Dead or Alive〜郭斗の拳・第三部


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第1話
登場人物 ???

「正直、俺もほとんど知らなかったから。健斗の相手……高天大和とか言ったか?奴について。前もって聞いてれば、あるいは……」
(臥龍郭斗)


 1回戦敗退。
 新人戦レスリング部門における、臥龍健斗の、それが結果であった。

「……」

 試合後、しばし呆然としていた。
 これまで経験したことのない、圧倒的実力差。
 全くといっていいほど、何もさせてもらえなかった。

 いつものように、郭斗は、試合についてはほとんど触れなかった。
 周囲が何を言おうが関係ない。最後には自分で悩み、考えなければならない。
 それが彼の思想であった。
 ただ、ひとことだけ。

「惜しかったな」

 全然惜しくなんかない。
 言った方も、言われた当の本人も、その事はよく分かっていた。

 思えば、これが全てのはじまりであったのかもしれない。


第2話
登場人物 ???

「あの時……なんだろうね。あるいは、あの時に気付くべきだったのかもしれない……いや、それは、今から考えれば、って奴で、やっぱりあの時には無理だったのかも。ごまかしかな?」
(土佐遼)


 部活では新人戦をやっているといえど、日常においてはいつもと同じ時間が流れている。
 いつもと同じように学校に行き、授業に出て、部活に出て、家へと帰る。
 そんな日々のささいな隙間に、忍び込んでくる、いわば「異物」。
 人はそれを、事件(アクシデント)と呼ぶ。
 健斗の場合、それは「高級(たか)そうな車に乗った、背広の男」という形をとって現れた。

「臥龍健斗君だね?」

 明らかに怪しい。
 急いでいることを言い訳に、早々に立ち去ろうとする健斗。

「強くなりたくはないかい?」

 男の何気ない一言に、彼の足が止まる。

「そう……例えば、君が昨日闘った、高天大和よりも」
「……」

 健斗の頭の中で警鐘が鳴り響いていた。
 この男は自分のことを知っている。しかも、かなり調査しているらしい。
 そして、このようなことを持ち掛けてくる。明らかに、よからぬ予感がする。
 逃げた方がいい。

 が。

「そう、心配しなくてもいい……自分の気持ちに正直になれば。それだけでいいんだ……」

 男は健斗の目を覗き込み、そして……


 Trrrrr……Trrrrr……
 ガチャ。

「はい、土佐ですけど……ああ、郭斗くんか。どうしました?」
「……健斗、おじゃましてません?」
「いや、来てないけど……健斗くんが、どうかしたのかい?」

 最近、健斗の帰りが遅いというのである。
 これまでは部活が終わって、家にまっすぐ帰らないことの方がはるかに少なかった彼が、門限ギリギリまで帰ってこない。そんな日が、もう数日続いているというのだ。
 レスリングの新人戦以来だという。

「で、もしかしたら、土佐さんとこにいるんじゃないかと……」
「ま、たまに見てあげてるけどね。でも、最近は見てないよ?」
「ですか……」

 もともと健斗に関しては放任の姿勢をとっていた郭斗である。こういうことで電話をかけることは非常に珍しい。

「本人には聞いてみたのかい?」
「一回だけ。本屋とかゲーセンで寄り道してきたって。」
「そか……」

 よくある言い訳である。しかも、よくあるケースである。これ以上追求しようもない。

「ま……私も、一応、知り合いのところ、あたってみますよ」
「……お願いします……」

 結局、健斗の行方はつかめぬままに、数日後の、柔道新人戦を迎えることになる……


第3話
登場人物 ???

「自分の目で見てもなお、信じられないことってのは、確かにあるもんだ。ま、最後には、信じる信じないなんてのは、それほど関係ないんだけどな。」
(山口狭士)


「……健斗……」

 郭斗の声は、震えていた。
 いったい何に対して自分はこれほどまでに感情を激しているのであろうか?怒りとも、驚きとも、つかない。
 あるいは……

「どこで……覚えた?あんなの……」

 試合開始と同時に、相手に突っ込んでいった健斗。
 普通ならば、このまま相手の襟や袖口といった、道着の取り合いになるのだが、今回は違っていた。
 いきなり密着したのである。
 そのまま右腕を取る。ひねりあげたまま相手に背を向ける。
 相手の腕間接が、健斗の肩に来る。
 このまま肩を支点にして、両手をもって相手の腕を折れば、かつてアントニオ猪木がタイガー・ジェット・シンの腕を折った、ショルダー・アームブリーカーになるのだが。
 柔道でこのような技が見られること自体も驚きであった。が、ここから健斗が見せた行動は、さほど多くはない観客の予想をはるかに上回っていた。

