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「今日から加わる仲間だ」
 団長は、いつも通りの不細工なツラでそれだけを告げた。
 比喩表現でも何でもない。どれだけの修羅場を潜ったか知らねぇが、そのツラは整形痕で人間の形をしていないと言って良い。常に苦虫を噛み潰し続けてる様な表情が、それを更に強調させる。
 本当に人間なんだろうか? たまに、いや、その顔を見る度にそう思わざるをえない。
「スローター・ディヴィン」
 団長の隣に居た、イヌ族の男がシンプルに……それはもうシンプルにそう自己紹介した。後は何も無し、ふざけてんのか?
(いけ好かねぇ奴だ……)
 それが、初対面の印象だった。

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「なぁお前、空賊崩れなんだってな?」
 リフェルが早速新入りをからかってやがる。
 スローターは、無視して武具の手入れをしている。愛想を振りまくつもりは無いらしい。
「それで、捕まって首括られる所を、最前線の傭兵部隊送りで免れたって所かい?」
 リフェルの言葉には、嘲笑の響きがある。スローターが気にくわなかったのは俺だけじゃないらしい。
「その、未練たらしく付けてる腕章は前の空賊団のモンか? きったねぇなぁ……」
 リフェルはニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべたまま、腕章に手を伸ばした……が、その手は途中で止まる。
 こめかみに当てられた銃口、その銃に安全装置は付けられていない。ハナっから安全なんぞ考えてもいねぇ、物騒極まりない銃だ。何てモン使ってやがる。
「汚らしい手で、私の誇りに触れるな」
 イヌ族には見られない、強烈な眼光。イヌ族は元来、社交性の高い種族だ。それがどうしてなかなか……意外に関心させられる。
 リフェルとて、百戦錬磨の傭兵だ。たとえ平常時でも、警戒を怠る様な真似はしねぇハズ。スローターの身体能力が、それを上回って居たって事だろな。多分。
「わ、解ったよ。悪かったよ……」
 リフェルが手を引く。薄ら笑いは愛想笑いに変わっている。無様な奴だ。結局、惨めな背中のまま、リフェルはすごすごと引き下がり、別のたき火へと移った。
 その日、全員の手元に、市街攻略戦の通達があった。

「市街戦は初めてか?」
 俺は銃を抱えて、獣道に待機していた。どうもこの感触だけは好きになれねぇ。
 操縦桿と同じ、鉄の塊だってのに、どうしてこうも違うんだ?
「あぁ……」
 スローターは、それだけを返すと狙撃銃を構える。目標は、見張り台の男。
 俺達はチームを組まされて、市街攻略の先発隊としてこの場に居る。
 メンバーは俺、リフェル、キール、そして、何故かスローターの奴が居る。
 長距離射撃が出来るのがその理由らしかった。

 タァン……

 小さな銃撃音が響き、見張り台の男が倒れる。どういう改良をされてるのか、その銃声は極端に小さい。これじゃ、撃たれた方は気づきもしねぇウチにあの世へ行けるだろう。
 俺達は街へ走り込む。この街を占拠すれば、戦況は一気に有利になる。
 それだけにこの街は向こうさんにとっての生命線でもある。案の定、入った途端に兵隊が駆けつけてきた。見張りを潰した位じゃ時間稼ぎにもなりゃしねぇ。
 幾千の銃撃が鳴り響き、俺は自分の銃で何人死んだのかも数えられなくなった。


等倍表示

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「畜生! もう一息だったのに!!」
 リフェルが叫ぶ。
 俺達は放送局を目指していたが、一つ手前の路地に待ちかまえていた軍に奇襲をくらい、命辛々逃げてきた。
 今はどことも知れない街の裏路地、元は住民の防空壕だったらしき場所に隠れている。
 傭兵団の本隊は、街へ入る段階で手こずっているらしい。
 街を引っかき回して敵兵の注意を向けるハズが、予想以上に敵軍は多く、なおかつ迅速だった。
 下っ端の一部の注意をこちらへ向ける事には成功したが、敵兵はまだまだ残ってたってこった。
「どうしてこうなっちまったんだ!? あっさりこの街を占領して、好きなだけ酒が飲めたってのに!!」
 こうなると最早、俺達の生存の可能性は低い。あるとすれば、軍と傭兵団の本隊がこの街を占領してくれた場合ぐらいだろう。
「騒ぐと体力を消耗するぞ」
 一人眠ってたスローターが、平然と指摘する。リフェルもたまらず黙り込む。
「食料も水も無しに生き延びたかったら、口数を少なくする事だな」
 俺も口は開かなかったが、スローターの意見に賛成だった。ったく、コイツは本当にやかましいな。
「ハッ! 生き延びるだって? もう食料が尽きて二日も経つのに、生き延びられるつもりでいんのかお前!?」
 ヒステリックにリフェルは叫び続ける。もう精神も肉体も限界に近づいているのだろう。
「だったら死ぬか?」
 キールが呟いた。いよいよコイツもやべぇみたいだ。
「死にたいなら簡単だぜ? この天井開けてへーたいさん達に俺等の事を知らせてやれば良い」
 訂正する。リフェルよかコイツの方がヤベェ!!
 床板を開いて地上に出ようとするキール。

