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某月某日 16時28分

「救援信号だ」
 ロスフォード・ブラスハントのその言葉で、船員達は意識のスイッチを切り替える。
「場所は近いのか?」
 ここは、通常の空路を大きく外れた場所で、彼等以外の者が発見される事は希だ。
「あぁ。タイムラグや反応からして、おそらく三時の方向距離10km」
 その言葉のまま、ロスは舵を傾ける。
「カモだな」
 ヴァルグレイヴ・アースティアの言葉を合図に、操舵室に居た者達は駆けだした。
 来るべき時に備え。

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同日 16時43分

「どうやら、先客が居るらしいな」
 スローター・ディヴィンは冷静に告げているが、その瞳には怒りを宿している。他の面々も同じ様な表情だ。
 救援信号を追った彼等が見たモノは、殺戮と、掠奪と、陵辱であった。
 機関部に穿たれた大きな穴は、船の航行不能と同時に、遠くない未来の墜落を予想させる。
 その船内を傍若無人に駆け回る男達。宝石、貴金属、ドレス、女子供……手にはそれぞれの戦利品らしきモノが握られている。
 窓から見える場所に、もとは警備兵だったらしき肉片が横たわっている。硬いブーツに足蹴にされ、赤い液体と肉片を付着させるが、ブーツの主は気にすることなく金目のモノを掻き集めていく。
「確かに、ヴァルの言う通りだね」
 口調こそ楽しげに、トム・アット・ボーイは吐き捨てる。それにDが続く。
「あぁ、コイツ等はカモだ。それも極上の……」
 舵をヴァルに任せたロスフォードが、無言のままアンカーを撃ち込んだ。

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同日 16時48分

「砲台で相手を無力化して、叱る後にアンカーを撃ち込み突入、金品を奪いそのまま逃走か……」
 敵船に突入し、一通りの戦闘員を無力化させたDが呟く。
「どっかで見た戦法だな……」
 後からのんびりと船に乗り込んだヴァルが、足下の男が握っている女物のペンダントを取り上げながら呟く。
 同じ戦法ならば、純粋に戦力差で勝負が付く。
 そして彼等が知る限り、ディーを超える銃の名手は存在していない。
「なぁディー、この方式を考えたのは……俺達に教えたのは、お前だったよな?」
 ディーは、その問いに答えなかった。
 ただ、今は動けない男達の腕を撃っていた。いや、正確にはその腕に取り付けられたワッペンを。
「おい、まさか……」
「言うな」
 付き合いの長いヴァルですら聞いたことの無い声だった。その声に含まれた感情。それは憤りと、そして、アレは哀しみだったのではないだろうか?
 だが、それを確認する前に。二人は走り出していた。
 降伏を拒絶し続けた敵空賊が、一人残らずその命を散らすまで、これより数分の時を要した。

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同日 16時57分

「クズが……」
 ディーが、耳の穴を4つに増やされた半裸の男を足で退かす。
 男の下には、まだ年端も行かない少女が気を失っている。
 見た所外傷は無く、着衣もさして乱れていないようなので、ギリギリ間に合ったようだ。
 周囲を見回すと、何者も写さない瞳でディーを見つめる女が居た。女の腹には、今先程食いちぎったらしい舌が落ちている。ディーはその瞳を閉じさせると、金目の物を漁る。
 一通り探索を終えると、再び少女を見つめる。血塗れの姿でもなお、美しい少女だ。
「さて……」
 本来、曉鷙団は女は奪わない。だが、ここに少女を置いていけば、待つのは誇り無き空賊達の醜い陵辱だけだ。あるいは、側で眠る女と同様の運命を辿るだろう。
 ディーは、小さく舌打ちすると少女を抱き上げ、部屋を後にした。

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同日 17時21分

 生き物の居なくなった二隻の船が、夕日に散っていく。
 誰一人、その光景に感傷は抱かない。誇り無き空賊の最後等、こんな物だ。
 空賊達の掠奪と戦闘の結果、生存者はたったの一名。その事実もまた、彼等の心を不感症にさせているのかもしれない。正常な思考のまま、人の死に立ち会うことは難しいのだから。
 血の色に染まった太陽は、まるで朝焼けのように美しく空を照らしていた。

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同日 同刻

 ヴァルは、その光景を生涯忘れる事は無いだろう。自室に休みに行く途中、ドアの隙間から覗き見た光景を。
 夕日の中ディーは、自室のベッドに、そっと少女を寝かせた。これ以上無い程、優しい仕草で。
 だが、ディーの手が離れた途端、少女は身じろぐ。産まれてこの方、娼婦以外の女など扱った事のないディーは、慌てふためく。だが、慌てるだけで具体的な行動は何も浮かばない。
 結果として、少女と目を合わせたまま硬直する羽目となった。
「あの、ここは……」
 少女の言葉で、僅かながら冷静さを取り戻す。
「ここは……私たちの船の中だ」
 それだけを告げると、部屋を出ていこうとする。
 ディーは元来、多くを語らない。聞かれたことにのみ、簡潔に答える。
「それでは、貴方達は……」
 だから、この後のディーの答えは、ヴァルには全く予想外の物だった。
「通りすがりの、正義の味方だ」

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 この後、二人の間でどんな会話が交わされたのかは、三人を除いてだれも知らない。
 少女 ― イムリア・ルゥ・ユストリアスと言うらしい ― に聞けば「皆様のお手伝いが出来るなんて、光栄の至りです」と言って瞳を輝かせるばかりで理解できず。
 ヴァルに聞いてもニヤニヤと笑うばかりで何も聞かせてはくれない。
 そしてディーは、不必要なことを答えたりはしない……が、何か別の含みもあるようだ。
 兎にも角にも、イムリアはこの後も船に残り、曉鷙団の食事係となった。
 味のない携帯食ばかりだった彼等にとって、これは渡りに船の提案だったので、誰一人として異を唱えては居ない。
 かくして彼等は、今日も曉の空を飛び続ける。
 何ものにも阻害されることのない、自由の旗を掲げて……


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