ネコミミの為に鐘は鳴る


 

【前回までのあらすじ】

「探しましたぞ、我らが王よ!」
 暗黒時念帝国ネオ・クシュカの女幹部がフランソワの前にひざまづく。
 女幹部が元大人のビデオの出演者だとか、落ち目アイドルだとかそう言うのは公然の秘密だ。
「なんのことなのお? フランソワちゃんはおうさまなんかじゃないよお」
「いいえ、違います! 貴方こそ我ら暗黒時念帝国ネオ・クシュカの正統な指導者!
 その名も“超時念大帝ダーク・フランソワちゃん一世”なのです!」
「そんな…………フランソワちゃんはフランソワちゃんだよお……」
 本名がアインス・ゲーレンであるあたり、フランソワちゃんと言う名前自体かなり間違ってる気がするが彼女にとってはそれで良いのだ。理由? 聞くな。聞かない方が幸せだ。


 フランソワちゃんは悩んでいた。

 雨が降ってきた。

 フランソワちゃんはまだ悩んでいた。

 雹が降ってきた。

 フランソワちゃんはもう少し悩んでいた。

 雷が落ちた。

 とりあえず、彼女が悩めばそれだけで天変地異が起きるようである。
 何故、彼女がそこまで悩むのか!?
 普通に考えれば正義の味方が悪の総統に生まれ変わる等もっての他である。
 しかし、その時彼女は彼女にとっての十年分……いや、百年分にも匹敵するかもしれない思考力で気がついてしまったのだ。『そーとーになれば、でどこちゃんとたたかえる』と。
 フランソワちゃんとは本来、戦いの中に生きる少女である。戦う事で相手と分かり合おうとする……ある種、もっとも純粋に『番長』の内なる声の影響を受けている少女である。
 まぁ、影響なんて受けなくても一緒なのだが。
 そして、戦うことは彼女の愛情表現でもある。大切な人だからこそ戦い、相手ともっと分かり合いたい……だからこそ、彼女は親友であり最も愛している少女と戦いたいのだ。それもシュート(真剣勝負)で。
 誰よりも愛してるからこそ、誰よりも激しく戦いたい。そう思う思春期の少女の心に、誰が文句を言えよう!?
 されど、それは大切な親友を裏切る行為でもある。
 そのジレンマが天変地異を起こし、茨城県をパニックに落とし入れている――この辺り、既に三千世界を滅ぼす者としての能力がうっすら発動しているのだが、当然誰も気付いていない。
 そして、天変地異は更に激しくなり、フランソワちゃん自身も耳から煙を噴き始めた頃……彼女は、その時空へ向かった。


 でどここと黒渕麗奈は悩んでいた。別に天変地異は起きてない。
 ここ暫く、親友のフランソワちゃんの様子がおかしい。何がおかしいって、静かなのだ。そう、あのフランソワちゃんが……
「でどこさん、気が逸れてますわよ!!」
 クレオパトラに腕を捕まれ、でどこは正気に返る。投げられる寸前に腰を落とし、そのまま逆に手首を掴む。投げを防がれてバランスを崩したクレオパトラは、でどこの動きに合わせて宙を舞う。
「イタタ……参りました。でどこさん、強くなられましたわね」
「当たり前だにゃ。何回も戦ってればおまへの癖ぐらい覚えるにゃ」
 そうは言っても、これは久々の組み手であった。数ヶ月前にクロニクルが傷つき、時念番達があまり出てこなくなって以来である。
「それで、今頃何だにゃ? おまへがあちしに敵わない事は、ずーっとずーっと、何百年も前から決まりきってた事にゃ?」
 その間、でどこはいくつもの戦いを経験した。それが実力の差となって現われているのだが、でどこ本人は気がついていない。
「えぇ、今日は少しお話がありまして」
「なんだにゃ?」
 クレオパトラの言葉に、意味深な物が含まれているのに、馬鹿でチビ(でどこ:チビは余計にゃ!!)のでどこは気づかない。
「その……わたくしは、あまり良いパートナーではなかったかもしれません」
「ハッキリ言ってサイアクだったにゃ」
 やっぱり気づかない。
「あたくしとあなたは、仲もよろしくありませんでした」
「それもサイアクだったにゃ」
 どうしても気づかない。
「ですが、今となっては、そのことに感謝しています」
「どういうイミにゃ?」
 おい、そろそろ気づけ
「あたくしがいなくなっても、あなたは悲しくならずに済むでしょう? それが、ただ一つの救いですわ」
「クレオパトラ、何いってるにゃ?」
 よしよし、やっと気づいてきたか。
「さよなら……。」
 だが、少し遅いかもしれない。なぜなら
「そこまでだよお」
 何とも気の抜けた声が聞こえてきた。
 この状況を説明するために、暫し時を遡……いや、次元を移ろう。