「まさか……あの体勢から投げるとはな……」

 両手と肩で相手の逆関節を極めたまま、背負い投げの要領で投げ飛ばしたのだ。
 相手は受け身も取れぬまま、頭を強打することになるであろう。むろん、右腕も、ただでは済むまい。

「誰に教わった?あんな殺し技……いや、それ以前に……」

 郭斗の口調が、責めるようなものに変わる。それを聞いているのかいないのか、それすら判断できないように無表情の健斗。

「あんな手段(て)を……」

 密着した時、健斗は相手の腹に膝を入れていたのだ。
 完全に不意を打った一撃。誰が柔道の試合でそのようなことをやろうと予想できるであろうか。
 その時のダメージのゆえ、相手はその後に続く一連の投げを、無防備なままに食らうことになる。
 無論、反則負けである。

「先に帰る……ちょっと遅くなる」

 それだけ言って、健斗は会場を後にした。
 まだ信じられないといった表情の郭斗を後に残し。


第4話
登場人物 ???

「間違ってる?どのあたりが?」
(臥龍郭斗)


 これで時計を見るのは何回目になるであろうか。

「……」

 午後11時55分。
 「ちょっと遅くなる」と、健斗は言った。
 ちょっとなんて話ではない。

「……遅い……」

 確かに最近は、帰りが遅くはあった。
 が、ここまでになるのははじめてであった。

「……ふっ」

 思わず苦笑する。
 本来、健斗ぐらいの年頃で、夜遊びを経験したことない、などというのは、よほど親の締め付けが厳しいか、よほど本人にその気がないかの、どちらかであろう。
 むろん、郭斗自身、夜遊びの常習犯である。
 その彼が、自分の弟の帰りが遅いのを心配しているのである。
 しかも、まだ法的には「今日」と呼べる時間であるのに。

 ポーン。
 時計が12時を回る。

 「昨日」の試合のことが頭に浮かぶ。
 最近、帰りが遅いこと。
 これまでクリーンなファイトに徹していた、いや、それ以外を知らなかった健斗が、反則負けとなる。
 そして今……

「……馬鹿馬鹿しい……」

 思わず、頭の中で関連性を見つけようとしていた自分を発見する。
 単なる偶然だ。そう思いたかった。
 大体、反則技にしても、夜更かしにしても、別に大して悪いことじゃないじゃないか……

 Trrrrr……Trrrrr……

 どこか間違ってる郭斗の思考を断ち切ったのは、一本の電話であった。

 ガチャ。
「?」
「……わしぢゃ。」

 その声は、自称天才であった。


第5話
登場人物 ???

「深い意味はない。」
(魔斗災炎)


「……こんな夜中に何の様だ?」

 相手が相手である。この時間の、突然の電話に対して、好意的な理由はない。
 が、動じる様子もなく、続ける魔斗。

「なんじゃ、その態度は。せっかく重要な情報を持ってきたというのに」
「聞いてやる、とっとと言え」
「まあ、よい。他でもない。おぬしの弟……臥龍健斗についてぢゃ。」

 動じたのは郭斗の方であった。

「……え?」
「厄介なのに関わってしまったのう、あの小僧も。」
「どういうことだ?」
「よりによって暗黒獣術とはのう……」

 それはあまりに唐突に現われた。耳慣れない単語。
 一瞬、自分の耳を疑った。

「あ、あんこく……じゅうじゅつ?なんだそれは!?」
「ふむ……我輩よりも、もっと詳しい者がいるかもしれぬ。そうじゃのう……土佐遼などはどうぢゃ?」
「え?どうして土佐……」

 これまた唐突である。

「じゃ、我輩は、もう切るぞ。」
「おい、ちょっと……」

 ガチャン。
 ツー、ツー、ツー……

 わからないことだらけであった。
 どうして魔斗災炎が健斗の事を知っていたのか?
 暗黒獣術とは一体何か?
 どうして土佐遼なのか?
 そして、電話の真意は?

「……」

 PiPoPa……
 Trrrrr……Trrrrr……

 無論、電話の相手は。

「はい、土佐ですけど……」


第6話
登場人物 ???

「その名前を聞いた時には本当に驚きました。そして、そんなのが関ってる事件に健斗くんが巻き込まれていると知ったものですから……」
(土佐遼)


「暗黒獣術!?魔斗さんは本当にそう言ったのですか!?」
「……あ、ああ……」

 電話の向こうの男……土佐遼が、これほどまでに大声を出すのは珍しい。
 少なくとも、郭斗の記憶には存在していなかった。
 やはり、何かを知っているのであろう。

「……なんてことだ……」
「知ってるんですか?暗黒獣術について。」
「ええ……でも、どうしてその名前を?」
「それは……」

 これまでの経緯を説明しようとする郭斗。しかし。
 事情を知りたがったはずの土佐自身の声が、それを阻んだ。

「……待って下さい。できれば、今からウチ来る気はありませんか?」
「え?」
「できれば直接話をお伺いしたいんです」
「……わかりました。では、すぐに」
「お待ちしております」

