Dead or Alive〜郭斗の拳・第三部


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第11話
登場人物 ???

「懐かしい話だ……それほど昔のことではないのだが」
(出雲一人)


「ちょっと前に中国行ったことがありまして……」
「そこから先は私が話そう」

 土佐の声を遮ったのは、出雲一人であった。


 ……私がまだ王龍寺にいた時の話なのだが、当時、王龍寺と対になる拳法の総本山として、帝虎寺があった。そして、王龍寺と帝虎寺は抗争状態にあったのだ。
 昔はこんなことはなかったのだ。互いに競い合い、技を磨き合い、切磋琢磨していく、宿敵でありながら親友と呼べる、そういう理想的な関係にあったのだ。それが、いつの間にか、気がついたら不倶戴天の間柄になっていたのだ。
 長年続いた抗争は、最後には帝虎寺の崩壊という、最悪の結果で終わった。そして、そこに関わっていたのが……


「……山口探検隊、と?」
「正解」

 答えた山口の口調は、戦功を誇る者のそれではなかった。苦笑と言うにも、やや、苦みの成分が強かったかもしれない。


 ……いや、責めているわけではない。偶然、巻き込んでしまった、我々にこそ、非がある。
 とにかく、たまたま王龍寺に立ち寄った「探検隊」により、一連の抗争には一応の決着を見た。が、ここからが重要なのだが……彼らが持ち帰った資料は、我々にとって驚くべきものであったのだ。
 率直に言えば、一連の事件の裏は「暗黒獣術」の姿があった。さらに言えば、帝虎寺の中枢は、彼らの一派で占められていたのだ。
 それは、もはやかつての帝虎寺ではなかった。中国拳法の名門が、4000年の歴史の担い手が、秘密結社の隠れ蓑に成り下がっていたという事実は、我々を驚愕させるに充分であった。しかも、我々にとっては最高の朋友である者が、だ。
 そして、その驚愕が暗黒獣術への恐れと怒りに変わるのにさほどの時間は必要としなかった。今、ここでこうしてふたたび奴等と事を構えるに至ったのは、むしろ天佑と呼べるかもしれない……


 Trrrrr……Trrrrr……
 出雲の言葉を遮ったのは、一本の電話であった。土佐がそれを取る。

「はい、土佐ですけど……」

 相手の言葉に耳を傾けていた土佐の口元に笑みが浮かぶ。

「……わかりました。じゃ、10分後ぐらいに」
「おい、何だって?今の電話。」

 電話を切る土佐に訊ねる山口。そして、土佐の口から出てきた次の言葉は、そこにいる全員を驚愕させるものであった。

「じゃ、行きましょうか?健斗クン連れ戻しに」


第12話
登場人物 ???

「タネを明かせば簡単なんですけどね」
(土佐遼)


「どういう……事です?」

 郭斗の質問は、おそらくその場にいた全員の思いを代弁したものであったであろう。

「まさか、奴等の居場所が分かったなんて言い出すんじゃ……」
「ん?その、まさかですよ」

 何気なく言う土佐。

「魔法が使えるのは彼らだけじゃないってことですよ」
「それはいいのだが……」

 発言はド・ワルシュである。山口と肩を並べるほどの巨漢である彼は、もとは軍隊出身であった。それが、とあることをきっかけとして山口と知り合い、意気投合して現在では「探検隊」最古参メンバーのひとりとなっているのだが。

「本来はこういう場合、警察に行くのが先決ではないのか?」
「一時間ばかり、法律は無視します」

 あっさり断言する土佐。

「健斗クンを救出するのが先決です。健斗クンを警察沙汰には巻き込みたくありませんから」
「……助かる」
「……郭斗さん?」
「いや、なんでもない」

 それから3分後。全員が出撃準備を完了していた。
 各自の武器。ただし、状況を考慮して、拳銃は不所持。
 対魔法戦用装備として、アンチ・マジックの護符。使い捨てながら周囲10m半径の魔法を無効化できるシロモノである。プロテクターにも対魔法コーティング。
 隠密行動ということで赤外線スコープ。照明が使えないがゆえの、当然の装備である。

「ま、気休めだあね。コストかかってるわりには」

 とは、山口の言葉である。
 そんな彼らの中で……

「郭斗さん……いいんですか?」
「これでいい」

 ひとりだけ、いつものストリートファイトスタイルを貫き通す男がいた。


第13話
登場人物 ???