「よくぞ参られました。我らが王よ」
 女幹部は跪き、慇懃な口上を述べる。しかし、少女は取り合わない。と言うか多分、何を言ってるのか理解してないだろう。日本語だし。
 言い忘れたが、アインス・ゲーレンはドイツ人だ。よって日本語が良く解ってない。
「おぉ、忘れる事など出来ましょうか? 我々は貴方様がお産まれになられた30年前のあの日から、陰ながら貴方様を支援して参りました。しかし15年前のあの日、貴方様が時空の渦に呑まれ……」
 女幹部の隣で更に慇懃な口上を続けていた時念大帝デスクロウの言葉は、最後まで述べられる事は無かった。その前に、フランソワちゃんの『幻の右』が炸裂し、デスクロウは時空を弾き飛ばされたのだ。
 本人が消えてしまったから言えるが、このデスクロウこそがフランソワちゃんを15年前の時空から現代へ飛ばした張本人であった。そして、組織の実権を握り、その後15年間に渡る支配を続けてきたのだ。フランソワちゃんがこの時代に飛ばされた事を知り、どさくさ紛れに暗殺してしまおうと最初のターゲットに茨城県を選んだのであるが、結果それは裏目に出てしまった訳である。
 フランソワちゃんは、それを本能で知ってか知らずか、とりあえず『むつかしいことばっかりいってるへんなひと』を時空から弾き出した……まぁ、ちょい役の末路などどうでも良い事か。
「な、何をなさるのです我らが王よ!」
 で、それに戸惑い何かウダウダ言い始めた女幹部も『必殺の左』で壁の染みに変えると、フランソワちゃんは真っ直ぐ保健委員の緑川君の所へ向かった。
「ふ、フランソワちゃん様」
 それだけ言うと緑川は沈黙した。下手な事を言えば他の二人の二の舞であると理解したらしい。フランソワちゃんは緑川を静かに見つめると、静かに囁いた。
「でどこちゃんより、つよくなりたいの。できる?」
「はい! 今すぐにでも!!」
 こうして、悲劇の糸は紡がれ始めた。

『ダヨオ・フランソワちゃん! ダヨオ・フランソワちゃん!』
 新たな王を称える声が響き渡る。
 霞ケ浦学院の地下……僅かに時空のずれた異空間に、そこはあった。
 暗黒時念帝国ネオ・クシュカ。
「手術は全て終わりました……」
 この帝国の軍事の一端を支える大幹部、緑川博士。彼はその左手に秘められた秘密の力で、人体を自在に改造する。
「今のフランソワちゃん陛下はまさに無敵。この三千世界に貴方様の敵はございません……」
 高等部の高校生のアインスは、自分がただのドイツ人留学生のアインス・ゲーレン(あいんす・げーれん)でないことに気がついてしまった。自分の正体が『フランソワちゃん』であることに。
 あらゆる世界とあらゆる時空間を消し尽くすために生まれて来た存在であるということを。
原寸表示  『フランソワちゃん』……それはネオ・クシュカの言語で『最後の者』を意昧する忌まわしい言葉。彼女は流れる時に打たれるピリオドであり、世界という舞台に降ろされたカーテンであり、あらゆる事象についてのoffスイッチであった。
「みなのもの……」
 ネオ・クシュカの王のために作られたマスクとマントを身につけた彼女は、帝国に集う民衆に向かって言った。
「くろうをかけた……ほうびとして、われにさいしょにけされるものとしてのえいよをあたえてあげるよぉ…………わがひっさつのわざをみよ」
 それは、滅びるために集まったネオ・クシュカの者たちには最高の名誉。
「ひっさつ、おっぱいみさいる……」
 余談であるが、もちろんネオ・クシュカ語である。