 ……数分後。

「……しまった……」

 あわてた様子で受話器を手に取る土佐。電話番号を入れる。それは臥龍兄弟の部屋につながるものであった。
 だが。

「……遅かったか……」

 電話を取る者は現れなかった。
 仕方なく、一度電話を切り、別の番号をプッシュする。

「……あ、山口さん?」


 深夜の道を、ただひとり歩く郭斗。
 その足が止まる。

「……わかってるぜ、いるのは」

 その声に応えるかのように、郭斗の周囲に現れる影があった。
 全員、フードをかぶっている。容姿、性別、体格、一切不明。だが、その身のこなしが、全身から発する殺気が、彼らが単なるチンピラでないことを雄弁に語っていた。

「……来な」

 それが戦闘開始の合図であった。


第7話
登場人物 ???

「……」
(臥龍郭斗)


 敵の数は……ひとり、ふたり、あとはたくさん。これだけの相手が殺気を消して自分を包囲していたのだ。
 おそらく単独でもあなどれない実力である。それが集団で襲ってきたのだ。
 フードのうち、4人が前に出て、郭斗の周囲を囲む。その手にはナイフが握られている。
 それが一斉に飛び掛かってきた。

「鬼鋭ッ!」

 ひとりに右ミドルキックを食らわせる郭斗。が、ひとりをなぎ倒している間に、他の3人が郭斗に接近して殺る……
 はずであった。

「うりゃああああああ!」

 ひとりをなぎ倒した後も、郭斗の回転は止まらなかった。
 左足を軸にしたまま、高速で一回転したのである。
 飛び掛かってきた4人全員が吹っ飛ばされ、あるいは壁に叩き付けられ、あるいは他のフードの男に突っ込み、あるいは物理的法則に従い、重力によって止められるまで空中をダイブする。
 本来ならこういう場合、郭斗にはうってつけの「隠し球」があった。が、相手の数は多い。引き出しは多ければ多いに超したことはないのである。

「次は誰だ?」

 数分が過ぎた。
 敵の数は半分ぐらいにはなったであろうか。が、彼らの相手たる人物は、いまだ健在であった。何度となく続いた波状攻撃を、郭斗はことごとく撥ね返していた。
 いまだに戦闘開始当初と変わらぬ笑みを浮かべている。これが余裕からなのか、それとも単なる矜持からなのか、それは本人にしか分からない。

「どうした?もう終わりか?」

 その声に誘われるように、男のひとりが彼の前に飛び出してくる。

「……ほう」

 今まで、相手は集団で自分にかかってきた。それが、単独で来たのである。しかも、見た所素手である。
 余程実力に自信があるらしい。
 無言のままに突っ込んでくる。蹴りで迎撃する郭斗。
 むこうはそれをガードすることも、躱すこともしなかった。自分の攻撃をもって迎撃しようとしたのである。
 手刀で。

「……!?」

 本能的に危険を察知したのか、郭斗が足を引いた。
 本来、手刀で蹴りが迎撃できるはずがない。が、自分にならそれができる。その術がある。
 そして、もし、それを同じ方法を奴が知っていたとしたら……

「……おもしろい」

 「気」を手刀に集中する。それは刃となり、触れるものをバターを切るかのように切断することであろう。
 郭斗自身は「青龍の爪牙」と呼んでいる。

「……」

 相手も、無言で手を振り上げた。
 その手先は、闇よりもなお黒かった。


第8話
登場人物 ???

「ま、ああ言うとは思ったよ」
(山口狭士)


 それはもう、格闘技ではなかった。
 互いに、一撃で相手を切り裂く術を持っている。それを振り、突き、相手の体内に刺そうとする。真剣を用いての果たし合いと同じであった。
 正直、驚きであった。自分と同じような技の使い手の出現に。そして何より、その技量に。

(しかし……)

 郭斗の背後から迫る影があった。そして、郭斗自身もそれに気付いていた。が、目の前の敵は予想以上に強大な相手である。背後の相手に対応することを果たして許してくれるであろうか。

(……ま、どうにかなるさ)

 どうにかならなければ……その時考えればいい。覚悟を決めた郭斗。
 その時。

「……!!」

 背後の気配が消えた。
 それと同時に現われる、違った気配。

「いかんなあ。タイマン邪魔しちゃ」
「……おっさん……」
 背後の影を叩き伏せたのは山口狭士であった。

「すまんな、余計だったか?」
「……まったくだ。で、あんたひとりか?」
「さてな」

 山口の言葉と同時に、影の集団の中央でざわめきが発生する。
 仲間割れ?まさかそんなはずはない。と、いうことは……

「うりゃああああああ」

 集団の中央で暴れている男。
 それは郭斗の良く知っている人物の声であった。

「……まさか、おっさん……」
「その、まさか、だ」


第9話
登場人物 ???