「なかなか……面倒なものだな」
(臥龍郭斗)


 おおよそ、都市と名のつく場所には、表と裏がある。
 ビルが立ち並ぶ大通り。夜中であっても人通りが多く、華やかな部分。
 対して、昼間でさえ薄暗く、人間の姿を滅多に見掛けることのない、裏通り。
 全く対照的な側面。両者は一見、あまりにかけ離れすぎている。
 が、表通りの両脇に建ち並ぶ、ビルのひとつむこうは、すでに裏の世界。
 暴力やドラッグ、売春が横行するアメリカに近づきつつあると言われている現代日本。
 いずれ「裏」が「表」に侵出し、ついには乗っ取ってしまう日もそう遠くはないのかも……

 ともかく。
 ここはそんな、どこにでもある裏通りのひとつ。
 かすかな電灯の下、人通りのほとんどない道を急ぐ数人の男たちがいた。
 もしも、明るい場所で彼らの風体を見た者がいたとしたら、10人に9人は驚愕するに違いない。
 あるいは、警察への連絡を考える者もいるかもしれない。
 それほど、彼らの外見は、普通ではなかった。
 ひとりの例外を除き、皆、一様にプロテクター……防弾チョッキ?……らしき物に身を包んでいる。
 そしてそれぞれが、思い思いの武装をしている。
 腰にナイフをさす者、メリケンサックを握る者など、それぞれの思想が見て取れる。

「郭斗さんは魔法とやりあったことは?」

 走りながら土佐は、唯一、普通に街を歩けそうな服装……襟のない半袖Tシャツにジーンズだ……をしている男に声をかける。

「ない」
「じゃ、説明しておく必要ありますね」

 それは予想通りの回答であった。

「魔法といってもいろいろありますが……言霊によるもの、精霊や神といった『人間を超える』物によるもの……挙げていけばそれこそ、きりがないですけど、これらは皆『現実ではありえない事項を具現化』させる、という点では共通しています」
「だから……何だと言うんだ?」
「重要ですよ?本来ありえない事を具現化させるわけですから、当然、そこには『無理』が生じるんです。つまり、『打ち消す』のも比較的容易な場合が多いんですよ」

 そっけなく答える郭斗。そんな郭斗の対応を気にするそぶりすら見せず、説明を続ける土佐。

「で……どうやれば打ち消せるんだ?」
「いろいろありますが……例えばこの『結界』ですか?」

 言って土佐は、懐から何やら袋状の物を取り出す。出発前に山口が皆に配った物だ。

「これはまだ推論の段階ですが……『魔法』が発動した場合、まずはその場に、目に見えない『何か』が収束される、そういう説が出ているんですよ。それが高密度に収束された場において魔法の実効性がある、と。」
「『何か』って?」
「それはわかりません。ともかく『結界』……この袋の中身、ですか?は、収束されたその『何か』を分散させることによって魔法の発動を事前に防止する、と、そういう原理、らしいです」
「頼りない解説だな……本当に大丈夫なのか?」
「山さんも言ってたじゃないですか、『気休め』って」

 いつしか、彼ら以外には誰もいなくなっていた。

「ただ、もっと簡単な方法があります」
「それは?」
「例えば『火の玉』を発生させる魔法があるとして、それが郭斗さんに向けて撃ち出されたとします」
「ああ……」
「で、まともに食らった、としたら、どうなると思います?」


第14話
登場人物 ???