「なぜ、我らを消してくれなかったのです!!」
 ドクター・ジェンナーが涙ながらに訴える。
 フランソワちゃんの必殺『おっぱいミサイル』。その威力を持ってすれば、このように小さな時空間など丸ごと消してしまえるはずであった。しかし、消えたのは『イー』とか鳴く気がする怪しい全身タイツの戦闘員だけである。幹部と怪人達は消える事が出来なかった。
「まだあなたたちにはやることがあるの」
 何の起伏も無い声でフランソワちゃんは告げる。
「フランソワちゃんがせかいをけすために、たおさなくちゃいけないひとがいるの。だから……」
 その無感情さが返って恐ろしいと、残った幹部と怪人達は思った。
「じゃまさせないで」


「な、なんじゃおんどれらぁ!!」
 ネコミミ番長こと赤岩弾児は戸惑っていた。
 イヌミミ娘こと御剣桃華の突然の言葉、そして突如表れた(無意味に)殺気立った一組の男女。
「ホホホホホ………行け! 半ズボン男!!」
 ドクター・ジェンナーの声で男がコートを脱ぎ捨てると、まるで少女のような面差しをした半ズボンの美少年が現われた。おいジェンナー、ヨダレを拭け。
 少年が独特の仕草で両手を振ると、紙ふぶきが舞う。
「だからなんじゃっつーんじゃおんどれらぁ!!」
 その紙ふぶきはジャニーズ事務所所属新人タレント……一般で言う『ジャニーズJr.』の生写真なのだが、世情に疎く、しかも男であるネコミミ番長に通じるはずがない。
「我々は【暗黒時念帝国ネオ・クシュカ】。我らが総帥・フランソワちゃん様の命により、貴殿の命貰いうける!!」
「なんじゃとぉ! あのフランソワちゃんが!!」
 何か、話運びが強引な気もするが。まぁとりあえず、戸惑うネコミミ番長に向かって半ズボン少年が両手に持った写真集の角で殴りかかる。薄いとは言え頑丈な写真集。アレは痛そうだ。
「ぬるいわぁ!」
 しかしそこは歴戦の強者、ネコミミ番長。身動き一つ取らず、気合い一閃で写真集を弾き飛ばす。
「おんどれらが襲ってくるなら倒すまで! 事情は後でゆっくりと聞かせてもらうぞ!!」
 覚悟を決めたのか、ネコミミ番長が腰の高さに拳を構え、気合いを込める。石が浮かんだり全身から光が出たりしてる気がするようなつもりになる。やっぱり格闘はこうでなくちゃな。
 そして次第に距離を詰めるガクラン男と半ズボン少年。互いの制空圏に入るまで後2m、1m、一歩、半歩……その時
「一生分の勇気を振り絞った告白を……アンタ達……」
 低い、地獄の底から呟くような低い声。3人がそちらを見ると、今の今まで思いっきり存在を無視されて居た御剣桃華が居る。そう言えば居たんだな。忘れてた。
「人の恋路を邪魔する奴ぁ、馬に蹴られて死んじまうって言葉……知ってる?」
 微妙に違う気がするが、その言葉のニュアンスだけは何となく見て取れた。ハッキリ言って、怖い。
 無言で距離を詰める御剣。ヘビに睨まれたカエルよろしく、微動だにできない三人。
 ちょっと、この先を描写する勇気は無いので割愛させて頂く。何があったのかは聞かないでくれ。


