「ワインと、焼酎と、ブランデーと……」
「おいおい、酒ばっかじゃねぇか……」
「アレ? お酒の買い足しに来たんじゃないの?」
「食料と必要物資だ!!」
「だぁかぁらぁ、アタイにとっちゃお酒が食料と必要物資なのさぁ♪」
眉間を揉みほぐす中年男、ナロリー・ヤマグチ。
『包囲せし密林』で地下鉄を発見した彼等は、再度そこへ挑むために新たな物資の供給に来ていたのだが……
案の定、ディーヴァ・ドランカー・レイドが酒を買い込み始めたのだ。
現在一緒に行動しているのはこの二人だけで、後は別行動をしている。ディーヴァの養子、ラクシュミー・レイドは宿で待機している。
(はぁ、ここにジークが居てくれりゃあ……ディーヴァの事なんか無視して買い物続けてくれるのに……)
この二人と大抵行動を共にしている、ジーク・トレイタクロノスの姿は見あたらなかった。
彼は、ここへ到着した早々から一人で行動している。
「あ、あれジークじゃない?」
ディーヴァの声で、ナロリーが頭を上げる。
「あ、ホントだ……アイツ、何やってんだ?」
二人が後を追うかどうか迷っている間に、ジークは人混みの中に消えてしまう。
ジークの居た場所、そこは、キャラバンの情報サービスだった。
二人はしばし顔を見合わせたが、再び買い物(漫才とも言う)に没頭し始めた。
((まぁ、夕食の時に聞けば良いや))
@ @ @
夕食時、ジークは相変わらず無口だった。こうなると、なかなか聞きにくい。
ディーヴァは酒が入ってゴキゲンで、とっくにそんな事は忘れているようだったが……
「なぁ、ジーク……」
意を決して、ナロリーが口を開いた。
その場にいた全員が驚いて顔を上げた。
食事中のジークに話しかける者等、酔ったディーヴァ以外にあるとは思っていなかったからだ。
「お前昼間、一人で情報屋の所なんて何しに行ってたんだ?」
ジークは、無言で返した。
誰も、それ以上の追求はしない。いや、追求出来なかった。
夕食が、ディーヴァ主催の飲み会へと姿を変え始めた頃、ようやくジークは口を開いた。
「今回、俺は行かない……」
ナロリーとディーヴァが、顔を向ける。
「今、何て言ったの?」
怪訝な表情を隠しもせず、ディーヴァが訪ねる。その表情は素面の時(あったら……の話だが)の物だった。
「俺は今回、『包囲せし密林』へは行かないと言ったんだ」
メンバーの半数が、驚いた表情を向ける。
「そして、キャラバンDDRも脱退するつも……」
ジークの言葉は、ナロリーが拳を突き出した事で止まった。目前で止められている拳を、瞬きもせずに見つめている。
「何のつもりだ?」
静かに問いかけるナロリー。その声には、怒気が含まれていた。
「ジークのおじさん、どうして?」
悲しげな声をかけてきたのはラクシュ。今にも泣きそうな表情だ。
「……………旅に出る」
「旅なら今も出てるじゃねえか!」
明らかに激昂したナロリーの声。
ディーヴァも、他のメンバーも、今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。
しばしの沈黙。
ジークは、一歩も引かない表情のまま、仲間達の顔を一つ一つ……見つめていった。
「別に……一人で行くって訳じゃないさ。ローバーもある」
ジークが口を開き、仲間達は、再び席に戻ってジークの言葉を待つ。
「昔、俺がリーダーだったキャラバンがあったんだ。『クロノス』って言ってな……」
仲間達は息を呑む。
古くからキャラバンに居た者は知っている。五年前に突如消滅した、中型のマルチキャラバンだった所だ。
噂では、主力部隊が留守の時を狙って、ベースキャンプが賞金首に襲われたそうだ。
そこのリーダーだったのがジークだと言うのなら、確かにジークの今までの行動も納得がいく。
異常な程仲間の事を心配し、我が身を呈してまで仲間を助けようとするその行動。まさに、仲間を、全てを失ったキャラバン民に相応しい行動ではないか。