「やっぱり……面倒なものだな」
(臥龍郭斗)


「火傷する」
「はずれ」

 ごく常識的な意見であろう。通常の場合であれば。

「普通の炎なら、正解です。しかし、これは魔法による炎ですから」
「って、ことは?」
「さっきも言ったけど、魔法ってのは割と簡単に打ち消せるんですよ」
「だから、どうやって?」
「臥龍殿は……」

 割りこんできたのは出雲一人である。

「王龍寺気闘術を操る術を知っておられるはず……」
「そうか、それで説明するのが手っ取り早いですね」

 中国拳法某流派の総本山・王龍寺で拳法を学んだ出雲。
 その奥義は人体の「気」を自在に操ることにある。
 郭斗は王龍寺の門を叩いた経験があるわけではないが、「気」の使い手である。

「郭斗さんの『気弾』も、広義においては人体を媒介とした『魔法』と解釈することができますから」
「なるほど……」

 多少、納得したような表情を見せる郭斗。
 「気」による攻撃を撃たれて、それを弾き返す時の要領。それと一緒でいいのであろう。

「つまり、さっきの場合は、火球が飛んできた時に、その部分に精神集中を加えれば……」
「ええ。人間の精神力、根性といってもいいかもしれません。そういったものでも消えうるんですよ」
「あまり容易でもないようだが……火球を撃った奴の精神力との根性勝負になるわけだろ?」
「……まあ、そういうことです」

 そして一行は、とある廃墟ビルの前で足を止めた。

「土佐……本当にここでいいのか?」

 ド・ワルシュの疑問は、おそらく全員の疑問を代弁したものであったであろう。

「そもそも我々は、まだ聞いていない。土佐がどうやって、この場所をつきとめたのかを」
「え?さっきも言った通りです」

 全員の視線が土佐に向けられる。

 「魔法が使えるのは、彼らだけじゃないってことですよ。神様の言う通り、ってね。じゃ、行きますか?」


第15話
登場人物 ???

「男の子が成長する過程で、絶対に逃れられない存在、無意識のうちに超えたいと思う存在って、何だと思います?」
(土佐遼)


 銀色の粉末だか紙片だかが、宙に舞う。
 ローブの男が放った火球らしきものが、出現した瞬間に消滅する。

「気休めの割に、結構使えるものですね」
「奴等が雑魚ってことなんだろ」

 ナイフを持って突っ込んできた相手を殴り倒す山口。
 魔術を使おうとしている相手に結界を投げ込む土佐。
 多数の敵を相手にしながらも、軽口を叩くことだけは忘れない。
 ビルに突入して間もなく、激戦ははじまった。

「今頃、皆さんはどのあたりでしょうね」
「さてな」

 ロープとおぼしき物体が飛んでくる。それをナイフで切断する土佐。
 切られて地に落ちたそれには、意味不明の文様が刻み込んである。

「バインドか……厄介なものを持ち出しやがる」

 ロープに魔力を付与し、相手を束縛して捕らえるための魔術。
 火球などと違い、最初からある物に魔術を付与する場合、「結界」によって打ち消しにくいとされる。
 相手の方を見ると、さらに多数の「ロープ」を持ち出してきている。

「おいおい……やばいんじゃないか?」
「……ですね……」

 ロープが投げられる。到底、落としきれる量ではない。

「神にでも、祈りましょうか?」


 屋上。
 余裕とも、尊大ともとれる態度で、その男は待っていた。

「臥龍郭斗君だね?待っていたよ」
「……どうでもいい。弟を連れ戻しに来た」

 ビル内部を走り回り、雑魚を蹴散らし、そんなことをしているうちに、気がついたらたどり着いていた場所。
 ここに来るまでに、気がついたら自分ひとりだけになっていた。
 芥端は、出雲は、ド・ワルシュは、今ごろどこで何をしているのだろうか。
 1階に残った土佐は、山口は、まだ戦っているのだろうか。

「それは心外ですな。あなたの弟さんは自分の意志で、私に協力してくださるとおっしゃってくださったのですよ。」
「関係ない。力ずくでも家に連れて行く」

 信じられるわけはない。自分の弟の事ぐらい知っているはずであった。
 自分の知っている弟であるならば、こんな「見るからに怪しい」組織に協力するはずがないのである。
 ましてや協力といったところで、どの程度のことができるというのか?