 どこかの小さな教室のような場所。
「だから! メイドが主を呼ぶ時はご主人様じゃありませんってば!!」
 熱く語る奴が居る。
「しかし、旦那様だと相手が女性の時はどうする?」
 熱く応える奴が居る。
「その時は様付けに決まってるじゃないですか。そうじゃなければお嬢様とか……」
 熱い奴等が居る。
「じゃあ、決を取りましょう」
 その熱の決着まで秒読み段階となったその時。
「ゆけ! 改造変化族『ダーク・ゼロ』よ!!」
 漆黒の人狼が襲いかかった。
「メイド服ばんざーい!!」
 奴等は、最後の一瞬まで熱かった。


「待て! ネオ・クシュカの怪人どもめ! お前たちの『今夜は花見で毒マダム』作戦はこの俺が防いでみせる!」
 木刀と白いマフラーがトレードマークの高校生、志賀信彦。彼は『正義の味方』として、今日も学院で戦い続けていた。
 相手をしているのは、エリマキトカゲとレミングを融合させた時念獣・天草四郎時貞。一応その能力は人心を把握し、愛を語って集団自殺させるのだが……周囲に人が居ないこの状況では全く無意味であった。
「ウェルナー! ロケットパックだ!」
「ああ……」
 彼の時念番ウェルナー・フォン・ブラウンは、異刃剣であるロケットパックに姿を変えた。
「光速剣!」
 怪人に必殺技を放ちつつある志賀に、ロケットパックの姿のフォン・プラウンは話しかけた。
「これからも、ずっとこんなことを続けるのか?」
「……? 突然、何だ?」
「子供の頃からの夢を追う。それはとても素晴らしいものだ。だが、それは大きな苦痛を伴う。そのことをお前は知っているか?」
「例えぱ、俺を見ろ。俺は自分の夢のために人生を棒げた。だが、結局のところ、俺は戦争に荷担して多くの人間を殺しただけだ。今もどこかでロケットだのミサイルだのといった道具が人を殺している。俺の夢は人を不幸にした。
 お前も、俺と同じことをするかもしれない」
「俺にどうしろと言うんだ!?」
「別にどうも。だが、そんなことも有り得るということだけ胸に刻んでおけ。
 覚悟無しで夢を追うな。俺と同じ悩みを持つことのないように……」
 志賀の必殺技は敵の頭部に命中する。ネオ・クシュカの怪人は激しい爆風と共に消し飛んだ。
「ウェルナー、お前の言う事の意味はわかる。だが、なぜ今、急にそんな話を?」
 フォン・プラウンは答えなかった。
 ただ、黙って姿を消した。


