「まりあちゃんって誰か、だって?……いや、その……」
(芥端漱外)
「健斗の野郎っ!」
自分が助けに来た、部活の後輩に、芥端は毒づいた。
1階にて敵を食い止めている土佐と山口を残し、上へと上がっていった芥端であるが、気が付いたら自分はこんな所で足止めを食らっている。自分を置いて先に行った郭斗は、もう健斗の所にたどり着くことができただろうか。
「センパイ様にこんな苦労かけさせやがって!」
「わめくな」
芥端とともに雑魚と相対しているド・ワルシュが短く言う。手にした特殊警棒が、途中から折れていた。
「俺は桜まりあちゃんのビデオ見てたんだぞっ!返却期限が今日なんだっ!そこを呼び出されてなあっ」
「叫ぶと無駄な体力を使うぞ」
仕方ないからとりあえず、この恨みを目の前の敵にぶつけることにした。
「うりゃああああああっ」
気合とともに芥端の右足が宙を切り裂き、その度ごとに雑兵がひとり、地に伏せる。
「あなたの弟さんは実に協力的であらせられましたよ。我々の存在意義に心より賛同してくださいました。ほれ、この通り」
「……嘘つけ」
目の前の事実を見せ付けられてもなお、いや、見せ付けられたからこそ、郭斗は弟を信じていた。
その健斗は、構えをとったまま、再度の攻撃を仕掛ける様子もなく、ただ立っている。郭斗の知らない、冷たい目が、フードからこちらを伺っていた。
俺の知っている臥龍健斗は、こんな奴じゃない。いかにも怪しげな奴の吐く、怪しげな言葉を信じたりなんかは、絶対にしない。ましてや、こんなに冷たい目をして、黒の刃なんか振りかざしたりするような奴じゃ、決して……
「洗脳だか何だかしたんだろ。お前のその目……邪眼って奴だろ」
それ以外に考えられない。
「ほう、よくご存知で」
郭斗に指摘されてもなお、その男は態度を崩さなかった。
「ですが、あなたは勘違いなされておられる。私はそんな、洗脳などという、無粋な真似はいたしません」
「そんなはずがない!」
怒りを露にする郭斗。しかし、男の次の言葉は、郭斗にとっては衝撃的なものであった。
「人間、誰しも欲望というものを持っております」
「それがどうした?」
「私のこの目は、それにちょっと手を加えて、表に出してやる……ただ、それだけです」
……嘘を言っている様子もない。
「もう、お分かりでしょう? 彼の望んだことなんですよ、これは」
「……洗脳と一緒だ!こんなやり方を望んでいたはずがない! お前が健斗の心をねじ曲げたんだ!」
「ですが彼の望みには違いありません」
「……」
フードからのぞく、冷たい目。敵に対して一切の容赦をせぬ、クールなファイト。
黒の刃。郭斗自身も良く知っている、青龍の爪牙。
「……そんなに無理するこたぁ、なかったのによぉ……」
そして、立っているだけで全身から発せられる、殺気。
「……いいことねえぜ、ひとつも……」
全てが、健斗のものでは、なかった。
しかし、決して郭斗にとって、見慣れぬものでは、なかった。
「……オレの真似なんかしたってなあ……」