「……仕方ありませんね。ならば自身で、弟さんに伺ってみたらいかがですか?」

 男の言葉と同時に、背後から殺気。
 振り向く間もない。とっさに屈んだ郭斗の頭上に、刃らしき物が通る。
 そのまま後方に足払い。飛びのいた相手からバックステップで間合いを取り、改めて乱入者の姿を伺う。

「……!?」

 つい先刻、自分が対峙した相手であった。
 闇の刃を使う男。
 自分が切り裂いたフードから、さっきはちらりとしか見えなかったその素顔が見て取れる。

「……おまえは……」

 自分が探していた弟の顔が、そこにはあった。


第16話
登場人物 ???

「まりあちゃんって誰か、だって?……いや、その……」
(芥端漱外)


「健斗の野郎っ!」

 自分が助けに来た、部活の後輩に、芥端は毒づいた。
 1階にて敵を食い止めている土佐と山口を残し、上へと上がっていった芥端であるが、気が付いたら自分はこんな所で足止めを食らっている。自分を置いて先に行った郭斗は、もう健斗の所にたどり着くことができただろうか。 

「センパイ様にこんな苦労かけさせやがって!」
「わめくな」

 芥端とともに雑魚と相対しているド・ワルシュが短く言う。手にした特殊警棒が、途中から折れていた。

「俺は桜まりあちゃんのビデオ見てたんだぞっ!返却期限が今日なんだっ!そこを呼び出されてなあっ」
「叫ぶと無駄な体力を使うぞ」

 仕方ないからとりあえず、この恨みを目の前の敵にぶつけることにした。

「うりゃああああああっ」

 気合とともに芥端の右足が宙を切り裂き、その度ごとに雑兵がひとり、地に伏せる。


「あなたの弟さんは実に協力的であらせられましたよ。我々の存在意義に心より賛同してくださいました。ほれ、この通り」
「……嘘つけ」

 目の前の事実を見せ付けられてもなお、いや、見せ付けられたからこそ、郭斗は弟を信じていた。
 その健斗は、構えをとったまま、再度の攻撃を仕掛ける様子もなく、ただ立っている。郭斗の知らない、冷たい目が、フードからこちらを伺っていた。
 俺の知っている臥龍健斗は、こんな奴じゃない。いかにも怪しげな奴の吐く、怪しげな言葉を信じたりなんかは、絶対にしない。ましてや、こんなに冷たい目をして、黒の刃なんか振りかざしたりするような奴じゃ、決して……

「洗脳だか何だかしたんだろ。お前のその目……邪眼って奴だろ」

 それ以外に考えられない。

「ほう、よくご存知で」

 郭斗に指摘されてもなお、その男は態度を崩さなかった。

「ですが、あなたは勘違いなされておられる。私はそんな、洗脳などという、無粋な真似はいたしません」
「そんなはずがない!」

 怒りを露にする郭斗。しかし、男の次の言葉は、郭斗にとっては衝撃的なものであった。

「人間、誰しも欲望というものを持っております」
「それがどうした?」
「私のこの目は、それにちょっと手を加えて、表に出してやる……ただ、それだけです」

 ……嘘を言っている様子もない。

「もう、お分かりでしょう? 彼の望んだことなんですよ、これは」
「……洗脳と一緒だ!こんなやり方を望んでいたはずがない! お前が健斗の心をねじ曲げたんだ!」
「ですが彼の望みには違いありません」
「……」

 フードからのぞく、冷たい目。敵に対して一切の容赦をせぬ、クールなファイト。
 黒の刃。郭斗自身も良く知っている、青龍の爪牙。

「……そんなに無理するこたぁ、なかったのによぉ……」

 そして、立っているだけで全身から発せられる、殺気。

「……いいことねえぜ、ひとつも……」

 全てが、健斗のものでは、なかった。
 しかし、決して郭斗にとって、見慣れぬものでは、なかった。

「……オレの真似なんかしたってなあ……」


第17話
登場人物 ???


第18話
登場人物 ???


第19話
登場人物


第20話
登場人物


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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