 フランソワちゃんは無言のまま、手を動かした。隣に立っていた蜘蛛男の子が走り出す。
「キャア!!」
 可愛らしい悲鳴を上げて、クレオパトラはそのタックルをモロに食らった。相変わらず、不意打ちに弱いな。
 そして光と共にに消える二つの陰。おそらくは時念番の力でクロニクルの側へ転移したのであろう。場には、フランソワちゃんとでどこのみが残された。
「フランソワ……」
 殺気を感じ取り、構えるでどこ。両腕を腰貯めに構え、膝を落としたレスリングに近い体制だ。組み技を中心に考えられたでどこ独自の構え。
 対するフランソワちゃんは、軽く握った拳を頭の左右に構える。こちらはムエタイやキックなどの格闘技に良く見られる構えである。怪力を生かした打撃攻撃が中心となるフランソワちゃん専用と言える構え。
 でどこは己の能力を生かすために思考錯誤を繰り返し、このスタイルを完成させた。頭で戦う格闘技。それがでどこのスタイルである。
 フランソワちゃんは純粋に自分のファイトスタイルを選び、無数の実戦と肉体の示す本能のままにこのスタイルとなった。言わば、より獣に近い。本能のスタイルとでも言おうか?
 そして、二人のスタイルのままの会話が交わされる。
「にゃんのつもりにゃ、フランソワ?」
「でどこちゃん、たたかお♪」
 闘争の理由を問うでどこに、理由など必要としないフランソワちゃん。
 そして、一息に間合いを詰める。
 フランソワちゃん幻の右が繰り出される。でどこの瞳は、それをスローモーションのように現実感の無い動きに捉えていた。頭を僅かにずらして拳を避けると、慣性の許すままにタックルを仕掛ける。
 ギン!!
 金属とも木とも知れぬ音が響き、でどこの小柄な体が宙を舞う。
 フランソワちゃんの膝がでどこの顔面を狙ったのだ。しかし、でどこの意外なスピードにより狙いは逸れ、胸元のコスチュームを叩くに留まった。
 でどこの着地地点に向かって強烈無比な蹴りを繰り出す。だがでどこは空中で身を捻り、着地地点を僅かにずらす。わき腹を掠めた事によって一回転し、這うような姿勢での着地を余儀なくされるでどこ。そのでどこの頭に向かって踵を落とすフランソワちゃん。
 だが、でどこの動きはそこで終わりでは無かった。膝のバネを生かし、着地の態勢からそのままフランソワちゃんに向かって飛び込んだのだ。
 このタックルは予想外(いや、普段から予想する頭など無いが)だったのか、思いきり弾き飛ばされるフランソワちゃん。その上に馬乗りになるでどこ。いわゆるマウントポジションである。でどこの両膝で、フランソワちゃんの大きな乳房が強調される。そこに小さな敗北感を感じるでどこ。
「ニャハハハハハ〜〜〜〜〜〜♪」
 聞きなれた笑い声の中、『番長』の内なる声に従い、遠慮の無い攻撃を仕掛けるでどこ。言うまでも無くその手には必殺の『でどこ栓抜き』が握られている。
 栓抜きを握った拳による攻撃。これは痛い! 一発、二発、三発。
 四発目は無かった。不自由な体制からのフランソワちゃんの必殺の左が炸裂したのである。体重の軽いでどこはいともあっさり吹き飛ばされる。だが体制の不自由さから力が入り切らなかったのか、難なく着地するでどこ。
「やるにゃフランソワ! だけどまだまだにゃ!!」
 ピシッ
 でどこの叫び声に呼応するように、小さく聞こえたその音は、すぐにでどこの全身へと広がって行く。
 ピシッ、ピシピシ……
 でどこ達ミミレンジャーの身を護るために作り出されたコスチュームが今、崩れ落ちた。


「貴方、何のつもりですの?」
 ここは『クロニクル』内の空間。そこで蜘蛛男の子ことアンリ・ファーブルとクレオパトラは向かい合っていた。
『ブブブブ……君が、羨ましかっただけ……ブブブブ……』
 ポツリと呟くファーブル。ますます怪訝な表情になるクレオパトラ。
『だって君には…ブブブ…でどこさんが居る……ブブブ……』
「でどこさんが?」
『君はでどこさんと心を寄せた…ブブブ…だから、小箱以外にも…ブブブ…記憶してもらえる……ブブ』
 クレオパトラは小さく微笑むと、構えを解いた。ファーブルに戦う意思が無いと気づいたのだ。殺気も、随分前から消え失せてる。
「でも、私は彼女にとって良いパートナーではありませんでしたわ。きっと、すぐに忘れてくださります……」
 寂しそうに微笑むクレオパトラ。
『そんな事は無いよ』
 それに、優しい微笑みを返すファーブル。その姿は生前の……人間の姿を取っていた。ザ・フライとかB級映画から持ってきたような虫男の姿ではない。
『君だって解ってるはずだ』
「……えぇ」
 自嘲気味に微笑むクレオパトラ。
「一緒に戦ってきたから良く解りますわ。あの娘はとても優しい娘です。もし、私があの娘のように生きていられたら……いぃえ。済んだ事ですわね」
『僕等の時はもうすぐ終わる……あのままで、良いのかい?』
 その言葉に、クレオパトラは答えなかった。世界三大美女に数えられる、美しい微笑を浮かべたまま。
 ただ、彼女の頬を伝う水滴が……答えを告げていた。