「寝てたんだぜ?俺。」
(芥端漱外)


「芥端か……」
「よう、どうした郭斗?まさか、この程度に手間取ってるって?」
「まさか」

 相変わらずの軽口。おそらく、片っ端から奴特有の「踊るような連激」を食らわしているのであろう。
 声は、それだけではなかった。

「中国四千年の歴史にかけてお相手いたす。かかってきませいッ」
「死にたい者からな」

 出雲一人。ド・ワルシュ。いずれも、山口狭士率いる「探検隊」のメンバーである。彼らがどうしてここにいるのか、容易に想像できた。
 相手の数が増えたのを見て不利を悟ったのか、フードの影は撤退を開始する。倒れた仲間を背負い、次々と闇に消えていく。
 郭斗の前に立ちふさがっていたフードも、仲間たちの後を追い、後方に下がる。

「待て!」

 させじと腕を一閃させる。が、相手の動きは思ったより速く、一瞬早く身をひいたため、それはフードの一部を切り裂いたにとどまった。
 そのまま背を向けて走り去っていく。後には静寂のみが残った。

「……」
「おい。臥龍?」

 山口の問いかけに対する郭斗の反応は、彼にしては珍しく鈍いものであった。

「……え?」
「ん?どうした?なんかあったのか?」
「……いや、何でもない。奴等は追うのか?」
「いや、いらんだろ……それより、行こうか?」
「え?」
「土佐ちゃんチだよ。もともとそれが目的だろ」
「……そうだった」

 聞かねばならないことがいろいろあった。どうして暗黒獣術を知っているのか。魔斗とのつながりは。そもそも暗黒獣術とは何なのか。そして……


第10話
登場人物 ???

「話すことありすぎて逆に困ったぐらいですよ」
(土佐遼)


「通信傍受って完全に忘れてましたよ。考えてみれば、もし健斗クンが彼らの関わる事件に巻き込まれたとしたら、郭斗君がマークされていたとしても不思議じゃありませんでしたし」
「で、俺はこの通り、寝ているとこを起こされたわけだ。あ、ここはさっきプロテクトかけたから、ここの話が外部に漏れるとか、そういう心配はしなくてもいいから」

 土佐の説明は、大体予想通りであった。

「そんなことはどうでもいい。一体……」
「暗黒獣術のことですね。そうあわてなくても、物事には順序ってものがありますから」

 急かす郭斗をたしなめる土佐。

「もう少し、時間かかりそうですからね。さて、何から話しますか……」


 暗黒獣術最大の特徴はといいますと、格闘技に黒魔術の要素をミックスした戦闘スタイルにあります。なんでそうなったか……ですか?それにはその発祥から説明しないといけなくなります。彼らの源流は中世ヨーロッパに溯るんですけど……魔女狩りってご存知ですか?知っている、それはよろしい。では、その目的は?反キリスト教の撲滅?それでは50点です。彼らには、異教徒撲滅以外に、もうひとつ目的があったのですよ。
 それはオカルト技術の独占です。
 錬金術、魔術、超能力……この当時、いわゆる「黒魔術」およびその研究者は、必ずしも悪魔信仰(サタニズム)と同一ではありませんでした。彼らの中には、純粋な知識欲のみが研究の原動力である者も少なくありませんでした。
 しかし、彼らの力を潜在的脅威と思ったのでしょうか、時のローマ法王は、自分たちの手によってオカルト技術を一括管理しようとしたのです。その目的で行われたのが「魔女狩り」なんですよ。これにより、主を持たない自由な超常現象の研究者は、あるいはキリスト教のもとで生きる道を選び、あるいは殺され、あるいは地下に潜り、表舞台からは姿を消しました。
 彼らのうち、秘密結社として生きる道を選んだ者のうち、生き残るためにサタニストと手を結んだ者がいたとしても、それは至極当然であったでしょう。皮肉なことに、悪魔信仰を理由に黒魔術師を弾圧した結果、黒魔術師は悪魔信仰へと傾いていったのです。
 「暗黒獣術」は、そんな彼らのうち、生きる道を東方に選んだ一派と言われています。中国の少林寺、あるいは日本の伊賀忍者など、権力者に弾圧されてアンダーグラウンド化した武道勢力と結びつき、あるいはオモテとの接触もあったかもしれませんが……かくして現在の「魔術+格闘技」という形になったと言われています。

 え?どうしてそんなことを知っているのか……ですか?


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夢ノ宮奇譚は架空の物語であり、そこに出てくる人名、組織、その他は実在するものとは一切関係ありません。

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