しかし、ジークがDDRを抜けるには、あまり関係のなさそうな話。仲間達はやや苛立ちを感じるが、茶々は入れない。
ディーヴァですら、ジークの表情に口を挟めないでいた。
「皆良い奴等だったよ。ここに負けないぐらい……」
『ここ』とはキャラバンDDRの事だろう。
「けれど、あの時の、あの遺跡が、俺達の最後の探索になったんだ……」
ジークは続けた。自分が率いたパーティーが、遺跡の事故で壊滅した事を。戻ってくると、そこに居たメンバー達も全滅していた事を。
そして、その後の放蕩。死人同然の生を送る者と、復讐鬼となって世を駆け回る者が居る事を……つい最近、仇であるバル・ジが掴まった事を。
「俺はもう、生きる理由を無くしていた。ただ単純に、トレジャーハンターとして、遺跡で死にたかった……ノーラの元へ、行きたかった」
ノーラと言う女性が誰なのか、誰も聞こうとはしない。雰囲気から、只の仲でなかったのは察したが。
「けれど、お前達と遺跡を巡るうちに……俺の中にあった、もう一人の俺が目を醒まし始めた」
ジークがこれだけ口を開くと言うことは、至極珍しいことだ。まるでこれが、最後の会話であるかと思わせる程に。
「遺跡を回ると……過去の英知を解き明かし、その頃の空気を感じると、知らないことを知ると……何ものにも代え難い喜びがある」
「ジーク、お前……」
ジークが、笑った。
この無口な男の心底嬉しそうな表情、仲間達すら始めてみる表情だ。
しかし、そうなると尚更解らない事がある。
「じゃ、何で密林に行かねぇんだよ!」
皆の疑問を代弁したのは、やはりナロリー。お互いに、キャラバンDDRの最年長であり、ディーヴァに振り回される身。
二人の間には、他者には解らない、奇妙な共感に似た友情があった。
「世界に果てって、あると思うか?」
唐突な問いかけに、全員が心から沈黙する。
「俺達が知ってるのは、ヴェイパーランド、ハイキングダム、ヘヴンズゲート……そして、その周囲のちっぽけな大自然だけだ」
ジークが口にしているのは、トレジャーハンター……過去の英知を解き明かそうとする者にとって永遠の疑問。そして、必ず一度はぶつかる壁。
仲間達はようやく、ジークの言わんとしている事が理解できた。この男は、決して踏み込んではいけない領域に踏み込もうとしているのだ。
その壁に向かって進んで、帰ってきた者は無い。
それを知って尚、この男は進もうとしている。
「そのために、新たなキャラバンを作る」
「新生クロノスって所か?」
ナロリーが呆れたように問う。
「まぁ、そこまで決めてんなら俺に止める権利はねぇ。好きにしろ」
ナロリーは席に戻ると、目の前のブランデーを飲み干した。
「じゃ、ジークの旅立ち祝いって事でさ、今夜は皆飲もうよ♪」
「「いつも飲んでるだろ!!」」
いつも通りのディーヴァの言葉に、いつも通りの突っ込みを入れる中年男二人。
けれど、これが最後になる事は、皆知っていた。
何かが違う。最後の晩餐……
@ @ @
翌朝は、静かな解れとなった。
朝霧の中、お互いのメンバーが顔を付き合わせる。
ジークの新キャラバンには、ジーク・トレイタクロノス、ガイア・インサニティ、サーフィス・トゥルーマン。そして何故か、ヴァル・サクセサーの姿もあった。
その正面に居るのは、いつもの面々。
「とりあえず、西へ行けるだけ行って、二ヶ月以内にもう一度戻ってくるつもりだ」
ジークは、それだけを告げた。たったそれだけでも、人間の領域を出るのがどれほどの事なのか、そこに居る全ての者が知っていた。
各々のローバーが、派手な煙を吹き上げながら、各々の進むべき方向へと進み始めた……
永遠に旅を続けるために……
ド〜リルでルンルンウルルルンルン ハ〜トがルンルンウルルンルウ♪
『二度と会えぬなら 今を良き別れとしよう 再び会えたなら 微笑みを交わそう』
永遠の旅人へ贈る
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