「パ……パカにゃ!? このネコミミウム合金のコスチュームが……!?」
「えへへ……フランソワちゃんってつよいでしょお?
 いまのフランソワちゃんは、ちょうじねんばんちょうスーパーフランソワちゃんなんだよお。だから、 さからっちゃだめなんだよお……」
 つい昨日まで共に戦う同士であり、友人であったデドコとフランソワちゃんの二人。なぜ、このニ人が戦わなければならないのか!?
「あのねあのね、フランソワちゃんはでどこちゃんのことだいすきだよお。あと、フランソワちゃんはたたかうのってだいすき。だから、もっともっとでどこちやんのことすきになるために、でどこちゃんとたたかいたいの。
 でどこちゃん、たたかお」
 フランソワちゃんは問答無用で間合いを詰めると、でどこに足払いをかける。でどこは飛び退り、着地のバネを生かしてフランソワちゃんの顔面に蹴りを入れようとする。だがそれもフランソワちゃんの本能は読みきっている。額で跳ね返され、崩れた体制に攻撃を仕掛けられるヴィジョンを浮かべ、慌てて攻撃を取りやめるでどこ。
 二人の頭の中では、無数の拳が交錯している。だがそれは思考と本能の海に沈み、新たなる拳が湧いて来ては、再び海に沈む。実際には、牽制程度の攻撃しか交わされていない。
「やめるんにゃ、フランソワ! オマエはあやつられてるんにゃ!」
 不敵な笑みを浮かべるフランソワちゃん。
 再び牽制の一撃。だがそれとて、一般の者ならば一撃で意識を刈り取る代物である。膝を折畳んで重力のまま身を落とし、避けるでどこ。
「あやつられてなんかいないもん。フランソワちゃんはこれがしょうたいなんだよお。フランソワちゃんはたたかいとはかいのためにうまれてきたんだよお」
 一手たりとも気を抜けぬ攻防(いや、フランソワちゃんの声は気が抜けてるようだが、彼女はあれで真剣なのだ)。体術は互角だが、攻撃力、防御力共に改造手術を受けたフランソワちゃんの方が僅かに上である。しかも、打撃戦はフランソワちゃんの十八番。組み技を中心としたでどこが不利なのは、誰の目にも明らかであった。
「ううっ、ピンチにゃ……」

 一体どれほどの時が流れたであろう?
 二人は、未だ戦い続けていた。
 フランソワちゃんが『ふらんそわチャンぱんち』を繰出し、でどこがそれを受け、手首を極めながら組み付き、必殺のD3(デ・ドライ)を決める。
 しかしフランソワちゃんは鋼のような首の筋肉でそれを受け切ると、足を折り曲げてでどこを地面に叩きつける。
 でどこはブリッジでそれを凌ぐと間合いを取り、デ・ド・キャラリアットによる反撃を試みる。フランソワちゃんはモロに食らいながらも、同じ技で相打ちに持ち込む。
 天性の打たれ強さと攻撃力を生かしたフランソワちゃん、巧みな技術でそれを受け流し反撃するでどこ。
 今、でどこの頭の中では、フランソワちゃんとの想い出が走馬灯のように駆け巡っていた。
『フランソワちゃんだよお』
『でどこちゃん、おなかへったよお』
『でどこちゃん、あそびにいこお』
『でどこちゃん、フランソワちゃんはでどこちゃんのことだいすきだよお』
『でどこちゃん』
『でどこちゃん』
「フランソワちゃんとどめパンチ!!」
 疲労と思考によって、でどこの防御が一瞬遅れた。強烈無比な一撃が、でどこの腹部を貫く。
「ぐぅ……」
 苦悶の表情で小さな体を折り曲げ、そのままうつ伏せに倒れるでどこ。
「まだまだだよ。でどこちゃん。もっとたたかお」
 心底楽しそうな表情のフランソワちゃん。純粋に格闘を楽しむ可愛らしい微笑みが、でどこの心に沁みる。
 何故、友達同士戦わねばならないのか? その理由がでどこには解らない。解る事は、フランソワちゃんが己の全存在を賭けてここに望んでいると言う事のみ。ならば……
 でどこは、ゆっくりと立ち上がる。まだ立ち上がる力が残っていたことは、彼女自身にとっても大きな驚きであった。
「フランソワ! オマエはあたしが倒してやるにゃ!」
 ならば、自分もその全てを受け止めよう。
「すごいや、でどこちゃん! まだでどこちゃんはたたかえるんだね! フランソワちゃんはすごくうれしいよお!」
 ニ人は向かい合い、そして拳を強く握った。
「でどこちゃん、がんばってね。いままでみたいなちょうしじゃ、フランソワちゃんをたおせないんだよお!」
「シンパイは無用にゃ! 手加減ナシでぶっとぱしてやるにゃ!」
 そして、自分もまた全てを伝えよう。長い時を一緒に戦い続けてきた親友に、己の全存在をぶつけよう。

