。
「そうそう、ジークも、ガイア姉さんも死ぬ訳ゃねえさ!!」
 紫狼が、この近くの遺跡で死線を共にした女性の名を上げる。人食ったような仕草、自分の事を『オネーサン』と言っては自分の世話をやいてくれた女性。
 全員が明るく振る舞い、現実から目を逸らさんとする。
『おそらく、ジーク達は死んでいる。生きていても、もう帰っては来ない』
 悲しい現実を酒で忘れるのは、決して悪いことではない。忘却こそが、人の生きる糧となる事もあるのだから。
「随分と、人を殺したいらしいな、お前達は」
 皮肉を込めた声が背後から掛かる。哀しみとアルコールを含んで血の気が増えたメンバーの一部が、声の主を睨め付ける。

 その場にいた者達の、時が止まる。

「「「「「「ジーク!!!」」」」」」
 唐突に現れた話題の主を見て、驚愕の声が挙がる。
「予定より、ちょっと早かったみたいね♪」
 ガイア・インサニティが、ジークの背後から顔を出し、肩を竦める。
 酒場が喧噪に包まれた。

@        @        @

「で、何で帰ってきたんだ?」
 ナロリーが久方ぶりに会った友の肩を乱暴に叩きながら楽しげに訪ねる。
「ちょっとした報告にな」
 ジークは痛みに苦笑する。
「「「報告?」」」
 ジークの話を聞いていた三人が声を揃える。

「久しぶり……と言えば良いのかな?」
 紫狼がはにかんだ笑顔を女性に向ける。
 女性は相変わらず人を食ったような微笑を返すと、ちょっと酒の匂いのする唇を紫狼に近づける。
「あらボーヤ、オネーサンに会えなくて淋しかったの?」
「ち、違うわい!!」
 熟した果実のような唇を目前に置かれ、思わずドギマギしながら紫狼はこたえる。
 無意識に頬が熱くなる。
 その手の感情があろうとなかろうと、美女の唇が後数cmまで迫れば当然の反応である。
「そもそも何しに帰ってきたんだよ、後一ヶ月は居ないはずだったろ?」
「誰も二ヶ月ピッタリでは帰ってくるとは言ってないはずよ?」
 ガイアはまた肩を竦める。
 どう見ても、紫狼に勝ち目は無い。
「ま、あえて言うなら……墓参りって所かな?」

「この近くで、バル・ジに襲われたんだ……」
 ジークがエールを半分程飲み干してから応える。
 言外に、そこがキャラバン・クロノスが壊滅した場所だと示唆する。
 ジークは、そこで亡くなった仲間達と、最愛の女性に報告に来たと言っているのだ。
「で、何の報告だ?」
 ややしんみりした空気はあったが、そこはトレジャーハンター。好奇心には勝てなかったらしく、ナロリーが訪ねる。
 ジークは苦笑すると、その横に座る女性を顎で指す。彼等が別れたときに、見たような見なかったような顔だ。
「ヴァル……じゃない、ユイ・イクサベってのが本名だそうだ」
 ジークの言葉で、その場に居る者達が納得顔になる。唯一、ラクシュだけが良く解らないと言った表情だ。
 かつて一度だけ、ジークと共に仲間の救出に現れた男。ヴァル・サクセサー。
 確かにその顔立ちはその男の物だ。だが……
「女の子だったの!?」
 ディーヴァが驚いた声を上げる。
 少女ははにかんだような笑みを浮かべる。
「色々あってな、コイツの事をノーラに報告しようと思って、帰ってきた訳だ」
 傍らの少女をチラリと見やるジーク。二人の間に、親密な空気が流れる。
「なーる、そう言う事か、ジークも隅に置けねぇなぁ、おい!」
 一際強く、ジークの背中を叩くナロリー。口に含んだエールを思わず吹き出すジーク。
「キャッ!! もったいなーい」
 そのエールをモロに被ったディーヴァの言葉。エールをかけられた事よりも、酒の方を優先するあたり、実に彼女らしい。
「それでまぁ、明日はそこへ行くつもりなんだが……五年ぶりの墓参りにな……」
 ディーヴァの事はあえて無視して、強引に話題を逸らそうとするジーク。
「五年も行ってなかったのか?」
 ナロリーが一転して真面目な表情になる。五年と言うと、キャラバンクロノス壊滅以来、一度も行ってない計算だ。
 ジークはそれに答えず、軽く片目を瞑りながら、新しいエールを注文する。
 何かを言いかけていた仲間達は、その表情で言葉を呑み込む。
 仲間を失う哀しみ、しかも半分は自分のせいだと思っている男にとって、苦い過去は決して思い出したくも、触れられたくも無い事なのだろう。
 数十人規模のキャラバンが、一夜にして数人になる。その傷はどれほど深いのだろう? 五年と言う歳月ですら、少ないかもしれない。
「まぁ、それはそれとして……」
 しんみりとした空気を何とかしようと、再びジークが口を開く。
「そっちの首尾はどうだい?」