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 俺達が生き延びるには、こうするしか無かった。
 キールは大人しくなっている。
 二度と物言わぬ姿となって。
 安全装置の付いてない銃を片付けると、再びそいつは眠りに落ちた。
 リフェルも、口を開けなくなっていた。目の前で、仲間が、仲間に撃ち殺されたのだ。それも、明日は我が身かもしれない。
 新たな恐怖が、リフェルを黙らせた。
 これしか方法が無かったのは解っている。だが、それでもやりきれない気持ちがその場を包む。
 その中で平然としている男。俺は一瞬、キールと同じ姿にしてやろうかと思ったが、やめておく。
 無駄な体力の消耗は避けねばならない。それに、見ようによっては、コイツは自ら汚れ役を買って出た様にも見える。
 結局、俺達が助け出されたのは、キールに虫が湧き始めた頃だった。

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 街が、いや、軍が、勝利の雄叫びを上げている。
 勝利に酔い、占領した街の中を縦横無尽に駆けめぐる。
 気にくわないガキが居れば殴り倒し、気に入った女が居れば連れ去っていく。
 欲しいモノがあれば奪い、水も、酒も、食料も、女も、金も、全てが兵士のモノになった。
 体力を取り戻したリフェルも、それにならう。
 俺だけが、どうにも参加する気になれなかった。
「醜いな……」
 いつの間にか、スローターの奴が隣に座っていた。珍しく、その顔に表情が現れている。侮蔑に満ちた表情が。
「必要以上のモノまで奪い、奪ってはならないモノまで奪う……軍とは、兵士とは、ここまで醜いモノなのか?」
 どうやら、独り言らしい。だが……
「そう言うお前はどうなんだよ? 元空賊のお前だって似たようなモンじゃねぇか? 人も殺すし、金も酒も食料も、欲しいモノがあれば奪い去ってんじゃねぇのか!?」
 俺は、無意識のうちに声を荒げて反論していた。
「一緒にするな。空賊には、誇りがある。このような醜い掠奪はしない」
 男の答えは、シンプルだった。
「そうか……悪かったな」
 だが、シンプルだからこそ、そこに複雑な想いがあったようだ。それを感じ取った俺は、それ以上何も言えなかった。
「けど、一つだけ聞いても良いか?」
 傭兵にとって、過去の話はタブーだ。多くの場合、そこに犯罪が絡んでいる。俺みたいな物好きは少ない。
「前の空賊団、どうして抜けちまったんだ? そうやって腕章をいつまでも付けてるほど、空賊が気に入ってたんだろ?」
 空賊が前線に送られることは、良くある。免罪の変わりに人を殺せと言う事なのだが。コイツがそう言うタマには見えない。
「空賊には、空賊の誇りがある」
 スローターは少し遠い目をすると、自嘲気味に笑って見せた。器用なモンだ。
「無論、その誇りを持ってない空賊も存在する。だが、私の居た空賊団は、『狼星団』は、その名の通り気高く、強かった」
 話が読めない。
「しかし先代の義父(おやじ)が死んでから、ロウェルが跡を継いでから、狼星団は変わった」
「それで、離団したのか……」
 俺はわざわざ話の腰を折った。これ以上話させるのは、何故か躊躇われた。
 コイツも、結局はアウトローなのだ……と言う事なのだろう。俺が、親父の束縛を拒否した様に。コイツも、自分の魂にのみ従いたい人種なのだ。
「なぁ、スローター……」
 何故か、俺の口元が緩む。
「俺と空賊団を作らないか?」
 冗談のつもりだった。だが、口にした途端、俺の本心がそこへ移行する。
 空賊をやってみたい。アウトローとして生きるのに、法を破って生きていくのは、どんなに楽しいのだろう?
 新しい好奇心が、俺を支配し始めた。
「悪くないな……」
 スローターも、冗談だと想っているのか、小さく笑っている。
「だが、一つだけ許せない事がある」
「アン?」
 また何か堅苦しい事言うつもりか? コイツは……
「もし空賊をやるのなら、俺を殺戮(スローター)と呼ぶな」
 スローターの笑いに、苦みが混じる。
「ディーで良い……」

 この数年後、自由の旗を掲げた空賊団『曉鷙団』が、空に名乗りを上げた。

to be continued free sky


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