 ジリジリと間合いが詰まる。
 チリチリと二人の間にある空気の焦げる臭いがする。
 ビリビリと心地良い緊張感が二人を包む。
「ネコミミ老子! 禁をやぶることをおゆるしくにゃさい! あたしはトモダチのために掟を破るにゃ!」
「えへへ……フランソワちゃんのこぶしがうなってひかってさけんだりする!
 ひっさつ! おっぱいみさいる!」
「超最終奥義! 『猫魂(ねこだましい)』!」
 空間その物を消し飛ばす必殺技を繰出そうとするフランソワちゃんに、でどこが間合いを詰める。そして……
 パン!
 フランソワちゃんの目の前ででどこの両手の皺と皺が合わさった。まぁ、それはそれとして。
「今にゃ!!」
 フランソワちゃんが一瞬ひるんだその隙に、でどこは己の全てをぶつける。
「愛と正義の猫パンチ!」
 強烈なボディブロウがフランソワちゃんの顔面を貫く(?)。
「最終究極破壊蹴撃(Final Ultimate Clush Kick)!!」
 一瞬放送コードに引っかかりそうな略称がどこかから聞こえ、フランソワちゃんの柔らかな胸に突き刺さる。
 ピシッ
 そのままでどこは頭を上下左右に振り始める。横にした8の字のように、定期的なリズムを刻む。そして
「D51(でごいち)!!」
 どっかでお馴染みの戦闘テーマが流れ、そのリズムに合わせて無数の拳が繰出される。
 ピシピシッ
 右に左に揺れるフランソワちゃん。51発の軽快なリズムを刻み終わり、一瞬動きが止まった……かに見えた。
「デ・ド・キャラリアットオオォォォ!!!!」
 でどこの全身全霊を賭けた正真正銘最後の一撃が、フランソワちゃんを弾き飛ばした。
 これが最終奥義『猫魂』。猫騙しで敵を怯ませ、そこからでどこの持ちうる全ての技を相手に叩き込む。考えに考え抜かれたコンビネーション。
 パァン!!
 全身を覆っていた、黒衣のコスチュームが弾け飛んだ。
 戦うことに生を見出した、一人の少女の命と共に……


「戦いはこれで終わりだね」
 アンリ・ファーブルが呟く。
「良い戦いでしたわ」
 クレオパトラが返す。
「いや、マダだな」
 ジークムント・フロイトが腰を折る。
「そう、最後の戦いが……いや、この物語のシメが残っている」
 フォン・ブラウンが無表情に続く。
「じゃ、じゃあ、ぼ、僕の出番なんだな」
 最後の一人が、『クロニクル』内から姿を消した。恐らくは、最も心を寄せた主の元へ。


「つよかったよ、でどこちゃん…………やっぱり、フランソワちゃんはでどこちゃんのことだいすきだよお……」
 フランソワちゃんの口から、赤い液体が溢れる。
 折れた肋骨が肺に突き刺さっているのだろう。呼吸をするたびに、フランソワちゃんの豊かな胸が赤く染まる。
「フランソワ! しゃベっちゃだめにゃ!」
 これを致命傷と言わずして、何を致命傷と言うのだろう? むしろ、喋れる事の方が不自然である。
「フランソワちゃんは、でどこちゃんにあえてたのしかったよ……」
「フランソワ!」
 その言葉を最後に、フランソワちゃんの心臓は、活動を停止した。
 こうして最大の危機は去った。
 しかし、戦いは終わったわけではない。悲しみを乗り越えて戦え、でどこ!