(((コイツ……変わったな……)))

 仲間達が認識する。
 ジークの無口さは言うに及ばず、場の空気を変えようとする事や、先程からよく見せる笑顔。それらは、旅に出る前のジークには全く存在しないモノだった。しかし、今のジークはどうだろう? 雰囲気まで根本から変わってしまっている。無論、良い方にであるが。
 一瞬、別人が座っているかのような錯覚さえ覚える。
「あ、あぁ、こっちだがな……」
 ナロリーは語る。自分達が歩いた地下鉄での旅路を、そこにあった人々の面影を、ワニとの格闘を。
 レイド親子(?)が告げる。自分達の見つけた新しい可能性を、ラクシュの記憶を、外世界の地図を……
「へぇ、外世界の地図か……」
 どこか寂しげに微笑するジーク。その表情を見て、やはりその男はジークなのだと奇妙に納得する一同。
「そっちはどうだったんだ?」
 先に外世界へ向かったのはジークだ。片道一ヶ月近くもローバーを走らせて、無事に帰って来れば、必ず何らかの収穫があるはずだ。
「あぁ、見つけたよ……」
 その言葉に瞳を輝かせるトレジャーハンター達。
「だけど……いや、見つけたと言うのとはちょっと違うか……」
「じれってぇな。何があったんだよ?」
 酒が入ってるせいか、やや口が悪いナロリー。
「廃墟があったんだよ。それも、つい最近までのな……」
 一瞬で空気が凍る。
「後はまぁ、1/3程が底の見えないでかい穴になってた」
 理由は不明だろう。だが、おそらくそれは……
「神の雷?」
「か、それによく似た兵器だろうな」
 ジークには、言外で語る癖がある。これまで異常なほどの無口だった影響が、まだ残ってるのかもしれない。
「結局、見つけた都市は一つだけだったし、残ってる情報じゃ何も解らなかった」
 自嘲的な笑みを浮かべるジーク。
 一時の沈黙。
 この時、仲間達は同じ事を考えていた。
 ジーク達が旅だった直後、それまで世界中に蒔かれていた不和の種が一気に爆発した。
 そして、世界が ― と言っても彼等が知る限りの小さな世界であるが ― 危うく滅びかけたのだ。ジークが見てきた世界は、もしかしたら、もう一つのこの世界だったのかもしれないのだ。
 そう。たとえ大破壊で人類が生き延びていても、それから更に滅んでいる可能性はあるのだ。荒野に覆われたこの世界は、人類が生きて行くには過酷すぎる。
 たとえば、彼等が発見してきた西の世界もまた、滅んでいる可能性はあるのだ。
 滅んで居なければ、秋から冬にかけての旅に向かない季節に、何があるか解らない世界へ旅立とうとする者等そうそう居ない。
 彼等のような物好きではなく、そうしなければならない状況になって逃げてきたと考えるのが妥当だろう。
 どういう理由で旅に出たのか、幼いラクシュは知らされて居なかった。
「まぁ、その時はその時考えようよ♪」
 ディーヴァが、全員の考えを察してか、明るく告げる。
 いや、本心から言ってるのかもしれない。トレジャーハンターとは、人の死に立ち会う事は異常に多い。これぐらい楽天的でなければ、続けるのは難しいだろう。
「それもそうだな。第一。実りが無かった訳じゃないし」
 ジークが不敵な笑みを浮かべる。
「とりあえず今夜は……」
 ディーヴァがジョッキを手にする。全員がその考えを理解するが、珍しくツッコミは無い。それどころか……
「そうだな。無事の再会と」
「新しい可能性の発見を祝して」
 ナロリー、ジークがその言葉に続いた。
「「「「「「「「「カンパーイ」」」」」」」」」
 盛大にジョッキが打ち合わされ、各々が飲み干していく。
 久しぶりの仲間との宴は、深夜まで続いた。