 でどことフランソワちゃんの死闘から数分後。でどこは既にその場を立ち去っている。
「フフフ……予定通りだ」
 そこに現われたのは『調教番』パブロフ。
「フランソワちゃん様も元は変化族。一度死すれば私の力で思いのまま操る事が出来る」
 そう説明臭く呟くと、パブロフはメトロノームを取り出す。
「甦れフランソワちゃん! 我が野望のために!!」
 メトロノームのリズムに合わせ、フランソワちゃんの心臓は再び動き始める。アレほどの深手が見る見るうちに癒えて行く。
「そ、そんな所だろうと思ったんだな」
「死んだモンを安らかに眠らせておく事もできんのかい」
「腐り切ってるわ。アンタ……」
 そこに現われる四つの陰。
「何奴!」
 戸惑いを隠せないパブロフ。
「この志賀信彦! 悪党に名乗るような名は持ち合わせて無ぇ!!」
 その言葉に、パブロフ操る黒い影が飛び出す。
 勝負は、一瞬でついた。


「あ、ありがとうなんだな。ぼ、僕一人じゃとても勝てなかったんだな」
 変化したままの巨体で尻尾を振り、感謝の意を示す徳川綱吉。
「ワシらはワシらの思うが侭に行動しただけじゃ。おんしこそ、礼を言う」
 自慢のネコミミ学帽を取り、会釈するネコミミ番長。
「事情は知らねぇが、義を見てせざるは勇無きなりってな。じゃ、俺はもう行くぜ」
「私も行くわ。後日仕切り直しよ。ネコミミ番長!」
 そして三つの陰は去った。
 ゆっくりと起き上がる金髪の美少女。何かを確認するように周囲を見回す。
「助かったんだ」
「あぁ……楽しかったか?」
 二人の口調は、普段のそれと大きく異なっていた。落ちついた口調。何より、漢字が多い。
「一つ聞きたい事があったんだ」
 綱吉はパブロフの呪縛から解き放たれた。それ故、元の賢帝としての言葉を取り戻したのである。
「何故君はそんな……」
 綱吉の問いを、フランソワちゃんは指を立てて制止した。仕方ないと言う風に肩を竦め、首を振る綱吉。
「私にももう時間が無い。さよならだ。アインス・ゲーレン」
 綱吉は、そのまま姿を消した。いつものように光に包まれるのではなく、唐突に、まるで、そこに何も無かったかのようにこの世から消滅した。
 フランソワちゃん……いや、アインスは一人ごちる。
「女はね、いくつもの仮面を持ってるのよ……お父様……」
 犬将軍・徳川綱吉。
 史実では、名君であったはずの彼が『生類憐れみの令』と言う悪法を発布した理由は、生き物を大切にする事で子が産まれると予言されたからだそうだ。
 ならば世継に恵まれなかった変化族の彼にとって、同じ変化族であるアインスとは……いや、今更論じても仕方の無い事であろう。
 真実は、歴史の闇へと葬り去られている……

TO BE CONTINUED


 こんにちわ。フランソワちゃんのPL、煉です。
 今回は〆切地獄に追われながらも何とか書き上げました。
 もっともっと書きたい事があるのにぃ〜!!(泣)
 フランソワちゃん仮面が現れる部分とか、でどこと怪人『血の繋がっていない妹』男との戦闘シーンとか、色々思いついたのですが、どうにも時間と言う奴にやられました。
 まぁ、もう少し時間が取れたら手直しするので、どうか怒らずにお待ちください。
 そう言えば、投稿規程からも外れてるんですよねぇこれ……。まぁ、それはあちらにお任せするとして(をひ)、『ミミレンジャー設定資料集』とかにも目を通してください。馬鹿馬鹿しくて泣けてきます。
 それでは、次回のエルスウェア作品『パラダイス・トリガー』のどこかでお会いしましょう。
 貴方が貴方だけの『本の小箱』を見つけられますように……

MAY/31/2001
もっと書きたい……煉

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