@        @        @

「さてと……」
 黙祷を終え、ジークが立ち上がる。
「戻……!!!???」
 最後まで話しきる前に、ジークは口を押さえると、仲間達の横を走り抜けていった。ナロリーとユイが後に続く。
「アレぐらいで情けないなぁ」
 ディーヴァが呆れたように呟く。その手にはウィスキーが握られている。
「化け物め……」
 紫狼が呟く。
 昨夜のディーヴァの飲み方は、これまでに無い物があった。それはやはり、喜びの表現なのだろうが。付き合わされる仲間としてはたまった物ではない。
 結果として、うわばみのディーヴァと、まだ子供で飲めないラクシュを除く全員が、二日酔いに頭を抱えることとなった。
「ホント、飲めもしないボーヤが無理しちゃって」
 いや、二日酔いでない人間が、もう一人居た。ガイア・インサニティもまた、全く二日酔いを抱えていない。
 彼女は夕べ、ディーヴァと随分気があったらしく、誰よりも遅くまで一緒に飲んでいたはずだが、二日酔いの欠片すら見えない。
「アタイと張り合える奴が世の中に居るとは思わなかったよ」
 自分と互角に飲める相手を見つけたせいか、ディーヴァは上機嫌だ。
「飲めない女は酔ったときボーヤ達に何されるかわかんないからねー♪」
 肩を竦めて、ディーヴァからウィスキーを分けて貰うガイア。
「一度、どっちが飲めるか比べてみたいモンだね」
「臨むところよ。いっそ今夜にでもどう?」
 とんでも無い相談を始める女達。
 時間と金さえあれば、この世の酒全てを飲み干してしまえるんじゃないだろうか? この二人は……
 ディーヴァ、ガイア、ラクシュを除く全員が、逃走を決意していた。

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 そして、季節は巡る。
「高山よ! 俺達は帰ってきたぞ!!」
「さぁて、いよいよ本番だね!」
「いやまったくその通り。春になるのが待ち遠しかったですね」

 冬、旅に向かない季節。
 それは、旅を生業とし、風に運ばれるキャラバン民にとって、最も退屈な季節であった。
 その間にも彼等は、いくつかの遺跡を荒らし回ったのだが、それは別の物語としていずれ語ろう。
 だが今現在の彼等はここにいる。新たな世界を見るために。
「確か、このあたりだったよね? あの光が見えたのは」
「そうだな、あの時『向こう側』と『こちら側』を同時に見れたからな」
 彼らが建っている場所、そこは……

 再び冬の高山。
 ある日、それまでの悪天候がウソの様に晴れわたり、遠くの風景が望めるようになった。
 そこは西に大きく開けた土地で、今まで山影になって見えなかった山脈の西側、地図で言うところのヴェイパーランドの西が見えた。
 後に転ずるに、東には山の峰の間から既知世界を望む事ができる。
 そう、いま彼らは確実に『世界の境目』に立っているのだ。

 その日はたまたま山の神の機嫌がよかったものか、午後になっても好天が続いた。
 そのおかげで、彼らは東の地でその後繰り広げられた一大ページェントの観客となることが出来たのであった。

 太陽がその姿を大空にさらけ出し、ヴェイパーランド西方、山脈の只中を照らす。
 そして、そこには活動が活発化した物流をよそに、今まさに旅立たんとするキャラバン民の一行がいた。

「よおっし! それじゃ行くよ!」
 その掛け声を合図に、一斉に汽笛を鳴らすローバーの群れ。
 キャタピラを唸らせ、一斉に走り出す。

 平穏な日常。
 それは、彼等に最も縁遠い物かもしれない。
 飢え、乾き、道端で誰にも知られないままにその生涯を終えるのが、トレジャーハンターの人生である。
 たとえ遺跡で宝を手に入れたとしても、その金を次の遺跡の探索のために全てつぎ込んでしまう。
 トレジャー・シンドローム。
 一生を引きずる病の名称である。
 しかし、彼等はその病を治そうとはしないだろう。
 貪欲に追い求め続ける時こそ、彼等が最も輝いている瞬間なのだから。
 そして、その世界に生き続け、いずれそれが彼等にとっての日常になっていた。
 彼等の日常は、常人にとっての非日常であり、世界で最も輝かしい日常でもある。
 それは、たんぽぽの花のように短い日常である。
 しかし、たんぽぽは種を付け、その種は風と共に運ばれる。
 人々が綿毛を目にしたとき、ふと思い出すのだ。
 幼き日に夢見たことを、たんぽぽの綿毛のように、風に運ばれて生きたいと願ったことを。
 綿毛はいずれどこかへ辿り着き、新たな花を咲かせる。
 自分の足下に、側の野原に、隣国の大地に、隣の世界に……

 そして今、風は、新たな種を飛ばそうとしている。
 新たな世界で芽吹く種を。
 一時の花として、種は短い生涯を閉じるだろう。
 だが、季節は巡り、命もまた巡る。
 次の春がやってきた時、彼等の子供は、新たに世界を飛ぶだろう。
 風に運ばれて。

 永遠に風と共にある、トレジャー・シンドローマーに栄光あれ!!

to be continued forever


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